第8話 二種類の鍵

「そうか、ちょろまかすって手があるよな」

「ちょっと。フォーリアはともかく、レラートのちょろまかすって何よ。こそ泥みたいじゃないの」

「似たようなもんだろ。まさか魔法使いになって、こそ泥の真似をすることになるとは思ってもみなかったけど」

 会話の中身は妙に軽い。だが、彼らは真剣だ。

「鍵を捜す時に、奥さんも見付けて助け出せればいいのにね。だけど、あたし達じゃ無理かなぁ。きっと逃げられないように、面倒な仕掛けなんかがされてたりするよね」

「そりゃ、旦那が取り返しに来ることを想定して、魔法でしっかり隔離されてるんじゃないか? でなきゃ、魔法使いの見張り役が何人もいるとかさ」

「妻はこの館にいるよ」

 タッフードの言葉に、四人の目が点になる。

「ええっ? 実はすでに助け出した後とかなの?」

 よそにかくまっていても、その場所が相手に知られると面倒。だから、あえて近くに置いている……のだろうか。

 だったら早く言ってよ、という気持ちでサーニャが聞き返す。

「そうじゃない。地下の食糧倉庫に閉じ込められているんだ。魔法の鍵がかけられていて、私が無理にこじ開けようとすれば彼女が死ぬように細工されている」

「ひっどぉーい。何て陰険なやり方なの。いくらその人の身内でも、魔法使い同士の話に民間人を巻き込むなんて、最低だわ」

「それじゃ、封印の鍵と一緒に、倉庫の鍵も見付ければいいってことね」

 聞いていたフォーリアが、簡単に結論を出してしまう。

「そんなことをすれば、きみ達が彼らに捕まるリスクも高くなるんじゃないか?」

「被害に遭っている人を助けるのが、魔法使いの役目でしょ。普通は魔物が相手だけど、今回はそれが魔法使いになったってだけだから。とんでもなく強い魔物の棲処に入って行く、みたいな感じかなぁ」

「フォーリアが言うと、ピクニックに行くような気がするぞ」

 とても重要で困難な任務を自ら引き受けたようなものだが、やると決めたら楽になったのか、誰の顔にも戸惑いやちゅうちょはない。

「若いきみ達がやろうとしているのに、私が傍観している訳にはいかないね」

 それまでほとんど無表情だったタッフードの顔が、少しゆるんだ。

「実は、私も魔法をかけられている。この館から出られないようにね。私が何かしでかさないために、三人からかけられたんだが……。ここを出られないだけで、魔法が使えない訳じゃない。動くのはきみ達に頼むしかないけれど、手助けはできるよ」

