VTuberの姉と中身を入れ替わって配信してたのが放送事故でバレたけど、めちゃくちゃバズってなぜか超絶人気になってしまった件について。

水垣するめ

放送事故で人気になってしまった。


 俺、三河理太郎みかわりたろうには姉がいる。

 三河理奈みかわりな。俺の一つ上で、同じ高校に通っている。

 俺とは似ても似つかない黒髪黒目の美人で、高校ではかなり有名だ。

 しかも姉は学校では品行方正、大和撫子、文武両道で、誰からも好かれる人気者だ。

 しかし、姉を持つ人物なら分かってもらえるだろうが、姉というものは外では八方美人なくせに、弟にはめちゃくちゃ横柄な態度をとるものなのだ。

 俺が家のリビングでソファに寝転がりながらスマホを見ていると、リビングの扉が開かれ姉が入ってきた。

 姉は俺を見るなり、


「ねー、あんた。今からアイス買ってきてよ。二時間くらい」

「やだよ姉貴。俺今から『恋城こいしろらぶ』の配信見るんだから」

「は? あんた私の弟なんだから私の配信見なさいよ。同じ箱なんだから」

「いや、見たら怒るじゃん。それに実の姉の配信とか見たくねぇよ」

「とりあえず、アイス買ってきて。これ命令だから」


 そう言って、姉は長い黒髪を手で払い、自分の部屋へと引っ込んでいった。

 昔から俺は姉の言葉には弱い。

 しかも俺と姉貴で二人暮らししている今、お金をほとんど姉貴が稼いでいるので、なおさら頭が上がらないのだ。


「しゃーない、買ってくるか……」


 俺は仕方なく立ち上がり、コンビニへと向かった。

 姉貴のアイスの好みは毎日のようにパシられているんので、もう把握済みだ。というかちゃんと買ってこないとどつかれるので必然的に覚えた。





 コンビニまでの道のりを歩きながらワイヤレスイヤホンを耳に突っ込んで、スマホでVTuber『恋城らぶ」の配信をつける。

 画面にアイドル衣装と制服を組み合わせたような見た目の女性アバターが映し出される。

 そのアバターは弾けるような笑顔を浮かべ、視聴者たる俺たちに向かって挨拶をした。


『はーい、みんな待ってたー!? みんなのアイドル! 恋城らぶでーす! ガチ恋してけー?』


 :待ってた

 :やっとキター!

 :今日もらぶちゃんかわいい


 コメント欄が加速し、この配信を見ている人数も加速度的に増えていく。

 すでにその数は一万人を超えていた。


 『恋城らぶ』。


 動画配信サイトで活動する配信者の一人で、業界最大手VTuber事務所『放課後ライブ』に所属しているライバーである。

 そして俺の「放課後ライブ」の中の推しの一人でもある。

 まぁ、俺の場合は姉貴を除いて「放課後ライブ」の箱推しなだが。

 なぜ『放課後ライブ』という名前なのかというと、VTuber全員が学生で、放課後に配信している設定だからだそうだ。

 と言っても普通に学生なら時間的に不可能な平日の昼間に配信してたりしているので、あくまで「設定」ということなのだろうが。


(……ああ、でも姉貴は高校生だから、別に全部が嘘っても訳でもないのか)


『みんな昨日ぶりー。今日はね……』


 らぶの元気一杯の話し声に癒されながら、俺は姉貴のアイスを買う。


(はぁ……やっぱりらぶの配信って、めちゃくちゃ元気でるな……)


