第三章 領地拡大編

第48話 ハイエルフ、仲間になる

 翌朝、俺達はすずめのお宿を出て前日ユグの実を植えた場所を見に行った。

 そこで……俺と燕は木の姿を見て絶句する。一晩たっただけでまさに天まで届くかという大木が育っていたからだ。


 汨羅なんかは無邪気に、


「すごーい! 一晩でこんなに育つなんて! さすが天道のスキルね!」


 なんて喜んでいたが、どう見てもそんなレベルの大きさじゃない。

 俺と燕は顔を見合わせて震えた。


「なあ、どう見てもこの木、でかすぎるよな……?」


「大きいわね。こんな巨大な木見たこと無いわ」


「なあ、これって、もしかしてあの、世界樹ってやつじゃねえか……?」


「ユグの実って聞いたときに気づくべきだったわ……どう見てもユグドラシルよ」


 枝葉が空を覆うほどに伸び、頂点がどこにあるかもわからない。いくらなんでもこんなでかい木があるわけがない。そう、それこそ神話上の世界樹でもなければ。


 汨羅があっけらかんとして言った。


「ユグドラシル? ああそういえば、ハイエルフの長老が昔そんな名前でも呼んでいたかも」


「どうしてそのことを早く! ……いや、そうだった、汨羅にはファンタジー知識が無いんだったな」


「ユグドラシルなんて、百年前の日本人が知るわけ無いわよね……」


 というわけで、砂漠に世界樹ユグドラシルが生えた。まだ木立くらいの本数しか植えてないのに、もう森みたいな規模になっている。


「と、ともかくこれでユグの木はちゃんと育ったってことでいいんだよな」


「うん、ありがとう天道!」


 汨羅が満面の笑顔で喜んでくれる。まあ彼女がいいならいいか。



 ◆◆◆◆



 そこからはトントン拍子に話が進んだ。


 ユグの木がちゃんと育ち森が再生できることを確認した汨羅は、ハイエルフの里へと向かった。付き添いはアヌビスだ。汨羅もSランクなのでそうとう足は速いんだが、アヌビスのほうがさらに速いので送ってもらったのだ。


 その間に俺達は一度ハロウィン村に戻り(喜桐も俺達についてきた)汨羅に勝って仲間にした報告と、森の再生の話をした。みんな喜んでくれて森の再生にも賛成だった。


 ハロウィン村でももう一回宴会をやってから、村の働ける人を集めてオアシスへと向かい砂漠の土作りをやることにした。

 砂漠に灰を撒いて耕し、途中でゴミや有毒な物が見つかれば灰をかけて火魔法で燃やし、また耕す。そんなことを続けた。


 ハロウィン村から汨羅のオアシスまで続く一本道を作り、その周辺もどんどん耕して畑にしていった。汨羅とハイエルフたちがどのくらい森を広げるつもりかは後で相談するつもりなので、まだ野菜とかは植えない。

 どうせ砂漠しか無いので耕す土地はいくらでもある。新しく増えた住人も合わせてどんどん耕作を進めていった。



 数日その作業に没頭している間にハイエルフを連れて汨羅が帰ってきた。

 ハイエルフは総勢500人。汨羅がどう話をしたのか、なんと生き残りのハイエルフ全員がやってきた。

 ハイエルフの人たちは復活したユグの木を見て涙を流し感動していた。


「すばらしい……、地面を覆い尽くしていた毒が消えている。大地が蘇っている」


「信じられない……あの乾ききった砂の大地に、再びユグの木が……」


「森が……森がもう一度蘇る」


「奇跡のようだ。よもやもう一度この土地に帰ってこられるとは」


 ユグの木を見て泣き崩れる人、手を合わせ祈りだす人、大地と木に接吻する人までいた。


 ……なんとなくな俺のイメージだけど、エルフってもっと理知的で感情を表に出すことの少ない種族のはずだ。ハイエルフとなればなおさらのはず。

 それがこんなに感動しているのは、ハイエルフたちにとって森が何よりも大切なものだったのだろう。

 汨羅も一緒になって泣いていた。思えば汨羅も初対面の印象よりずっと感情豊かになっている。ユグの木が再生できて、仲間が戻ってきて、彼女の心も少しずつ解放されてきているみたいだ。

 

 やがて歓喜の涙をぬぐい終えたハイエルフの人たちから、あらためて森の再生を依頼された。もちろんオッケーだ。

 挨拶もそこそこにハイエルフたちとさっそくユグの実を植えていく。大きく広がった黒い大地に大勢の人が実を植えていった。人も、獣人も、ハイエルフも、使い魔ジャック廃神アヌビスもみんな一緒になって作業する。


 いいな。


 俺はこういう光景が見たかったんだ。



 ◆◆◆◆



 ユグの実を植え終えた後は水撒きだ。


 しかし耕した大地はどうしようもなく広くなっちまった。見渡す限りの黒い土にどうやって水をやるか困っていると、汨羅がオアシスから樽に水を汲んできてあっさりとスキルで増やした。


