第17話 似ている
「それ、モデルのデザイン候補ね。妹がもし本当にVTuberをやろうと思っているならどれか選んで欲しいんだ」
そう言いながら妹に視線を向けると。
「......ふ、ふぇえっ......こ、これ、本当にキララちゃんのママが描いてますよね......」
そう言って携帯をみたまま、彼女の時が止まった。十秒、三十秒、微動だにしない。いきなりで困っているのだろうか。
だ、大丈夫か?と、思い始めたその時驚くべき事が起こる。
彼女の頬に一筋の雫が伝っているのが見えた。
(え?)
「......う、ひっく......」
「!?」
な、泣いてる!?
ぽろぽろと頬を伝う涙。俺は突然の事に目を見開き内心ビビり散らかす。
「ど、どうした?デザイン、気に入るのものなかったか?」
「い、いえ、違うんです......」
こしこしと涙をパジャマの袖で拭う妹。そして再び笑顔になり、こう言った。
「うれしくて。こんなに素敵なデザインを、憧れのキララちゃんのママに描いてもらえて......私、すごくうれしいです」
嬉しくて、か。俺はホッと胸をなでおろす。泣くくらい嫌がられたのかと思ってマジでビビった。
「それなら良かったよ。どれにするかは急がないからゆっくり考えて。それと、一応そのイラスト4つは参考程度に考えてくれていい。妹が考えている物があれば要望を教えてくれ.......絵師に伝えてデザインに起こしてもらうから」
「い、いえ、ありません!大丈夫です.....!」
じーっと携帯のVTuberイラストを眺める妹。そして、うんと軽く頷いた。
「わ、私、この子が良いです......」
「え、もう決まったのか?」
「はい!」
彼女がこちらに向けた画面。そこに写っていたデザインは、キララに近いモノ.......ではなく、むしろ正反対にも思えるデザインだった。
キララは白く美しい毛並みをした犬がモデルのVTuber。フサフサとした尻尾に、獣耳が特徴の可愛らしいデザインだ。対して妹の選んだVTuberのイラストは、漆黒のフリルが特徴的なゴスロリ系。
モデルは
つまりは俺の中で妹にぴったりだと思っていた案だ。
だがこれは、暗くキララのデザインとはかけ離れていて、一番妹が選ばないだろうなと思っていたデザインでもあった。
「どうしてこの子にしたの?キララっぽい獣耳もふもふの子もいたでしょ?」
「......す、すみません」
びくりとする妹。怒られているとでも思ったのだろうか。
「あ、いや、違う。妹はキララに憧れているって言ってたし、それにケモミミとかモフモフの尻尾が好きだって......だからどうしてかなってさ」
「お、覚えててくれたんですね......」
「?、うん、勿論」
俺がどういうVTuberになりたいかって聞いて答えてくれた事だから覚えているのは当然だろう。しかし、妹は何故かにこにこととても嬉しそうだ。
「......この、黒い子......なんだか私に似ているなって思って」
「似ている?」
「は、はい。あ、可愛さとかじゃないですよ、も、勿論......」
んんっ、と小さく咳払いをする妹。ひとつひとつの所作が可愛らしい。
「この目のツンとした感じ......それに長い髪と唇の形が、私とそっくりな気がして.......」
その子は実は妹のイメージを元に描かれている。だから似ていて当然といえば当然なんだけど、彼女がそれを感じとれるくらいそっくりなデザインになっていたのか。
「......あと、それと、根暗そうで陰キャな感じが......私っぽい」
「ね、根暗そうで、陰キャ......か」
そう言われて気がつく。確かに見方によっては陰キャで根暗な暗いイメージがある。無意識にそんなイメージでデザインしていたのに驚く。
「ご、ごめん、そんなつもりは無くて......嫌だったか?」
「え、なんでお兄さんが謝るんですか......?」
こてんと首をかしげる妹。
「私、嬉しいですよ。こんなに自分そっくりな雰囲気のデザイン......この子、すごく良いです」
ふわりと柔らかい微笑み。この言葉に嘘が無い事を、その笑顔が物語っていた。
「そっか。それなら良かった」
「......お兄さんは、本当にキララちゃんのママとお友達だったんですね......」
「......うん、まあ」
「......本当に凄いですね。......あの、キララちゃんのママにお礼を伝えて貰うことってできますかね?」
「いいよ。メールに送ってくれたらそれを彼に送るよ」
「あ、ありがとうございます!書けたらお送りしますね......!」
「うん」
にまにまとしながらリビングを後にする妹。俺は少し心が軽くなるのを感じていた。
勝手な思い込み。それで妹の前に進みたいという想いを無かったことにしようとしていた。
勝手に仮想の敵をつくり、その不安から彼女の道を閉そうと......していた。それが護るという行為とは正反対である事を心のどこかで感じていたのに。
(......俺の見えないところで、妹は現実と戦い努力をしている)
ならそれを護るのが俺の、兄としての役割だ。
ザァーっと水を流し、俺は食器を洗い出した。
◆◇◆◇
――私、有馬姫架が朝早くに登校するのには理由がある。
通り過ぎるジョギングの人、犬の散歩をしている人、色々な人に挨拶をされるが私は会釈でそれに応えるしかできない。
心苦しい......けれど、普通の......学校の生徒達が登校する時間よりはマシだ。
勿論、中学校の皆からいじられたりいじめられたりしてる訳じゃない。けれど、怖くて会話ができない。
だから登校中に話しかけられてどうにも出来なくなるより、こうして早くに誰とも会わない時間帯に登校してしまうのが一番良いと思っていつも早く家を出る。
(それに)
ふんわりと当たる日光。小さな風が吹き心地よい。少し心が軽くなるような気がしてこの時間帯は好きだ。
(ま、それだけじゃないけど。......お兄さんが作ってくれた朝食、美味しかったなぁ)
ぼーっと思い出しながら私は歩く。
そして立ち止まり、携帯の電源をつけた。そして画像フォルダを開き、お兄さんに送って貰ったVTuberのイラスト画像を眺める。
......私、本当にVTuberになれるのかな。
黒い服に身を包む女の子。憧れの人を描いたVTuberママのイラスト。私の小さな期待が大きくなっていくのを感じる。
自然と笑みが溢れる。
「......あ、いた!姫架!」
ふと呼ばれた名前にびくりと体が震えた。だれかと思い視線を前方へと戻すとそこには。
「......!」
イジメっ子の蓮がいた。
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