第40話 失われた血統
かつて存在し、今は失われた神器。
それを見つける努力は、ずっとなされている。
「魔族の中ではどう伝わっているのかな」
「場所が全然違うので、話題にさえなっていないけど」
アズエラもそんなもの、あっても使えないものだと分かっている。
魔族の有様というのは、それぞれによって全く違う。
そもそも多くが魔境の中に分散していて、交流が特にあるわけでもない。
神々を祭らないので魔族と言われるが、別に邪神を信奉しているわけでもなかったりする。
ただ実際に神の奇跡が存在する世界で、神々を信じないということは、とてつもなく不気味な存在と思える。
ディクスンとしては転生してなお、魂などの存在は分かっていても、神々までは信じていない。
口にしないだけで、本当に転生者である人間は、果たしてどれだけいるのか。
それこそ前世においても、自分には前世がある、と称していた人間はオカルトの世界に存在した。
記録だけで言うならば、幼少期に知りもしない場所のことを、鮮明に伝えていた子供などの話しもあったはずだ。
あれはいったいなんだったのだろう。
ネットワークの時代になって、そういうものをあまり聞かなくなったと思う。
いや、前世の自分はそういうように感じていた。
そもそも神というものが、どういうものであるのか。
その定義づけからしなければ、神というものが分からないだろう。
「神ねえ」
ミスティアとしては、宗教に関しては関心がない。
ディクスンとしてもあまり信仰心は強くないが、神は存在するのだ。
別に強く信仰したからといって、強い加護を与えてくれるわけではない。
だがディクスンの場合は、女神に愛されている。
あのシステム的な転生と、神々との関連は、ちょっと今でも分からない。
しかし実在するからこそ、神に権威はあっても、神殿が勝手にその権威を使うことは難しい。
考えれば神や宗教が嫌いなのではなく、そんなありもしないものを利用する、人間が嫌いなのがディクスンであったように思う。
ディクスンは神器が欲しいのか。
欲しいか欲しくないかで言えば、もちろん欲しい。
その特性からしても、おそらくはほとんどの魔法使いに、切り札ともなる神器。
実際に内乱の終結には、混沌の神器を封じる必要があった。
そしてこの二つが失われてしまった。
「血統自体はものすごく拡散しているな」
初代の神器もちからしても、600年が経過している。
また貴族の戸籍に残っていない、外の人間もいるであろう。
図書館において、記録を探していく。
静謐の血統は、公爵家の一つに、強く流れていた。
そちらは今の時代、かなり冷遇された家になっている。
もちろん王族の分家であるので、そこから貴族家に血が分散して、果ては辺境伯家で発現などしてしまったのだが。
「外で発現してしまった血統なんてどうするの?」
「混沌と静謐以外は、基本的に貴族血統に戻すようにしている」
強力な神器を使うからこそ、血統の拡散が問題となる。
しかし理由が明確な血統というのは、世界が民主主義になるのを阻害するのに、充分なものであろう。
ディクスンはそう考えるが、バランシア圏内ではどうしても、この血統が重要視されてしまう。
二つの神器が見つかれば、それはそれで大きな問題となるだろう。
ディクスンとしてはこれを発見すれば、自分が辺境伯家を継ぐことになるのでは、とも考えている。
血統は世代を経てから、突然発現することもある。
だが逆に神器を正当に継承した人間の子は、必ず血統が発現するようになっている。
(これって下手に子供を作ったりしたら、暗殺される子供もいたんじゃないか?)
貴族の戸籍は管理されているが、バランシアの人間は庶民でも、クラス選択でステータスが明らかになる。
便利なゲーム的システムだと思っていたが、これはよく考えてみれば、後に人間が作ったものであるのだ。
ステータスの閲覧が、そう簡単には出来ないシステム。
また改竄も難しいシステム。
そうなっているのはそれなりに、理由があるということだ。
「世が世なら、暗殺されていたかも?」
「どうかな」
ミスティアの指摘に、ディクスンは他の血統を調べたりもしたのだ。
下手に子供を作るわけにもいかない。
王族や貴族が廃嫡などされる場合、断種措置が取られる。
厳しいものだと思っていたが、神器の血統を流出させないためには、必要なことであるのか。
ただ基本的に、外にそういった子供が生まれれば、養子として神器の家に迎え入れられる。
特に娘しかいないところであれば、婿として迎えられることもあるのだ。
(歪だと感じるのは、前世の知識があるからか?)
