第22話 四人の妃殿下
「これより、ファハド・アル・シャラマンとミライ・マクトゥル、ビアンカ・リバティ、アイシャ・メルーリ、エリザベス・ドワイリの結婚式を執り行う」
赤に金糸の刺繍を施した絨毯を踏みしめ、前に進む。ミライがファハドに向かい立つと、寺院の責任者が結婚式開始の合図をした。ヴェール越しに見ると、新郎はこちらを見て笑みを浮かべていた。これも彼の計画通りなのかと思うと利害の一致と言いつつも、自分の分が悪い気がする。
「まずは結婚契約書にサインを」
「その前に報告がある。これを受け取ってくれ」
結婚契約書を渡されサインする直前で、ファハドが一枚の紙を責任者に渡す。彼は「わかった」と言い顎を引いた。
「ミライ、養子縁組が受理されたから君はミライ・サウードとサインしてくれ」
「承知いたしました」
ミライは言われた通りに結婚契約書にサインした。通常この書類には財産の分配や不貞への取り締まりなど夫婦のルールが記載される。だが「式の終了後配布する別紙参照」と記されており、気にはなったがサラサラとサインしている友人たちに習うことにした。
「それでは新郎は結婚指輪を新婦に」
「はい。さあ、手を出すんだ。我が愛しの至宝よ」
右手を差し出すとファハドが手のひらの上に乗せる。彼はミライの手を指で撫でると、満足そうに口角を上げた。先日の愛の告白が本当なら、今日は彼にとって愛する人を妻にする日なのか。あなたは望みが叶っていいわね——と、過去の失恋を思い出し心の中で呟いた。自分の結婚なのに、自分で選んだことなのに、全てが目の前のこの男の思い通りだ。ミライは腹の底から湧いてくる苦々しい感情に心を乱された。
「それでは、お披露目の口づけを」
責任者の声で現実に戻る。気がつけば右手の薬指に指輪がついていた。アラービヤではかつてあった初夜見届けのしきたりを簡略化し、右手に結婚指輪をつけて夫婦が口づけをする。そして左手に指輪をつけ、晴れて正式な夫婦となるのだ。
「ミライ、顔をあげて俺を見ろ」
ファハドの手が、ヴェールをめくり上げる。大きな手はミライの髪を滑り頬を包み込んだ。ゆっくりと近づく端正で美しい顔。覚悟を決めなくては。ミライはそっと目を閉じた。
「ミライ、愛している」
甘く囁かれた直後、唇に重なるのは柔らかくて厚いファハドの唇。ああ、本当にアミル以外の男と結婚するんだ。胸に引っかかっていた小さな棘が主張する。ことが済み、ミライはファハドから離れようとする。が、頬と腰をがっちりと掴まれており、体を引くことができない。戸惑っているところに、上下の唇を何かが割って入る。
「んんっ!!」
「新郎、ほどほどに」
ミライが眉をしかめ呻いたからか、寺院の責任者がファハドをたしなめた。
「失礼。感極まってしまった」
引き際に新婦の唇を軽くついばみ、新郎は笑みを深めた。ミライは彼を睨み上げる。式に参列しているのがピエールだけなのが救いだが、それでも羞恥心で顔が茹っている。もちろん苛立ってもいる。文句の一つでも言ってやりたいと息を吸う。けれど責任者の大きな咳払いで我に返った。
「では、最後に指輪の付け替えを」
「「はい」」
全員で右手につけていた指輪を、左の薬指につけ替える。従者一人だけが参列者の、静寂に包まれた寺院に、責任者による宣言が響きわたる。
「これで、ファハド・アル・シャラマンとミライ・マクトゥル改めサウード改め、ミライ・エル・シャラマンが正式に夫婦となったことを認める。さらにビアンカ・リバティ、アイシャ・メルーリ、エリザベス・ドワイリも性をエル・シャラマンに改め妻となることを認める」
忠実な従者ピエールに見守られる中、ミライはビアンカ、アイシャ、ベスと一緒にアラービヤ共和国で妃殿下と呼ばれる立場になった。第一王子との継承争いや国庫の問題など国政に不安はある。けれど今は、この結婚で友人たちと家族となり、安寧の日々を手に入れたのだと思いたい。ミライは並び立っていた彼女たちと、きつく抱擁を交わした。
>>続く
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