第6話 聞き込み調査
セルロレック以外の三人は宿に入り、次の日に合流して調査を開始する。
いきなり「太陽が隠れた時間、どこにいたか」なんて聞いても、不審がられるばかりで答えてはもらえない。
なので、セルロレックは魔法道具の古い鈴を持ち出して来た。
例の時間帯に、城の廊下にこれが落ちていたが違いますか、と尋ねることにしたのだ。
魔法使いの中には、古い魔法道具をお守り代わりに持っている人がいたりする。これなら、怪しまれることはないだろう。
違うと答えられても、その時間帯はどこにいたのか、と少しばかりしつこく尋ねれば、相手もその時にいた場所を答えてくれるだろう、という読みだ。
普通なら半月以上前のことなど覚えてない人がほとんどだろうが、太陽が隠れるという特殊な時間帯だ。確かあの時は……と、思い出してもらえるはず。
本人に直接ではなく、弟子や館の使用人などに尋ねれば、余程やましいことがない限りはダンマリを決め込む人もいないだろう。
計画はうまくいき、三人目までは違うとはっきりわかった。
「疑いが晴れた訳だから、順調って言っていいんでしょうけれど……逆に言えば空振り続きってことよね」
「んー、そういうことになるか」
「数人でも、誰かを疑うってきついものがあるね」
「リリュースのためだもん、がんばろ」
まだ始めたばかりだ。弱音を吐いてはいられない。
セルロレックがリストアップした四人目は、タッフードという魔法使いだ。
みんなで彼の館へ向かう。だが、人気が感じられず、妙に静まりかえっていた。玄関で呼びかけても、返事がない。
裏口へ回ると、ここの使用人らしいおばさんが現れた。セルロレックが彼女に声をかける。
「あの、すみません。こちらで働いてらっしゃる方ですか?」
「さっきまでね」
でっぷりしたおばさんは、面倒くさそうに裏口の扉を閉めた。
「さっきまでって、どういうことですか?」
「考えりゃわかるでしょ。暇を出されたのよ。どうすんのかしらねぇ。あたしがいなくなったら、家のことをする人間はもう誰もいなくなるってのに」
セルロレックの後ろで、三人が顔を見合わせた。
「使用人の方全員が、暇を出されたってことですか?」
「そう、あたしが最後まで残ってたんだけどね。あんな線の細い人がちゃんとご飯も食べなくなったら、本当にくたばっちまうよ。一ヶ月程前に奥様が実家へ戻られてから、だーんだんおかしくなっちまったのかしらねぇ」
「ケンカでもされたんでしょうか」
「さぁね。あたし達は何も聞かされてないよ。お二人とも、感情をあまり表に出さない方達だから、ケンカしたって暗ーい、陰湿なものじゃないかってしゃべってたのよ」
「はぁ……」
「それで? あんた、何かここに用があったの?」
いきなり本題に戻った。
「あ……は、はい。この落とし物が」
これまでも繰り返してきた作り話を、セルロレックはそのおばさんにもした。
「さぁ。こんなの、持っていらっしゃったかしらねぇ」
「弟子の方は、ご存じないでしょうか」
「うちのご主人、弟子をとってないのよ。腕はいいんだけど、人に教えるのはどうもってタイプなもんでさ」
中にはこういう人もいる。言われてセルロレックも「そうだった……」と思い出した。
「何だったら、ご本人に直接尋ねたらどうだい? 今は自室にいらっしゃるから」
「入っても構わないんですか?」
「さぁ。いいんじゃない? 門に鍵をかけて出て行け、なんて言われてないからね。お偉い魔法使いを訪ねて、誰かが来るかも知れないってわかりそうなもんだろ? それとも、誰が来ても知らん顔を決め込むつもりなのか、そこまではわからないけどさ」
後のことはもう知らない、とばかりにおばさんは「次の働き口を見付けないと」などと言いながら行ってしまった。この状況下で、再就職は大変だろう。
「どうしようか。本人に直接尋ねても、素直に答えるとは思えないけど」
「それ以前に、まともに対応してくれるかも怪しいんじゃないか? 変人っぽいしさ」
「違う意味で怪しいわよね。とにかく、聞くだけ聞いてみましょうよ。ここで立ち話してたら、身体が冷えちゃうわ。私、指先が冷たくなってきちゃった」
ここまで来たのだ、確認せずに次へは行けない。
「一ヶ月前に奥さんがいなくなったって、大変そうだよね」
「夫婦にもよるだろうけど、そういうのってよくあることじゃないのか? 俺の知り合いのおっさんもよく奥さんとケンカして、しばらくしたら家を飛び出した奥さんを連れ戻しに行ってるぜ」
四人は裏口から再び表へ回り、玄関へと向かう。
この気温が原因なのか、庭の草木もかなり弱って見えた。本来なら、もっと太陽の光を浴びているはずなのに、触れる空気が冷たくて植物も驚いていることだろう。
念のため、もう一度声をかけ、扉を叩いたが返事はない。ノブを回してみると、鍵はかかっていなかった。
本人はいる、とおばさんに聞いたので、主の名前を呼びながら中へ入る。それでも、住人が現れる気配はなかった。
やはり実力者と言われる魔法使いともなると、館も広い。つまり、部屋も多い。主人に会おうにも、どの部屋にいるのかわからないのだ。