 恋城らぶというVTuberは底なしに明るいキャラと、自己肯定感マシマシのトークが特徴的だ。

 視聴者からも「配信を見てるだけで元気がでる」と評判でもある。


 姉貴にパシられて荒んだ心を癒しながら、俺は家に帰ってくる。

 そしてアイスを冷凍庫に突っ込むと、姉貴を呼んでくる代わりにスマホで動画配信サイトを立ち上げる。


「あ、姉貴もう配信やってんのか」


 『放課後ライブ』所属VTuber、『姉小路あねこうじらん』。

 それが姉貴のVTuberの時の名前だ。

 最近は配信はあんまり見てないので詳しくは知らないが、姉キャラとして通っているらしい。

 視聴者からは『姉御』と呼ばれていて、『放課後ライブ』の中でもかなり人気な方らしい。VTuberでも姉をしているとか奇妙な話だな。


「アイス買ってきたとは言えないな……。てか、配信するために俺を外に追い出したなこれ……」


 何故かは分からないが、姉貴は『姉小路らん』として配信する時、俺を家から追い出そうとする。

 身内がいたら配信がしにくい、というのは分からないでもない。

 でも姉貴の部屋は改装して完全防音になっているので、声はほとんど漏れてこないから、話していることを聞かれる、という心配はないのだが……。


「ま、いっか。それよりも俺もそろそろ準備しないと……」


 リビングを抜け出して廊下を歩いていると。

 バンっ!

 いきなり姉貴の部屋の扉が開いた。

 青い顔をした姉貴が飛び出してきた。明らかにトラブルがあった顔だ。


「うわっ、姉貴!?」

「理太郎! ちょうどよかった!」


 がしっ、と姉貴は俺の肩を掴む。


「ねぇ、ちょっと急にお腹が痛くなってきたから、私の代わりに配信してくれない!?」

「は、はぁ!? 無理に決まってるだろ!?」

「あんたの『特技』使えばできるでしょ! 私、もう限界なの! 頼むね!」


 姉貴は俺の言葉なんか無視して、トイレの方へと走っていった。


「……ああもう、またかよ!」


 俺はそう頭を抱えると、深いため息をつき、仕方なく姉貴の部屋へと入った。

 姉には、昔から弱いのだ。

 だって家の稼ぎ頭だから。断ったら家を追い出されるし、一回追い出されかけた。

 つまり、俺には姉の言葉に従う以外の選択肢はないのだ。

 だが。姉貴が言っていたのは『姉貴の代わりに俺が姉小路らんとして配信をする』ということだ。

 そんなの、常識的に考えて無理だ。


「ん、んんっ……」


 しかし姉貴の言ってた俺の『特技』を使えば、話は変わってくる。

 高スペックパソコンとデュアルモニターが設置されたデスクの前に座ると、ヘッドホンを耳にかける。


「あー、あー……」


 喉仏や声帯の開き方を調整していると、低い男の声が次第に高い女性の声へと変わっていく。


「あ、あ、ねぇ理太郎。早くコンビニ行ってきてよ……よし」


 微調整を終えると、完全に姉貴の声になっていた。

 話し方もイントネーションも姉貴を完全にコピーしているので、姉貴と親しい人物でも聞き分けられないと姉貴自身に太鼓判を押されている。

 俺の特技は、声や話し方を完璧に再現できること。つまり声真似だ。

 もちろん声帯の都合上、できない声も存在するのだが、姉貴は家族で身体構造が似ているからか、結構簡単に再現できた。

 姉貴はこの俺の特技を使って、たまに俺に『姉小路らん』として配信させている。

 配信させていると言っても、姉貴が帰ってくるまで無難に話を繋ぐための役割なのだが。

 それに多分トイレでもスマホで配信を監視しているはずなので、変なことは言えない。


「よし……やるぞ」


 配信管理画面ソフトで配信画面を切り替え『姉小路らん』のアバターを写す。


 :帰ってきた

 :おかえり

 :おかえり

 :何やってたの

 :さっきの話の続きして


 コメント欄がにわかに加速する。

 ごくりと唾を飲み込んで、オーディオミキサーのマイクのつまみを掴むと、上げていった。


「待たせたわね。ちょっと急にトイレ行きたくなっちゃってのよ」


 :トイレ助かる

 :それよりさっきの話の続き


 まずい、姉貴の配信は見てなかったから、なんの話をしてたか分からないぞ……。

 だがこういう時に便利な言葉がある。


「えーと、私さっき何の話をしてたっけ?」


 :すぐ忘れすぎだろw

 :トイレで忘れちゃった

 :草

 :弟君の話ですよ姉御


「あ、あー。そうそう、弟の話ね……」


 お、弟の話? 姉貴俺のこと配信で話してたのか。

 でも何のこと話してたんだ?

