第16話 一人が抜けて
またあの弟子の青年が現れ、サーニャはフォーリアが休んでいる部屋へ案内された。
フォーリアはソファに座り、それらしく足首に濡れたタオルを置いている。サーニャが来てすぐに、別の弟子の青年に案内され、レラートも現れた。
「どうもありがとう。後は彼に頼みますから。何かあればお願いします」
フォーリアがにっこりと言う。もういいから自分達だけにしてくれ、という顔で。
さっきは部屋の外で待機すると主張した弟子も、場所が主の大切な人形の部屋ではないからか、すぐに軽く頭を下げながら「かしこまりました」と引き下がる。
「あ、そうだ。これ、後で彼女に返しておいてくれないか」
フォーリアの状態に少し驚いていたレラートだが、彼女の笑顔を見て大丈夫なんだろうと判断した。
ちょうどいいので、エンルーアからもらった鍵のにせものを弟子に渡す。
渡された弟子の端正な顔が少し曇った。
「よろしいのですか?」
「何が?」
「主からこの鍵を受け取りたいと思う方は、大勢いらっしゃるのですが……」
我が主の誘いを断るのか、と言いたげだ。よくそんなことができるな、と。
「ああ。残念だけど、俺にはそこまでの根性がないもんで。すみませんって言って返しておいてくれ」
「……承知致しました」
納得できない、という表情が見え隠れしていたが、弟子の青年は鍵を受け取った。もちろん、すり替えられた鍵とは全く気付いていない。本物の方はよその館にある地下倉庫の鍵だなんて、最初から考えもしないだろう。
「失礼致します。ごゆっくりおくつろぎください」
「ええ、ありがとう」
サーニャが笑顔で彼を送り出し、静かに扉を閉めた。
「はぁー、直接アズラと対面した時より緊張したわ」
大きなため息をつくサーニャ。気を抜いたら、この前のようにまたしゃがみこんでしまいそうだ。
「フォーリア、大丈夫なのか? さっきはあいつに笑ってたけど」
「うん。何ともないわ。足を傷めたフリしてただけだから」
フォーリアは、足に乗せていたタオルをさっさと取った。もちろん、赤くなっている所などない。
「ねぇ、セルは?」
サーニャに言われ、レラートは一瞬詰まる。
「ちょっと別行動したいって。理由は……言わなかった」
「えー、別行動? もう、それならみんながいる時に言ってよね」
その場にいないセルロレックに、サーニャが不満そうに文句を言う。
「理由、何も言わなかったの? セルなら一言くらい、ありそうだけどな」
フォーリアの言葉にどきりとするが、レラートは平静を保つ。
「ああ、そうだな。それより、鍵の方はどうだ? こっちは手に入れたぜ」
「こっちもあるわよ。このバッグの中」
お互いの収穫を報告する。鍵を手に入れたとなれば、もうここにいる必要はない。と言うより、さっさと逃げた方が身のためだ。
レラートが部屋の窓を開け、周囲に人気がないことを確認する。
「よし誰もいない。今なら、ここから抜けられるぜ」
この部屋は一階の客間で、窓も大きい。館の人間はほとんどが中庭に集まっているので、人影は見られない。
三人はムウに
やっぱり着慣れた服が一番いい。たまにはドレスもいいが、動きにくいといったらなかった。
フォーリアが部屋の明かりを少し落としている間に、レラートが最初に窓から抜け出す。間違いなく誰も近くにいないことを確かめてから、二人にも出るように
裏門の方へ回ると、客達をここまで乗せて来た馬車が何台も待機している。主が戻って来るのを、首を長くして待っているのだ。
いや、案外一番気楽な休憩時間かも知れない。
三人は何でもない顔で、その横を通り過ぎる。御者達は、館から誰が出入りしようが知ったことではない。自分達の主を無事に送迎できればそれでいいのだ。おかしなことに首を突っ込んだら、その首が飛ぶ。
それに、めかしてもいない少年少女が通り過ぎたところで、年少の使用人が帰るんだろう、くらいにしか思われていないのだ。
おかげで、三人はすぐにエンルーアの館から抜け出すことができた。
早歩きである程度まで離れると、魔獣を呼び出す。その背に乗ると、一気にそのエリアから離れた。
それでも、気付いたエンルーアが追って来そうで、三人は完全に館のそばの湖が見えなくなるまで安心することができない。
そのまま東へ向かう。だが、ずっと緊張が続いて、さすがに心身ともに限界だ。
サーニャが休みましょ、と言い出し、三人はキュバスと東の国ゼンドリンとの国境付近に降り立った。
この辺りは、夜という時間帯もあるだろうが、キュバス程に暑くなく、湿度は少々高いようにも感じたが雨は降っておらず、休むにはちょうどいい気温だ。
火を起こし、レラートがパーティでくすねてきた料理で空腹を満たした。
「レラート、本当にセルから何も聞いてないの?」
半分眠りかけているサーニャが、レラートを問いただす。
「ああ。話すと、みんなの気持ちをわずらわせることになるからって」
「話してくれない方が、もっと落ち着かないじゃないの。私達に言えないこと?」