おばさんは「自室にいる」と言っていたが、その自室とやらがどこかを聞いておくべきだった。
「魔獣に頼った方が早いな」
レラートが、この国へ来るまで乗っていた火の狼を呼び出した。狼と言っても普通の獣ではないのでその背は高く、頭がフォーリアの肩あたりまである。
「俺達以外で、この館のどこに人間がいる?」
レラートに尋ねられ、燃え盛る炎の毛を持つ狼は耳を動かす。同時に鼻も動かし、天井を見上げた。
「上にいる。東の方の部屋だ」
「この子とかくれんぼはできないよね」
狼の判断に、フォーリアが笑う。
「確実に臭いと音を消さないと無理だね。ああ、結界を張れば何とかなるかな」
「でも、魔法の気配でばれないかなぁ」
「それもそうだね」
「フォーリアもセルも、何言ってるのよ」
サーニャがあきれたように肩をすくめる。
レラートも苦笑しながら狼を解放し、みんなで階段を上がった。
東と一言で言っても、部屋の扉はいくつかある。もう少し細かく聞いておけばよかったかな、と思っていると、わずかに開いている扉を見付けた。
前を歩いていたサーニャが、そっと中を覗く。部屋の奥の方に立っている人影が見えた。きっとあれがこの館の主人タッフードだろう。
こちらに背を向け、窓の外を眺めている。
ノックしようとした時、小さなつぶやきが耳に入った。
「あと三日……といったところか」
彼の手に何か白く光る物があり、それが窓ガラスに映る。
三日って、何が三日なのかしら。あの白い物って……。
「サーニャ、どうかしたの?」
首を傾げているサーニャに気付き、フォーリアが声をかける。部屋の中に集中していたサーニャはビクッとなった。
その声に驚いたのは、サーニャだけではない。部屋の主にも聞えたようだ。
はっとしたように振り返る。
「誰だっ」
主は部屋の扉から離れていたが、その声と同時に扉が大きな音を立てて開いた。
半開きだった扉は、風の魔法で一気に開けられたらしい。
「ご、ごめんなさい! 怪しい者じゃないですっ」
扉が全開になり、部屋からは廊下にいる四人の姿が丸見えだ。その先頭にいたサーニャは、悪いこともしていないのに、慌ててそう言った。
「怪しい人も、自分のことは怪しくないって言うよね」
「今、それを言うか?」
これ以上余計なことを言わないよう、レラートがフォーリアの口をふさいだ。
「誰だ、きみ達は」
こちらを見る部屋の主は、三十代半ばといったところか。あのおばさんが話していたが、確かに線の細い男性だ。
肩まで伸びた薄い金色の髪に、薄い青の瞳。身長はレラートより少し低いくらい。これといった特徴がないのが特徴か。
セルロレックだけは以前に彼の姿を見たことがあるので、すぐにわかった。間違いなくこの館の主で、魔法使いのタッフードだ。
「ぼく達は……城に仕えている魔法使いで、ぼくはセルロレックと言います」
他の三人はともかく、セルロレックは城が勤務先だ。もっとも、まだ新人の枠を出ない彼の仕事は雑用的なものばかり。
それでも嘘ではないから、堂々としていられる。
いちいち全員に所属場所を聞くとも思えないから、セルロレックは三人も自分と同じ立場、ということにしておいた。
「勝手に入って申し訳ありません。裏口でこちらの使用人の方に会って、用があるなら入れと言われたので……。一応、下で何度か声をかけていたのですが」
「そうか。大きな声を出して悪かったね」
セルロレックが名乗ったためか、城という言葉を信用してもらえたのか、タッフードは穏やかな声でそう言った。物静かな雰囲気……と言うよりは、無表情に近い。
「どういった用件かな」
「落とし物がありまして……」
これまで繰り返してきた作り話を、セルロレックはタッフードにもする。彼はその日、城に行っていないし、鈴も自分の物ではない、と答えた。
「そうですか」
「私も一つ、聞かせてもらいたいな」
「は、はい。何でしょう」
例の時間帯にどこにいたかをどう聞き出そうか、とセルロレックが思っていたところへ、先にタッフードが質問を向けてきた。
「わざわざそんな物を持ち出してまで、私の所へ来た理由は何だい?」
その質問に、四人は絶句する。
「落とし主を捜しに城から魔法使いがわざわざ来るなんて、あまり……いや、まずないことだからね。しかも、そんな小さな落とし物に、四人は多くないかな」
やはり実力者と呼ばれる魔法使いは、簡単に騙されてくれない。
これまでは弟子の魔法使いばかりに聞いていたから、不審に思った人がいたかも知れないがこんな突っ込みはされなかった。
やはり、本人に直接会うのはまずかったかも知れない。今更ではあるが……。
「すみません。少し調べたいことがあったので」
何か適当なことを言おうか、と思った。だが、きっとその場しのぎの言い訳ではすぐに見透かされてしまうだろう。
かと言って、どこまで白状するべきか。
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