1 今年が終わるころに

 年末のにぎやかなマックの店内で、五十嵐くんと二人で窓際のカウンター席に腰かけながらポテトを食しつつ、ここまでの不穏な話の展開に冷や汗をかきながら曖昧な笑顔を浮かべている俺…という、現在の状況から、少しだけ過去に遡ろう。


 そもそも、こんなふうに五十嵐くんと二人だけでマックにやってくることになるなんてこと、俺はちょっぴりだって想像もしていなかったのだ。


 待ちに待った冬休みが到来し、今年の学校生活が終了したところで、暇を持て余していた俺たち(特に俺からしたら、冬休みや年末といっても犬彦さんはまだ普通に毎日会社へ行っているわけで、家にいても一人だし)クラスのメンバーは、大人たちがよく言うところの「忘年会でもしようぜ!」というノリを炸裂させ、午前中から集まって遊ぶことにした。


 そんなわけで今日は、クラスメイトたちが十数人集まって(男子の数が多かったけど、女子も数人参加し、あちらこちらで固まりを作ってワイワイとおしゃべりしながら街中を移動し、それはそれは騒がしかった)カラオケに行ったり、長時間ファミレスに居座ったりと、けっこう楽しく過ごしたのである。


 そうして午前中から騒いでいたものだから、夕方にはみんなのテンションもダレてきて、その頃になると自然と解散する流れになった。


 バラバラとみんな自分の帰る方向へむかって夕暮れの街中へ散らばっていき、じゃーまた来年なー、なんて言いながら、俺もみんなから背を向けて帰り道を歩き出した。

 楽しく遊んだあとだから気分もよくて、俺はルンルンしながら一人でマンションへと続く慣れた道を進んでいく。


 帰ったら、晩御飯の支度をしよう、仕事終わりの犬彦さんがすぐごはん食べられるように、サッと出せるおかずがいいなー、さて今夜は何を作ろっかなー、…なんてことを考えながら歩いていた。

 そんなときだった、背後から俺が声をかけられたのは。



 「家入くんー!」



 名前を呼ばれて、俺は素直に振り返る。


 すると、こちらへと駆け寄ってこようとしている五十嵐くんの姿が見えた。


 返事をしてから、五十嵐くんが追いつくまでのあいだ俺は立ち止まり、その場で彼を待つ。

 そして、待ちながら考えた。


 どうして五十嵐くんが一人だけで、俺を追いかけてきたのだろうかと思って。

 その理由がこのときの俺には、まだわからなかった。


 俺の知る限り、五十嵐くんの帰るべき道の方角は、俺の住むマンションとは別のはずだ。

 だってこれまでに学校からの帰り道で五十嵐くんに遭遇したことがなかったからだ。

 (まあ俺は五十嵐くんの家がどこにあるのか知らないから、はっきりとは言い切れないけど)


 五十嵐くんはニコニコしながら、俺のほうへ向かってくる。


 なんだろ? もしかして俺、ファミレスでなんか忘れものとかしてたのかな? それを五十嵐くんは届けに来てくれたとか?


 心のなかで首をかしげながら、走ってくる五十嵐くんの姿を眺めていると、ついに俺の近くまでたどり着いた彼は、そのままハアハアと息をあげたまま(みんなと別れていつくらいから、五十嵐くんは俺のあとを追いかけていたんだろう?)次にこんなことを言った。



 「ああ、ごめん、家入くん、あのさ、ハアハア…ちょっとだけでいいんだけど、少し時間もらえないかな? ちょっと話したいことがあって…」



 「話したいこと…? うん、いいよ」



 五十嵐くんからそう誘われて、即答でこのとき俺はOKしたんだけど、でも内心ではちょっと不思議だなと感じていた。


 一体なんだろう?

 俺と五十嵐くんは同じクラスだし、当然お互いに相手の存在を知ってはいるけれど、実はそこまで親しいわけじゃない。


 クラス内でよくつるむグループみたいなものが、俺と五十嵐くんでは微妙にズレていたし、今日みたいに集団でいっしょに遊ぶことはあっても、二人だけで遊ぶことはおろか、二人っきりで会話もしたことがなかった(たしか)からだ。


 それなのに、みんなが解散したあとに、わざわざ俺のことを追ってきてまで話したいことってなんだろう?



 「あーじゃあさ、とりあえず、あそことか入らない?」



 話したいことがあると言いながら、この場でなかなか話し出そうとしない五十嵐くんの姿を見て、俺は、おそらくその話は込み入った内容で、往来で簡単に説明できるものではないのだろうと察した。


 そんなわけで、ちょうどすぐそばにあったマックを指さすと、五十嵐くんもそれがいいと同意してくれたものだから、俺たちは冬の寒さから逃れるようにマックの中へと入っていったのだった。


 

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