戦闘3

 亜子はフウッと息をはいた。亜子たちの攻撃は、すべて返されてしまった。やはりサトリの半妖の悟に、作戦のすべてを知られているのだろう。


 亜子たちに残された活路は、防御結界の中にいる悟を倒す事。もう一つは、狐太郎たちが知りえない攻撃をする事。すなわち亜子の妖術を使う事だ。


 亜子の妖術は狐太郎たちに知られていない。亜子の攻撃ならば効果があるかもしれないのだ。


 しかし、と亜子は考えてしまう。亜子は天狗である父親に妖術の手ほどきを受けた。だが、亜子はあまり妖術のセンスが無いようだ。


 父が指差した大木にカミナリの妖術を落とそうとすれば、となりの父に直撃してしまう。つまりコントロールが悪いのだ。


 亜子の妖術により、黒コゲになった父親は、泣いてあやまる亜子に、にこやかに言った。


「大丈夫だよ?亜子ちゃん。パパこんな事くらいへっちゃらだよ。だけど普通の人にやったら、ちょっと危ないかな?だから力も方向も、コントロールできるようになろうね?」


 父親は亜子にすこぶる甘かった。亜子は父の言葉にぶるりと身体を震わせた。普通の人が、亜子の妖術をくらえばただではすまない。悪くすると、死んでしまうかもしれない。


 亜子は妖術を使う事がとても怖くなった。仲間の皆は、亜子が無理に妖術を使わなくてもいいと言ってくれる。そうなると、残された道は、悟を行動不能にする事だ。


 見たところ悟は、サトリの能力以外普通の少年のようだ。そんな彼に攻撃するのはためらわれたが、いたしかたない。亜子は狼牙に叫んだ。


「狼牙くん!悟くんの防御結界を破壊して、悟くんを確保!」

「ウォー!」


 亜子の声に呼応して、狼牙が吠える。狼牙は一目散に悟のもとに走った。狼牙の目の前に、虎ほどの大きさの猫が立ちはだかる。二頭のケモノは、二つ巴になってとっくみあった。


 ケモノのうなり声が辺りにこだまする。大猫の音子はかかんに狼牙に立ち向かうが、大きさが違いすぎる。次第に音子が押され気味になる。狼牙はガウッとうなると、大きな前脚で音子の背中をひっかいた。ギャアッ。音子の悲痛な声が響く。


「キャアッ!音子!」


 亜子は親友の負傷に叫び声をあげた。もう戦闘訓練どころではない、早く音子のケガの手当てをしなければ。亜子がすがるように教師の雪奈を振り向くが、彼女は笑顔のまま傍観している。


 亜子はこの時初めて、この戦闘訓練の真意を理解した。雪奈は生徒たち全員の力量を見たいのだ。皆自身の妖術を披露した。残るは亜子だけなのだ。


 巨大な狼の狼牙は、負傷して横たわった音子を飛び越えて、一目散に悟の防御結界走った。狐太郎は大声で叫んだ。


「狼牙!やめろ!」


 だが狼牙は狐太郎の言葉をまったく無視していた。どこかおかしい。あの優しい狼牙が音子を傷つけるのもそうだが、いつもの狼牙ではない気がする。


 狐太郎はふところから、札を取り出して狼牙に投げた。何らかの呪文を唱えると、突然狼牙は光の縄で拘束された。


 狐太郎が何らかの術を使ったのだろう。亜子はホッと息をはいた。


 だが次の瞬間。狼牙は狐太郎の拘束を引きちぎり、再び悟に向かって行った。狼牙は獣人の本能に支配されてしまっているようだ。


 亜子は覚悟を決めた。自身の妖術で天狗の扇を取り出し、天に突き上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る