「樽の水、の、1287乗


 あっという間に大量の水が手に入ったので、みんなで手分けして畑にまいていく。


「すげえな。このスキルがあれば水不足なんて起きないんじゃないか?」


 俺が感心していると汨羅が笑った。


「そう思うでしょうけど簡単にはいかないわ。私が《米一粒》のスキルで増やせるのは元の水と同じ水。コピーのようなものね。コピーだから、劣化したものは劣化したまま同じように作り出す。水だって放っておくと腐るのよ。だから私がこうして水を大量に出して撒けるのは、オアシスに新鮮な水が湧き続けているおかげ」


「なるほどな。《米一粒》にも欠点はあるわけだ」


 水を撒くとユグの実はすくすく育ち始めた。あっと今に芽を出し、小一時間で若木にまで成長する。

 かつてゴミと砂だらけだった土地に一面ユグの若木が背を伸ばすのを見て、ハイエルフの人たちはまた感動の涙を流した。


「ありがたい……ありがたい……」


「わしらの森がもう一度生まれる……育つ……」


「もう一度森に住める日が来るなんて」



◆◆◆◆



 夕方、いろんな作業が落ち着いたところで、俺はハイエルフの代表者と会った。


「はじめまして、アステリッドと申します。ハイエルフの長老を務めております」


「ど、どうもよろしく」


 アステリッドさんは見た目は20代そこそこにしか見えない女性のハイエルフだった。若く見えるが身体から放たれるオーラはすごい。冗談抜きで光り輝いているみたいだ。

 まとっているマナも明らかに「別格」って感じで、種族としての違いを感じさせられた。


 ハイエルフはみんな輝くような金髪碧眼なんだが、アステリッドさんだけは全体的に色が淡い印象を受けた。プラチナブロンドの髪に薄い水色の瞳をしている。汨羅によれば、ハイエルフは基本何千年生きても容貌が衰えないが、アステリッドさんはその姿すら変わるほど長い時を生きているんだそうだ。


 そんなアステリッドさんだったが、俺への態度は非常に礼儀正しくやわらかかった。


「この度は私達の森再生に力を貸してくださりまことにありがとうございます。もはや故郷には帰れぬものと諦めていましたのに、望外の幸せです。これほどの喜びは私の長い生でも経験したことがありません」


 さすがハイエルフの長老だけあって落ち着いた喋り方だったけど、言外に喜びがにじんでいた。あらためて森再生に手を貸してよかったなと思う。


「俺は汨羅に頼まれてちょっと土地を浄化しただけですよ。大したことしてないっす」


「とんでもない。かつてあった森を覆われた私達はゆっくりと滅びる運命さだめでした。花咲様は我らハイエルフ族の救い主です。感謝してもしきれません。つきましては、我らにできることがあれば何なりと言ってください。どのような願いでもハイエルフ族の総力を上げて叶えましょう」


「いやいや、お礼とかいいですって! こっちも好きでやったんで……」


 と思わず断ろうとしたが、燕の顔が浮かび少しは欲を出すことにした。


「えっと、アステリッドさんたちは森が再生したらここに住むつもりなんすよね?」


「許されるのであれば、そうしたいと思っています」


「じゃ、俺の国の住民になってくれませんか?」


 そこから俺はこちらの事情をアステリッドさんに語った。

 自分たちは日本から召喚された異世界人であること。この世界でなんとか生き抜いていきたいこと。今は小さい村でしかないがハロウィン国という独立した国を作ろうとしていること。いずれは帝国を倒すつもりであることなどなど。


 話を聞き終えたアステリッドさんがすぐに頷く。


「もちろん、喜んで花咲様の領民となりましょう。これまでどの勢力にも組したことのない私達ですが、花咲様であれば初めて頂く王にふさわしいです」


「いいんすか? 俺はただの人間だし、ちょっとスキルが強いだけで別に王様の勉強とかもしてないんすけど」


「なにをおっしゃいます。あなたは私達の故郷を救ってくれました。さらには神に近しいスキルでこの死の大地に生命を蘇らせています。さらには上級モンスターや廃神まで従えており、その力とてもただの人という枠に収まるものではありません」


「いやー照れるなー。でもバシル帝国と戦うことになるけどそれもいいんすか?」


「こちらこそ望むところです。帝国は私達の故郷を焼いた仇。元来争いを好まぬ私達ですが、この戦いであればみんな怒りに燃えて戦います」


「たのもしいっす。それじゃあ今日から仲間ってことで」


 俺が片手を差し出すと、アステリッドさんは細い華奢な手で握り返してくれた。


「何卒よろしくお願いします。私達ハイエルフ500余名、故郷を復活させてくれた御恩に報いるため無窮の奉仕を誓います」

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