 あ、そうか分かったぞ。俺の愚痴だ。

 きっと俺が不出来だー、とか、俺に対する不満を言ってたんだろう。

 よし、話を合わせよう。


「そうそう、弟のことなんだけどね。ほんと、ダメダメなのよ。私も困ってるのよね」


 :え?

 :え?

 :急にどうした?

 :えっ?

 :なんだなんだ

 :姉御どうしたの?

 :本当に姉御なのか?


 コメント欄から動揺が伝わってくる。

 しかもその中には俺が本当に姉小路らんか疑うコメントもあり、俺は一気に冷や汗をかいた。

 な、何かおかしなことを言ったか……!?

 姉貴なら俺の話が出てきたら、絶対に貶すと思ってたのに何が違うんだ!?


「え、えーと、私何かおかしいかしら?」


 直球にどこがおかしいか聞いてみる。


 :なんでって、いつもと違うし。

 :弟の話をする時はいつも──


 コメントを読んでいる途中。


「わああああああっ!」

「え? ちょっ……」


 部屋の扉が開け放たれ、姉貴が乱入してきた。

 予想外の侵入に俺はつい姉貴のことを呼んでしまう。


「あ、姉貴トイレは!? あっ……」

「ダメダメ、見ちゃだめ!」

「ちょ、姉貴! 音声配信に乗ってるって!」


 姉貴は配信に音声が乗っているのに、慌てた様子でなりふり構わず俺の目を塞ぎにきた。

 俺の声も姉貴の声真似が解けて、いつもの男の声に戻ってしまう。


 :え? どゆこと

 :姉御が増えた

 :一緒の声がケンカしてるw

 :これ完全に放送事故だな

 :いや待て、今姉貴って言わなかった?

 :しかもいつの間にか片方声低くなってる

 :もしかして、今配信してたのって弟くんの方……?

 :中身変わってたのか

 :ありえる。なんかトイレから戻ってきてから様子がおかしかったし

 :神回確定

 :お も し ろ く な っ て き た


 横目に見えるコメント欄ではそんなコメントが流れてきている。

 視聴者も増え続けている。

 まずい、バレ始めた……!