「本当ですか。よかった、あたし達だけじゃ、やっぱり力不足だもんね」

「お力添えはありがたいですが、本当に大丈夫ですか? 力を使うことで、あなたや地下の奥さんに何か影響が出たりは……」

「心配はいらない。そこまでの拘束力はないからね」

 そう聞いて、セルロレックも安心する。

「私も、少しは意趣返しができそうだ」

☆☆☆

 竜を封印する。

 封印の魔法と一口に言っても、色々だ。

 タッフード達が使ったのは、ほぼ無力化した瞬間に竜の動きを止め、抵抗できなくしてから魔力を奪う魔法。

 本来は、強大な魔力を持つ魔物を相手に使うものだ。

 もちろん、簡単にできる魔法ではないし、使われる回数も非常に少ない。新人魔法使いでは、呪文の詠唱だけでも体力が奪われるくらいである。

 タッフードのような実力者が数名集まって、ようやく発動させることができるような魔法なのだ。

「そんなに大変な魔法があるのね。攻撃系の魔法は一通り勉強したつもりだけど、封印についてはまだまだ勉強不足だわ」

「きみは魔法使いになって、日が浅いのだろう? 新人魔法使いに封印をさせることは、まずないからね。これから少しずつ覚えてゆくことになるよ」

 タッフードに言われてサーニャは、そしてフォーリアも勉強はこれからも続くことを思い知らされる。

 二人より少し先輩であっても、セルロレックやレラートも同じだ。

 フォーリア達が見た現在のリリュースは、完全に動けなくするために体力を奪われている状態らしい。

 リリュースが話していたが、竜の力はまだリリュースの中にある。だが、身体を押さえ付けられてその力を駆使できず、自力では封じる力を破れない。

 竜を封印した鍵は、タッフードが持っていた白い珠が本来の状態だ。

 鍵と言っても、扉などを施錠するための鍵ではない。魔法使い達がリリュースを封じた力の一部が具現化したもので、これを術者が保管することで封印の力は固定される。

 逆に言えば、その鍵が消えてしまうと、竜の身体を固定している力がゆるむので封印が破られるのだ。つまり、完全に魔法は無力化して、竜は解放される。

 ただ、タッフードの話では、消すとなると注意が必要だという。

 四つ同時に消さないと、消されなかった鍵の方向に力がかたより、竜を傷付けてしまうのだ。

 例えば、タッフードの持つ北の鍵だけを消しても、東西と南の鍵はまだ力が有効であるため、北からかけられた封印の力が残りの三方に分散される。

 パドラバの島で、リリュースの頭は北側を向いていた。北の鍵を消すと頭を動かないようにしていた力は消えるが、その分の力が左右の前脚や胴全体と尾にかかる。

 頭は自由になっても、身体はさらに地面に縛り付けられる格好になる、という訳だ。

 消す鍵がどの部位を戒めているかによって変わってくるが、どれにしてもリリュースには余計つらい状態になってしまう。

 一番危険なのは、鍵が一つだけ残された場合。

 四方にかかっていた力が一つに集中するため、もし残ったのが頭の分だったりしたら、リリュースの頭はつぶされかねない。

 いくら魔力の高い竜でも、頭をつぶされてはまともな状態ではいられないだろう。

 もっとも、この封印の術がこのまま働き続けても、リリュースは持っている体力を全て奪われる。

 タッフードによれば、特に支障がなければあと三日から五日が限界。それで魔法は完成する。

 そうなれば、やはりリリュースを待っているのは死だ。

 封印の魔法に分類はされているが、これは言ってみれば命を吸収する魔法のようなもの。有効であり続けても、解くのに失敗しても、リリュースに未来はない。

「今かかっている魔法を無効化するには、残り三つを集める必要がある。私は何も細工していないが、この鍵は魔法使いの気分次第でどんな物にでも変えることができるんだ。恐らく、三人は形を変えてさりげなく保管しているだろうね。いかにも大切な物、みたいにしておくと誰が興味を持つかわからないから」

「だけど、そうされたら、あたし達にはどれがそうなのかわからないわ」

 こうして間近で見ていても、何か気配を感じる訳でもない。白く光る珠だから、魔法がかかっているのかな、と思えるが、巧妙に細工されていては新人魔法使いに見破ることは無理だ。

「そうだろうね。だから、助っ人を今から呼ぶよ」

 タッフードが呪文を唱えた。四人は移動するのに魔獣を呼び出してその力を借りたが、その呼び出しに似ている。

「はいはーい。お呼びですかー」

 そんな軽く少し高い声がして、タッフードの横に白い何かが現れた。

 白く、まん丸な頭に黒く小さくつぶらな瞳。鼻は……よくわからない。正面から見ても、その存在は確認できなかった。口はにっこり笑っている。

 身体は白いマントを巻き付けているので、その下のスタイルはわからない。

 身長はリンゴ二個を縦に並べたくらいで、見事に二頭身。何かの妖精をデフォルメして、ぬいぐるみにしたような見た目だ。

「ムウ、これから彼らと一緒に出かけて、あれと同じ物を見付けて来てほしいんだ」

 タッフードはムウと呼んだ浮遊するぬいぐるみに、セルロレックが持つ自分の分の鍵を指し示した。

「この子達とですか? タッフード様は、一緒に行かれないのですか?」

「私はここを動けないからね」

 そう言って、タッフードは四人の顔を見る。

「この子はムウ。魔獣と精霊の間のような存在でね。こう見えて、魔力はなかなか高いんだよ。ムウなら、彼らが隠した封印の鍵を見付け出すことができる。きみ達はその鍵を持って来ればいいんだが……物が物だけに、彼らもなくなればすぐに気付くだろう。だから」

 タッフードの手に、白い珠が三つ浮かび上がる。さっき彼が持っていた、封印の鍵と同じ形だ。見分けがつかない。

「彼らが細工した物と同じ形にして、その鍵とすり替える。これなら、そう簡単に彼らも気付かないよ。その細工も、ムウがしてくれるから」

「はいはーい、お安い御用です。お任せくださーい」

 ムウの顔はシンプルだが、表情は豊かだ。タッフードの言葉に、うなずきながらにっこり笑う。

「そうやって三つをすり替えて、ここへ戻れば鍵が四つが揃う。それから同時に消す、ということですね」

「ああ。これなら、竜を傷付けずに済むからね。封印が解かれれば、竜の力も戻るはずだ」

「リリュースに力が戻れば、大陸の天候も戻るわよね。よかった」

「まだ戻った訳じゃないわよ、フォーリア。私達がその魔法使い達に見付からないようにして、鍵を取り戻さなきゃいけないんだからね」

 鍵の発見や細工はムウがしてくれるとして、それをすり替えるのは自分達の仕事だ。

 そして、それが一番難題。

「その辺りはきみ達にゆだねるしかない。私が手を貸せるのは、ここまでだ」

「あ、そうだ。地下の鍵は? こっちも、やっぱり三つあるのか?」

 レラートが思い出し、三人がタッフードを見る。

「取り返す物が増えると……さっきも言ったけれど、きみ達の危険度も高まるよ」

「そうかも知れません。ですが、封印の鍵を消す前にすり替えたのがばれたら、間違いなくあなたの仕業だと思われる。そうなれば、必ず奥さんの命と引き換えに鍵を返せと要求されます。竜も人も、同時に取り返しておくべきです」

 フォーリアとサーニャも、うんうんと何度もうなずく。

「ありがとう。……鍵はどこにでもあるような形だが、魔法がかけられているので鍵そのものが青白く光っている。ただ、誰が持っているかはわからない。そもそも三つあるのか、一つかも私にはわからないんだ」

「それも、ムウにはわかるの?」

「はいな。そこにあればわかりますよ」

 フォーリアの質問に、ムウは自信を持って答える。

「じゃあ、ムウに鍵の存在がわからないってことは、そこにはないってことになるのね。わかりやすーい。タッフードさん、すり替える分の地下倉庫の鍵もください。こっちも取って来るより、すり替えておいた方が見付かるまでの時間が稼げて、絶対にいいでしょ」

 フォーリアに言われても、タッフードはしばらくためらっていた。

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