第5話 はじめて声が聞こえた日

 ある日、シュゼットはお茶会を計画した。

 招待客はカルロッタといつも話し相手になってくれているお人形だ。


 クレヨンで招待状を書き、テラスに小さなテーブルセットを出して、パティシエに用意してもらったケーキを並べる。

 レース仕立ての豪華なアフタヌーンドレスを着て始まったお茶会では、ミルクをたっぷり入れた紅茶が振るまわれた。


 ホスト役を務めるシュゼットは積極的に話しかける。

 おしゃべり好きのカルロッタが楽しそうに話している間、ずっと口を閉じているお人形にも平等に。


「お人形さん、この間の続きを聞かせて。お屋敷に住むネズミさんと野良ネコさんが恋に落ちたお話よ」


 女の子は恋の物語が大好きだ。

 シュゼットも例外ではなく、おませな顔つきでお人形を見つめた。


 すると、人形の中からシュゼットと同じくらいの女の子の声がした。


『その二人、最近になって別れちゃったみたいよ』


 半円の形に刺繍された口はぴくりとも動かなかった。

 けれど、シュゼットは不思議に思わない。


 話せるかどうかに口のあるなしは重要ではないのだ。


「えー! お似合いだったのに、どうして別れちゃったの?」

『ネコがうっかりネズミを食べそうになったのよ。あの子、このこのお屋敷の厨房で食材をくすねていたせいで、まるまる太っていたからしょうがないわ。肉食動物の狩猟本能ってやつね』

「しゅりょうほんのうって大変なのね。お姉さまもそう思わない?」


 話を振られたカルロッタは、フォークを握ったまま眉をひそめた。


「シュゼット、さっきから誰と話しているの?」

「誰って、このお人形さんよ。いつも屋敷で起きたことを話してくれるの」

「はあ? 人形が話すわけないじゃない!」


 悪いことをしているみたいに非難されて、シュゼットは衝撃を受けた。


 お人形の可愛らしい声は自分にしか聞こえないらしい。

 こんなにたくさん話してくれる相手は、人間だってそういないのに。


 どうしてかしらと頬に手を当てて考える。

 黙ってしまったシュゼットを心配して、カルロッタは、お茶会はまた今度にしようと言い出した。


「きっと熱があるのよ。それか、おままごとのしすぎね。頭で無意識に相手の言葉を作り出しているの。あたしにもそんな時期があったわ」


 大人ぶって同情するカルロッタに、シュゼットはぶんぶんと首を振った。


「おままごとなんかじゃないわ」


 だって、物たちは迷子になったシュゼットに道案内をしてくれたり、探し人の居場所を教えてくれたりするのだ。

 もしも、その声をシュゼットが自分の頭で考え出しているとしたら、シュゼットが知らないことを知っているのはおかしいではないか。


(そうだわ)


 シュゼットはひらめいた。

 カルロッタが知らない出来事を物に教えてもらって披露すれば、彼女も本当に彼らが話せるって信じてくれるはずだ。


「お姉さま、私のお話が嘘じゃないって証明するわ。お姉さまが使っているカップさん、何か教えてくれない?」


 冷めたミルクティが半分くらいまで入ったカップは、最近になって両親がシュゼットとカルロッタのために新調してくれた食器の一つだ。

 こういった薄くて軽い磁器は、貴族の間で流行っていた。


 乳白色の上に薔薇が描かれていて、子どもの手でもしっかりつかめる小さめのハンドルがついている。

 開きかけのつぼみの絵の辺りから、寝ぼけたような声が聞こえた。


『う~ん? 昨日の真夜中、あんたの姉さんがホットミルクを飲んだ話でもいいかい。おれの真横に飾られていたコスモス絵のカップが、自分が選ばれてミルクをお嬢様の寝室に運んでいったって自慢してたよ~?』


 昨晩、シュゼットは早くに寝付いて朝まで一度も起きなかったので、カルロッタがホットミルクを飲んだのは初耳だった。

 ふむふむと話を聞いたシュゼットは、聞いたことをそのままカルロッタに伝えた。


「薔薇のカップさんが教えてくれたわ。お姉さまは昨晩、とっても寝つきが悪かったのね。眠くなるようにホットミルクを頼んだんでしょう。そのカップには、コスモスの絵が描かれていなかった?」

「なんで知ってるの!?」


 カルロッタはカタカタと震えだした。

 フォークをお皿に落とし、血の気が引いた顔に両手を当てて叫ぶ。


「シュゼット、あんたはおかしいわ! お父様とお母様に知らせなきゃ!!」


 椅子を飛び降りて走り去っていくカルロッタを、シュゼットはきょとんと首を傾げて見送った。


「お姉さま、一人でホットミルクを飲んだことを知られたくなかったのかな?」

『大変なことになりそうね』


 のん気に話すお人形の口は、やっぱり少しも動いていなかった。

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