「あ、姉貴一旦落ち着いて……」

「今すぐ部屋から出ていって!」


 姉貴はグイグイと背中を押して、俺を部屋から追い出す。

 意味が分からず俺は部屋から追い出され、ぽん、と部屋の外に放り出される。


「やっちまった……」


 俺は廊下で頭を抱えた。

 これは完全に放送事故だ。


「やばい……てかどうする? 今まで姉貴の代わりに配信してたことバレたんだけど……」


 俺が中身を入れ替わって配信してたことも視聴者にほとんどバレてしまった。

 勝手に中身を入れ替えて配信していたことが視聴者に知れたら、めちゃくちゃ炎上するんじゃないだろうか。

 怖いのに、つい気になってしまい震える手でスマホから姉貴の配信をつける。

 視聴者数はすでに五万人を突破していた。

 先ほどの俺と姉貴の放送事故を聞きつけ、人が配信に集まっているようだった。


『あははー、今のはね、えっとね…………ドッキリでしたー!』


 姉貴は頑張って誤魔化そうとしているが、コメントを見てみれば誰もそんなことを信じてなかった。

 あれはどう見ても放送事故だったしなぁ……。

 それに誰にドッキリ仕掛けてるんだよ姉貴……。


「うわ……トレンドも一位になってる……」


 SNSのトレンドには「姉小路らん 弟」が大量にツイートされていた。

 収集がつかないお祭り状態。

 ちょっと手が震えてきた。

 と、その時。


「理太郎……」

「姉貴」


 姉貴が部屋の扉を開けて部屋から出てきた。


「ちょっときて」


 姉貴は俺の手を掴んで無理やり立たせると、部屋の中へと連れてきた。


「あ、姉貴……」

「もう誤魔化せなくなってきたの。もう、この際だからあんた、配信に出すわ」

「え? 視聴者の人怒ってないの?」

「何言ってるのよ。あんたが出てきて大喜びしてるわよ」

「は、はぁ!?」


 俺が混乱している間に姉貴がヘッドホンを渡してくる。


「はいこれ。いい? 今からミュート解除するから、挨拶して適当に五分ぐらい話を合わせて。あ、それとコメント欄が変なこと言ってても気にしないで。いいわね?」

「ちょ、なにそんなに勝手に……」

「お姉ちゃん命令」

「……はい、わかりました」


 姉貴の命令に俺は逆らえない。

 ああもう、こうなったらヤケだ。

 中身が入れ替わったことはもうバレてるんだ。これ以上何も失うものはないじゃないか。

 ヘッドホンをつけると姉貴が指でカウントダウンの合図を送ってきた。

 3、2、1。マイクのつまみをあげて行く。


「ごめんね。今戻ってきた。ちょっと特別ゲストを呼びに行っててさー」


 :おかえり

 :おかえり姉御

 :特別ゲストってまさか


「そう。もう隠しきれなかったから言うけど、私の弟でーす!」


 姉貴が目で合図を送ってくる。


「は、はい。弟で〜す……」


 はは、と空元気で笑って挨拶する。

 声は地声で、変えてない。

 地声で配信するのは初めてなので緊張したのだが、コメント欄の反応は思いの外好意的だった。


 :弟キター!

 :うおおおおおおおおっ!

 :ついに!

 :これが噂の……

 :姉御がいつも言ってる弟くんか


「え? いつも姉貴が言ってるって……」

「みんな、何言ってるのかなー? 私、別にいつも変なこと言ってないよね?」


 俺の言葉に被せるようにして姉貴がコメント欄に問いかける。

 こ、これは……。

 いつも姉貴が俺に圧をかけてくる時そのまんまだ。

 なんかこれをされると言うこと聞かなきゃいけない気にさせられるんだよな……。


 :はいもちろんです

 :はいもちろんです

 :はいもちろんです


 コメント欄が「はいもちろんです」で一色に染まった。

 姉貴とアバターはそれを見てニッコリと笑っていた。

 何だこれ、逆に怖いんですけど。

 俺もここら辺掘り下げるのちょっとヤバそうだからやめとこ。


「弟は今まで何回か入れ替わって配信してたのよ。特技が声真似で、完璧に私の声を再現できるのよね」

「は、はいそうです。今まで何回か変わってました。視聴者の皆さんすみません……」


 俺は視聴者に向かって謝罪する。


 :すげぇ

 :ガチで今まで気づかんかった

 :声真似の精度高すぎるだろ

 :女声出せるのすげぇ

 :逆に入れ替わってくれてありがとう


 俺と姉貴が入れ替わっていたことが分かっても、視聴者はなぜか好意的な反応だった。

 普通、こう言うのって問題になるんじゃないだろうか。

 確かに「放課後ライブ」は結構自由なライブ配信が許されている企業ではあるけど。


「あ、そうだ弟。あれやってあげなさいよ。女声で歌うやつ」

「えっ、なんでそんなこと」

「いいからいいから。視聴者も聞きたがってるし。ほら」

「わ、分かったよ……じゃあアカペラで」


 それから俺は姉貴の要望に合わせて女声で話したり、「放課後ライブ」の一人声真似大会をさせられたり、姉貴とトークしたりした。

 そして大体三十分が経過した頃。


「さ、結構話したわね。弟、帰っていいわよ」

「え?」

「あんたみたいな出来の悪い弟がいたらまた放送事故しかねないわ。もう部屋に戻っていいわよ」

「えっ、さっきの放送事故はどっちかて言うと姉貴のせい……」

「何か言った?」

「いや、何も言ってません」

「ほら、とにかく早く戻りなさい。もう用事は済んだんだから」


 呼ばれてやってきたのにすぐに追い出されることに不満はあるが、俺もこれから何を話そうと困っているところだったのでここら辺がちょうどいい具合だろう。

 姉貴に追い出される途中、たまたまコメント欄で「姉御はツンデレだなぁ」とか言われてるのが見えたが、ツンデレ要素どこかにあった?