極端ではないが、それなりに近親婚が多いのだ。
前世においても近親婚は、王権の強化などにおいて使われてきた。
特に有名であったものは、古代の日本の大王と、古代エジプトの王権であろうか。
日本の場合は母親さえ違えば、兄妹でも結婚をしていた。
母親が同じであるならば、それはタブーとなっていたようだが。
もっとも平安時代には、そういったものはなくなっていたと思う。
ディクスンが記憶しているのは、聖徳太子の例である。
エジプトの場合はもっと強烈に、兄と妹か姉と弟で結婚している。
有名なクレオパトラが、確か弟と最初に結婚していたはずだ。
ただこの近親婚の弊害が、有名になったのは中世の頃。
ハプスブルク家の結婚が、兄妹ではないにしても、近親婚を繰り返して遺伝的に問題となっていた。
このあたり外の血を取り込むというのも、それなりに重要なことであろう。
今の貴族の戸籍に、血統の発現に関しては、ここで簡単に調べられるものではなかった。
ただ外で生まれた子供は、養子にしてから暗殺しているのでは、という系図は普通に公開されている。
マリエラがもしも、神器がまだ保持されている家系の人間であれば、話は簡単であったのだ。
その継承をしている家に側室として迎えられる、という形で決着はついた。
「神器は本当に、まだ行方不明なのかな」
ディクスンとしてはそこが、気になるところである。
王室が所持している神器は、一つのみである。
だがその権力を強くしたいなら、行方不明になっている神器を、こっそりと隠しているのではないか。
そしてその血統保持者を、王室の中に取り込んでいく。
そうすればこっそりと、王権は強固になっていく。
マリエラに王子が接触しているのも、それが関係しているのではないか。
「それはないと思う」
ミスティアはそう言って、ディクスンも納得する。
もしもそんなことが考えられているなら、ディクスンにもなんらかの接触があるはずだ。
それこそ公爵家あたりの令嬢と、婚約の話が出てきてもおかしくはない。
ただ血統の発現は、代を経てのものもあるのだ。
母方からのものであるらしい、ディクスンの血は薄いはず。
これに貴重な娘をくっつけるのはどうなのか。
こう考えていくと、子爵令嬢の争奪戦は、違う側面を見せてくる。
もしも既に、混沌の指輪がどこか、王家なりなんなりが所持しているのなら。
彼女の血統を取り込むことは、重要な政治になっていく。
だが少なくとも辺境伯家には、そんなものは伝わっていないはずだ。
もちろん父が自分に、そこまで詳しくを知らせているわけもないだろうが。
あるいはベルモントは知っているのか。
ただ以前にディクスンは、辺境伯家の内部事情を、かなり調べたことがある。
そんな秘密は見つかっておらず、それらしいものもなかった。
だが他の王族や貴族が、どう考えているかは分からない。
「静謐の杖は、少なくとも本当に行方不明なのか」
「そうだね」
ミスティアは何か、知っていそうな雰囲気であるのだが。
今は混沌の指輪の方が、重要なものだろう。
だがこういったことを調べるのは、さすがにディクスンでも難しい。
これはそれこそ、国家を調べることになるのだ。
それが一人でどうこう出来るはずもない。
「下手に解決できないと、戦争にもなりうるな」
やはりマリエラには、死んでもらった方がいいのではないか。
そうも考えるのだが、それこそ今度はいい機会がやってくる。
ダンジョンの中に、彼女たちが入っていくということ。
その見守りを頼んだが、あるいは他にもどこかが動いているのか。
ディクスンとしては、兄に対して親愛の情は抱いていない。
辺境伯家を継承するには、排除しておきたい存在ではあるが。
そこまでして継承したいか、という話にもなってくる。
「何か調べないとな」
こういったものに、詳しい人間もいるであろう。
まずは混沌の血統が、どのように拡散しているのか。
少なくとも国は、それを把握しているはずである。
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