06:想うから






「――――え?」


 なんで?


 ――火災?


 それも、こんなに同時に?


 ――放火?


 まさか、そんな事する人、ここには居ない。


 ――なんで?


 なんで?


 ――なんで?


 ――――なんで、アラムの愛した町が、炎に飲まれなきゃ行けないの?


 お願いだから。


 やめて。


 やめて。


「…………ん」


 やめて。


「…………さん」


「やめて!」

「リリーさん‼︎」

「はっ…………」


 アイジスの呼びかけのおかげで、リリーは目覚める。

 しかし目前に広がるのはやはり炎の海。

 一体誰が……?

 誰が大切なこの町に、火を?



 ◇



「リリーさん。取り敢えず住民の避難誘導をしましょう何が起きているのか……」


 その時、ある家屋の屋根が弾けた。

 そして、“それ”は、他の家へと飛び移ったのだ。


「………………え?」


 成る可く見ないで欲しかった。

 リリーには見ないで欲しかった。

 見ると、きっとリリーは。

 錯乱する。


「……アラム?」


 天井から天井へと移る“それ”は。


 アラムの異形と化した姿だった。



 ◆



 アイジスは炎の下を見やる。

 そこには必死に炎から逃げ惑うギィガルの住民。

 いや、炎からか、或いは。


「リリーさん!」

「解ってる‼︎」


 さっきとは口調がまるで違う。

 こっちが素なのか。

 いや、そんな事はどうでも良い。


「俺は逃げ遅れた人の救助に向かい、そのまま……領主アラムさんを――しいします」

「なんッ………………」


 アイジスの言葉に、リリーは、足を止める。

 その顔は青褪め。

 まぶたと唇が震えている。


「ほ、本当に、あれは……アラムなんですか?」


 一番解っているのは貴女でしょう?

 そう言いたいが、傷付ける事しかできないのは、誰の目から見ても明白だった。

 だが、リリーは。

 どうしようもない中、一縷の望み一本の藁にさえ縋ったのだ。


 しかしたかが矮小なる人一人によって改変出来るほど、運命とは綻んでなど居なかった。


「…………あれは、アラムさんです」

「……………………そんなぁ……」


 溜め息混じりの感嘆は、涙を誘った。

 溢れたくない。

 溢したくない。

 涙も。

 彼の命も、この手から。

 そう思ったのか、リリーは両手で顔を覆う。

 涙よ、溢れるな。

 そう切望するが、物理法則には逆らえず。

 地面の土が、微かに染みる。


「いや、いやぁ、嫌だよぉ…………」


 リリーは、地面にへたった。

 アイジスは屈み、リリーの肩に手を添える。


「でも、今この時。最もアラムさんの事を想えるのは、貴女です。アラムさんは、所謂『異形』と言う、人ならざる存在へと成りました。異形とは、自我を失った人の成れの果て。だからああして、自我を求めて暴れるんです。きっと、苦しいのだと思います、自我がないのが。自分が、自分が自分であると証明できる自我なにかを喪ったのです。だから、貴女が証明してあげて下さい。きっと、アラムさんも、楽になる……」


 実際、異形が苦しんでいるのか。

 本当に自我を求めて暴れているのか。

 アイジスには解らない。

 でもきっと、こう答える事が最適解だった気がしたのだ。

 大切なのは、リリーさんの原動力になる事。

 ジルの様に、大切な人の死に立ち会っても。

 成る可く深い傷にならない様、死に綺麗な理由を付ける事。

 それが決して、美辞麗句にならない事。

 しっかりと、リリーの心に、訴えたかった。


「………………ありがとうございます」


 袖で涙を拭い、それを振り払う。

 立ち上がり、暴れるアラムの方へと目を向ける。


「待ってて」


 そう呟いて、リリーはアラムの愛した民の所へと走って行った。


「俺も、頑張るかぁ」


 刀の柄に手をかけながら、アイジスは気合を入れた。



 ◇



「大丈夫ですか!」


 ギィガルの住民達は、川の近くに集まっていた。

 もし火がこっちへ来ても、川に飛び込んで逃れる作戦である。

 ただ今飛び込んでも余計危ないだけだと皆思ったのか、ただ瓦解して行くだけの町を傍観していた。

 そこへ、リリーが駆けつける。


「あぁ、無事だったんだね、良かったよ」


 そうリリーに言うのは、さっきリリーが行った八百屋の店主だった。


「そちらもご無事で何より。ここに居ない人は……」


 そう言いつつリリーは周りを見渡す。

 ギィガルは、同じ規模の地域の中では発展しているものの、住民が極めて少ないのだ。

 なので生まれた時からギィガルのリリーは、ギィガルの住民全員の顔と名前を覚えていた。

 無論、それは住民ほぼ皆覚えている事なので、そこまで誇る事ではないのだが。

 しかし覚えていたおかげで。


「あれ……? ファイリさんは…………?」


 八百屋の二つ隣の建物は、小物屋であった。

 そこの店主がファイリであり、新商品の相談をしたいとの事で、アラムを呼んでいたのだ。

 まさか!

 そう思い周りを見ていた視線を、背後にある嘗て小物屋であった建物へ向ける。

 アラムは、ファイリに呼ばれて行った。

 宿屋から小物屋までは、さして遠くは無いのだ。

 時間にして凡そ二分あれば着く距離にある。

 そして轟音が響いた時、あれはアラムが宿屋を出て暫く。それこそ小物屋などとっくに着いているだろう。

 つまり。


「…………店の前に、だろう?」


 八百屋の店主はそう言う。

 その時、リリーは見つけた。

 見つけて

 そこには、恐らく『異形』というものに変貌したアラムに飛ばされた。

 片腕があった。

 それだけで、言わずとも理解できる。

 ファイリは、もう…………


「今の所死亡が確定してるのは一人だけさね。でもまぁ、もっと死んでても、可笑しく無い」


 確かに、ここに集まっているのは、住民の半分程度だ。

 残り半分の人は未だ所行方不明な訳で。

 その内の幾人かは、既に死んでしまっている可能性が極めて高い。

 これ以上被害を出さない為には。


 アラムを止め殺して貰う事。

 それが最も、早い。


 ジョウルとジルはアイジスに任せるとして。

 リリーは避難してきた人の心の支えとなれる様。

 アイジスが命を守るのなら。

 リリーはその心を守る。

 アラムの愛した町を守る為。

 またその町の成立には欠かせない人々を、守る為。



「…………お願いします」



 リリーは、アイジスに。

 アラムを弑する事を願った。






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