 そして配信後。


「トレンド一位にアーカイブはすでに百万再生……。いやー、最初はどうなるかと思ったけど、大成功だったわね」


 ソファの上で寝転んでいる姉貴はスマホを見ながら満足そうな声を出す。

 今さっきまで俺がそこに座っていたのだが、姉貴に落とされた。


「てか、これ本当に良いの? 俺の存在を公表して」

「いいのいいの。前からあんたと二人暮らししてることは公表してたから」

「いや、そうじゃなくて事務所的にはNGじゃないの?」

「大丈夫よ。マネージャーには怒られたけど、視聴者は喜んでたでしょ?」

「確かにそうだけど……」


 姉貴の言う通り、視聴者は俺という人物を嫌ってはいなそうだった。

 それどころか、女声で歌唱したあたりから「ぎゃああああ」とか「可愛いいいい!」とか、どっちかと言えば獣の咆哮みたいなコメントが多くなってたけど。


「ああそうだ、理太郎。あんたに社長から伝えといてって言われたんだけど」

「え? 俺?」

「そうよ。明日、話があるから私と一緒に会社に来て欲しいって」

「……それ、今日のこと怒られるやつじゃん」

「大丈夫よ。多分、話は説教とかじゃないから」

「なんで姉貴にそんなことが分かるんだよ」

「ふふ、何ででしょうね」


 そうはぐらかす姉貴はどこか上機嫌だった。

 何か企んでるのか?

 色々と疑問だったが聞いても誤魔化されそうだったので、聞かないことにした。

 ま、明日になれば全部分かるだろ。


「あ、そろそろ『萌園もえぞのアリス』ちゃんの配信だわ」


 姉貴が動画サイトを見ながら嬉しそうな声を出した。

 そのスマホにはとあるチャンネルが映っている。

 金髪碧眼のアバターがアイコンの画像になっているチャンネルだ。


 『萌園アリス』。


 最近VTuber界隈で有名な、勢いのある個人勢だ。

 個人勢でデビューしたのはここ一ヶ月のことだが、卓越したトーク力を持ち、それに加えて七色の声を使い分け、男女問わず人気が出ているVTuberである。


「何というかこの子、言語化しにくい不思議な可愛らしさって言うの? そういうのがあるのよね。あー、この子放課後ライブに入らなかしら……」

「そ、そうだね……」

「どうしたの理太郎。急にそんな挙動不審になって」

「い、いや別に……」


 急に目を泳がせて態度がおかしくなった俺に不思議そうな目をむける姉貴。


(…………大丈夫、バレてないみたいだな)


「そうだ、あんたも一緒にアリスちゃんの配信見ましょうよ。ほら、こっち座って」


 姉貴がソファの上に座り直し、ポンポンと自分の横を叩いた。

 しかし俺はそれを断った。


「いや、やめとくよ」

「アリスちゃんの配信みてかないの? せっかく私と一緒に見れるのよ?」

「用事があるから」

「……」


 姉貴が不満そうに頬を膨らませるが、どうしてもその配信は一緒に見れないんだ。

 物理的な問題で。


「じゃ、俺は部屋に戻るから」


 俺は姉貴にそう言って、自分の部屋に戻ってきた。

 そして机の前に座る。

 その机に置かれていたのは、モニター、マイク、ミキサーなど全て配信に使う機材だった。


「あ、あー……」


 声を出して調整する。

 俺の声が次第に高く、女声へと変化していく。

 マウスを軽く動かすと、スリープモードだったモニターが点く。

 そこに映し出されていたのは、配信前にセットされた画面と、金髪碧眼のアバター。


(ごめん姉貴)


 俺は心の中で姉貴に謝罪する。

 姉貴と一緒に配信を見れなかったのには理由がある。


「ふぅ……」


 少し息を吐き出すと、俺はミキサーのマイクのつまみを上、「配信開始」のボタンをマウスでクリックした。


「みんなこんにちはー! 萌園アリスです!」


 ──そう、俺が『萌園アリス』なのだ。




 この時、俺は考えもしなかった。

 後に「放課後ライブ」に初の男性として所属することを。

 そして実は「放課後ライブ」の配信者が本当に全員学生だった、ということを。

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