思った通り、サーニャは追求してくる。だが、自分達の単なる思い付きを話すことはできない。
「何か知らないけど、疑問が浮かんだらしいぜ。自分でそれを確かめないと、気が済まないからって」
その辺りは本当のこと。ただ、その中身はレラートも知らない、ということにしておく。
「レラートにも、話して行かなかったの?」
「少しでも時間が惜しいからってな」
フォーリアも追求してくる。このまま二人から質問攻めにされ続けて黙っていられるだろうか、とレラートは不安になってきた。
「セルが話してくれなかったら、仕方ないわね。さっき鍵を弟子の人に渡してたけど、すり替えたものよね? あれ、だけど返すって言ってなかった?」
いきなり、フォーリアは角度を変えた。
「え、あ……まぁな。渡したのはにせものだから、問題ないだろ」
そうは言っても、フォーリアは珍しくまだ突っ込む。
「返すってことは、もらったってこと? 先にエンルーアの方から、鍵をレラートに渡したってことなの?」
「……ああ」
ふと見ると、サーニャは横になって寝息をたてている。
「あれを持って、自分の部屋へ来いってさ。入室許可証みたいなもんだな」
フォーリアとサーニャは一つしか年が違わない。でも、あまりサーニャには聞かせたくない話だった。
なので、眠ってくれて、レラートとしては助かった気分だ。
「ふぅん」
その意味するところは、フォーリアにもわかったようだ。
「地下倉庫の鍵とか、そういうのと関係なかったら……部屋へ行ってた?」
「な、何言ってんだよ。行く訳ないだろ」
思わず大きな声を出しそうになり、レラートは必死に自制した。
落ち着け、俺。何もやましいことはしてないだろ。
「笑えること、言われたぜ。弟子にならないかって」
「魔法使いに向かって、魔法使いにならないかって言ったの?」
フォーリアが目を丸くする。
「あのパーティに呼んでもいない魔法使いが紛れてるって、思ってもいないんだろうな」
近くに弟子がいたということもあるだろうが、すでに酒が入っていたからだろう。
そうでなければ、実力者と言われる魔法使いが魔法使いの気配に気付かない、なんてそうあることではない。
「あきれるわね。そんなスカウトしてる状況じゃないのに。……本当に竜がどうなっても構わないのね」
リリュースはどうしているだろう。まともに動くこともできないまま、ひたすら時が流れるのを待っているのだろうか。
まだ大した実力もない魔法使い達に助けを求め、彼はどれほどの期待を抱いているのだろう。
もしかしたら……もうあきらめているかも知れない。
「あと一つね」
「うん。うまくいくように、今は休もうぜ」
「そうね」
火の中へ枯れ枝を少し入れ、二人は横になって目を閉じる。
すぐにサーニャと同じように、二人は寝息をたてだした。
☆☆☆
東の国ゼンドリンは、フォーリアがパドラバの島へ向かう時と同じように、小雨が降っていた。
湿度も高く、水分でできた見えない魔物にべっとりとまとわりつかれたような気持ち悪さを感じる。
時間は昼と呼ぶには少し早いが、薄暗い。その暗さで、さらにうっとうしさが増す。
「キュバスは乾燥しきってたけど、ここは潤いすぎだな」
「ディージュも辛気くさい天気だけど、ここはこの雨のせいでさらに上をいってるわね」
「洗濯物が乾かないって、近所のおばさん達みんなが言ってるわ。どの服を着ても、みんな湿った感じなのよね」
どの国もろくな気候ではない、ということだ。
この大陸がこれまでどれだけ竜の力の恩恵を受けていたか、今回のことでつくづくわかった。
「フォーリアはテルワーグのこと、知ってるのか?」
レラートが、最後の「仲間」について尋ねた。
「うん、一応。だけど、会話どころか挨拶さえしたことはないの。遠くから見て、あそこにいるなって思うくらい。そこはみんなと同じかな。彼はあたしの師匠と懇意にしてるんだけどね」
「それって、フォーリアの顔は向こうに知られてるってこと? じゃあ、今までみたいに、もぐり込むのは難しいわね」
「話をしたことはないけど……何となくでも見覚えがあるだろうなぁ。ほら、面識がないはずのアズラだって、サーニャを見た気がするって話してたでしょ。やっぱり実力者と呼ばれるような人は、記憶力もそれなりにいいのよ。顔を見られたら、あたしだってことはすぐに気付かれるんじゃないかなぁ」
テルワーグは、見かけは魔法使いと言うよりも武闘家のよう……というのはフォーリアの感想である。
とにかく、ガタイがいい。見付かれば、魔法どうこうよりその拳で叩きのめされそうだ。
もちろん、実力者に名を連ねているのだから、魔法の腕もいい。
「世間では実力者って言われてるけど、それに甘んじないでとにかくさらに高みを目指して鍛錬してる人なの」
「高みを、つまり力を求めてる訳か。で、竜の力を手に入れようってことだな。それぞれが究極の何かを求めて、竜に目を付けたのか」
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