2-3

 

 「夜の学校に忍び込むってすごいね…。

  怖くなかった? 誰も校内にいなくって、しかも暗いんでしょ?」



 反射的にそう質問してから、ハッ、やばっ、怖くなかった? なんて聞き方したら、俺がビビってるって思われちゃうかな…って一瞬あせったけど、五十嵐くんは特に気にした様子も見せずに、さらさらと続きを話す。



 「そうでもなかったよ、まあ、ほとんどの教室は電気が消えていて生徒もいなかったけど、職員室にはまだ先生が残ってるみたいだったし、グラウンドからは野球部の掛け声が聞こえてきていて、窓の外からグラウンドの強いライトの光が入ってきていたからね。


 でも、美術部員でもない新聞部の僕らが、こっそり人気のない美術室のなかに入っていくところを誰かに見られると面倒だったから、美術室もその手前の廊下も、明かりはつけないままで進んでいったから、暗かったといえばそうだけど」



 すげー! よくなんでもないことみたいに、さらさらとそんなこと言えるな! アンタ勇者だよ!



 「一応、もし何かあったら…面倒な先生にみつかったりしたときなんかだけど、そんなときはすぐ適当なことを言って逃げられるように、僕たちはコートを着てきっちりマフラーも巻いた状態で、カバンも持って…まさにさ、ちょうど帰る途中だったんです、みたいな恰好のまま、美術室内を、そのとなりにあるという美術準備室目指して進んでいった。


 そう…あのとき、妙に美術室は肌寒かったな、吐く息が白かった。

 僕たちは、それまで無言で歩いていたんだけど、美術準備室に入る直前、あおいにコートの袖をひっぱられたときは、ちょっとおどろいたかな。



 「ねえ、待ってよ、わたし暗いところ、苦手なの。

 もうすこし、ゆっくり歩いてよ」



 って、そう言われてね。

 僕はあんまり、怪談とか言われても怖いとか、特にそういうのは感じない方だから気にしてなかったんだけど、あおいは少し緊張していたみたいだ」



 「(うええぇ、怖い話が怖くないタイプなの五十嵐くんって?? どういうことなの? 怖さという感情を持たないの? なにそれ犬彦さんなの?)…あれ? ちょっと待って、その『血の涙を流す絵画』を探しに行ったのは、五十嵐くんと岡本くんの二人だけじゃなかったの?

 そのほかに別の人が同行していたの? もしかして女子が?」



 「ああ、うん。

 小泉あおい、同じ一年だけど別のクラスだから家入くんは知らないよね。

 僕も、あおいとは新聞部に入ってから知り合ったんだ、千秋とは小学校から一緒なんだけどね。


 千秋とあおい、そして僕、この三人で『血の涙を流す絵画』の検証のために、あの夜、美術準備室へ忍び込んだんだ」



 なんか五十嵐くん、その女子とも親しそうだな…。

 …なんだろう、なんか別の恐怖を感じ始めたぞ…。


 ひょっとすると俺はこれから、五十嵐くんというリア充による、ある青春の一日というストーリーを聞かされちゃうんじゃないだろうか…?


 …怖いよぉー怖いよぉー、もっと自分という存在がみじめになっちゃいそうで怖いよう!


 

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