41-15 クーデターの旗印 オリヴィア

 フェリクスが翔ぶ、エリオットが駆ける、リリアンは頭が下になり真っ逆さまに落ちていく。あたりに広がっていた金色の靄が、泡が解けるように消えていく。フェリクスは雷を纏い宙を駆ける少年に視線を遣る、しかしエリオットは落ち行く幼馴染しか見ていない。三人の距離が縮まり、エリオットが必死に伸ばした腕がリリアンをとさりと受け止めた。


「リコ! おいリコ!」


 エリオットは自分は落下に任せながらリリアンの頬を叩く。少女は身体は力なく、その瞳は半開きで光が窺えない。エリオットは青ざめつつ着地すると、リリアンを地面に横たえ、首筋に指先を当てた。


「エリオットくん、リリアンくん!」


 リリアンとエリオットを追う形になったフェリクスが二人のすぐ傍らに着地した。無言のままのエリオットの顔が険しくなっていく。フェリクスも緊張を解かずに二人を見遣り、剣を鞘に納めながらあたりの様子を窺う。


「……あっ……、あっ!」


 エリオットの顔がぱっと輝く。


「殿下、良かった、脈あります!」

「そうか! 良かった!」

「でもめちゃくちゃ弱いです、何か魔法をかけてやらないと……!」


 言いながらエリオットは呪文を唱え、右手をリリアンの胸の前あたりにかざした。初歩的かつ簡便な治癒魔法の光がじわじわとリリアンに沁み込んでいく。


「くそっ、俺が使える程度の魔法じゃダメだ……!」


 青白い顔のリリアンは全く動かず、精巧なつくりもののようだ。


「君はそのまま続けてくれたまえ……ヴォルフ! 来い!」


 フェリクスの怒号に、ローゼンタールの様子を確かめていたフェリクスの護衛官が、イザベラの護衛官と目配せし合ってから足早にやってきた。


「ここに、我が主君きみ

「リリアンくんに最大の回復魔法をかけてやってくれ! 脈が途切れかけているようなんだ」

「それはっ……承知いたしました」


 膝をついて頭を垂れた護衛官は顔色を変え、すぐにエリオットの横に並んで魔法を唱える。フェリクスは倒れ伏すローゼンタールと、呻いているエイズワースの方に視線を遣ると、僅かばかり唇を歪めた。


「ローゼンタールと……兄上のご学友は?」

「……魔法使い殿は、目の光を失われてしまったご様子で……心身消耗激しく身動きもとれないようです」

「そうか」


 フェリクスはうつむいている己の護衛官をじっと見つめる。護衛官はしばらく無言でリリアンに魔法をかけ続け、やがて細く息を吐いて唇を震わせた。


「ローゼンタール殿は……既に、事切れておられました」

「……そうか」


 フェリクスの言葉は淡々としている。エリオットが王子の横顔をちらりと見上げる。


「兄上はお優しいから……僕がやるべきだと思っていたんだ。苦しい最期でなければ良いのだが……」

「穏やかな、憑き物の落ちたようなお顔でおられました」

「そうか。ありがとう」


 フェリクスはローゼンタールの方に視線を遣ると、数秒ほど目を閉じて黙した。傍らではクラウスとルナが依然として横たわったままだ。周辺に生徒や来賓が少しずつ集まり、瓦礫と化した礼拝堂を見て驚愕している。少し離れたあたりには、オリヴィアが──纏うドレスこそオリヴィアのものだが、千切れた蛇の髪、銀の鱗の肌、針のような瞳孔の瞳をもつ、蛇ともトカゲとも思わせるような魔物が、口から細長い舌をだらりと垂らし、ぜいぜいと荒い息をしていた。


「……おのれ……セレニア……」

「アシュフォード大公夫人」


 フェリクスの面差しが固くなった。剣をゆっくりと抜き放ち、オリヴィアの方へと一歩ずつ歩いていく。オリヴィアはフェリクスを──この戦いを経てなお、白金に輝く鎧を纏ったフェアウェル王国王子を睨む。咳き込むと同時に血液が溢れ、銀の鱗を、ドレスを汚していく。


「兄上は……敬愛するお母上だからこそ、ご自分の手で、と思われたのでしょう」


 オリヴィアはフェリクスを睨んで何か言葉を発したが、溢れる血がそれを遮りごぼごぼとした音にしかならなかった。フェリクスは痛々し気に顔をしかめる。


「けれど僕は……兄上の手を守ることができて、良かったと思います」


 オリヴィアは手をかざして魔法を放った。生じた黒い炎は、雷は、先に比べると随分と貧相で、フェリクスはそれらを剣であっさりと弾く。


「兄上を兄上たらしめてくださった、素晴らしい方だと思っていましたから……残念でなりません」


 オリヴィアはドレスの裾の隠しポケットから短剣を引き抜いて構えた。表面がぬらぬらと青緑色に光る。フェリクスは顔をしかめて小さな刃物と対峙する。魔女が繰り出した毒の刃は、王子によってあっさりと弾かれ、宙を舞って離れた場所にぼとりと落ちた。


「……ぐ……!」


 呻くオリヴィアは短剣の落ちる軌道を目で追い──その顔がにわかに輝いた。瞳がオリーヴ色に、瞳孔は針から円形に、肌は輝く白磁色に、髪の蛇はゆたかなオリーヴ色の毛髪に戻る。フェリクスも振り向いた先で、白魚のような手が、落ちた短剣をおそるおそる拾い上げた。


 丹念に編み上げられた金髪は太陽の光のよう、戸惑いに揺れる緑の瞳は輝く宝石のよう。辛うじて倒壊を免れた女神像によく似た、たおやかで気品のある顔立ち。


「ソフィア!」


 人の姿に戻ったオリヴィアが縋るように叫ぶ。


「ヴィー……」


 たくさんの護衛官、近衛兵、そして国王ヴィクトルに守られた王妃ソフィアが、オリヴィアをひたと見つめた──





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