持っているもの全てで
この世界は小説の世界じゃない。小説のように状況を示してくれる文章も無いし、よしんばあったとしても俺はそれを見ることのできる立場に居ない。
神の視点なんてものは存在しない状態。ならどうやって状況を把握するかと言えば、見て聞いて話すしかない。
だけど実際には話したところでわからなかったことが完全にわかるようになるなんてことは無い。
出力された言葉だけを取り入れていては、そこに内包しているものには気がつかない。
いつの日か、陽炎に言われた言葉が今。
「ガッ、フアアぁアァぁ…………」
煉獄となってこの身を焼いている。
「あっづぅぅぅぅぅ…………ッ!」
ゴースターからガイスターへと変化したことで鎧の耐久度は各段に増している。霊獣グランキオの甲羅は生半可な攻撃は寄せ付けず、逆に攻撃した方にダメージを与えることもある程の超防御。
しかしそれを超えてくる攻撃というのも、必ず存在する。
「クッソが…………!」
肉体的苦痛が半端じゃない。今までほとんどダメージを負ってこなかった影響か、耐性ができていないのがわかる。
このまま続けていれば、死ぬかもしれない。
その恐怖が俺の身体を軋ませる。
「……ヤっパりさ。戦イに向いテないヨネアサヒくん」
「…………んだと?」
「だっテ見てて丸分かリダモン。怖いッテ」
だろうな。自分でも脅えが顔に出ているのがわかる。
精々どうにか虚勢を張って、相手を苛つかせるのが関の山。そしてそれはこの怪物には通じない。
「人ヲ殺スのもいや、自分が死ヌのも嫌って言うンなラ、どうやって戦ウワけ?」
ああ、ウザい。俺を見下してくるこの感じ。マジでウザい。
けどそれ以上にやりにくいのはコイツが俺を侮蔑しているわけじゃないってことだ。
俺はコイツの憎悪の対象でなく、人間的に嫌われている訳でもない。
「うっせぇよクソ虫がよぉ……」
「……心配シテルんだよ?」
ああそうでしょうねぇ……!だから気持ち悪いんだよクソが。
言動と行動が矛盾している。心配してるって言うなら体外に出ているその熱波を止めてくれ。
「戦闘力ハ確カに高いケド、メンタルがボロボロじゃどウしヨうも無いでしょ? 休んデなヨ、弱いンダカラ」
怪物が身体の向きを変えたのがわかった。
恐らく黄泉坂の方に向かったのだろう。
だが立ち上がる気力は無い。正直、身体のあちこちが痛い。
(どうしてこうなった?)
動けない身体で今俺ができることは思考することだけだ。
黄泉坂はどうせ死なない。セインだって居るんだからきっと大丈夫。
だから今は考えよう。どうして北風がああなったのか。
姿に関しては恐らく吸血鬼カロンの仕業だろう。今この場に居ないということは倒されたか、もしくは隠れているか。どの道この好機に出てこないということは戦える状態ではないのだろう。
じゃあ、北風のあの発現は? 彼女の発言はきっと正しい。
どうして俺は彼女の言葉の真意を見ようともしなかったのか。奪われて殺されて、それで憎まない方がどうかしている。
思い返して見れば彼女は一貫して敵を殺すことには肯定的だった。あの時は自分が惨めに思えて会話を打ち切ってしまったが、そこにあったのはある種身勝手な彼女の思いだ。
(俺は勝手に北風をヒーローだと思い込んでいた)
馬鹿馬鹿しい。彼女だって一人の人間だ。真っ当な正義感で動くなんてそうそう無い。
寧ろ守るという行為を目的の一つに組み込んでいるだけ立派な方だ。
(俺なんて勝手に憧れと嫌悪感拗らせてるだけだもんな……)
この世界に俺の名を刻む。邪道で王道を打ち破る。
主人公達をぶっ潰す。
字面だけ見れば中々に格好良いが、突き詰めれば単なる自己顕示。
どこぞの誰かのように立派な大義があってやっている訳じゃない。ましてや三つ目なんて誇張された被害妄想だ。直接彼らに何かされた訳じゃない。
だから実際の戦いを前にしてビビった。正直、今もビビってる。
(それに憎悪の強さじゃ、俺は北風には勝てない)
彼女の憎悪を支えているのは彼女自身の経験だ。実際に家族を奪われ、凄惨な光景をその目で見たからこそ育った憎悪。
そんな彼女に空っぽの憎悪を抱えた俺が勝てるはずがない。
「知ったこっちゃねぇなぁ…………!」
そうだ。勝てない? 憎悪が無い? 死ぬのが、殺すのが怖い?
「どいつもこいつも戦いがどうとか、殺し合いがどうとか、命の奪い合いがどうとかよぉ……」
嫌なんだ。ウィズを殺してしまった時、誰も俺を否定しなかった。
あの黄泉坂でさえ、殺したことについては不問としていた。
俺は死ぬ程後悔して、辛い思いをしていたというのに。
だからもう、そんな後悔はしたくない。
何よりも。
この世界の条理を条理として押し付けられることが気に食わない。
「鬱陶しいんだよ……!」
俺が真に憎悪をすべきなのは北風じゃない。
当たり前を当たり前として振りかざすもの全て。
即ち、俺が気に食わない存在にこそ、この滾りを向けるべき。
「だから、お前を認めるわけにはいかねぇんだ北風ェ――――」
正しいのは彼女の方だ。
戦いになればどちらかを殺さなければ終わらない時がきっと来る。
その事実が気に食わない。
ずっと思っていた。後悔と失念を抱えながら、心のどこかでクソッタレだと。
俺は上半身を起こして、最後に考える。
思いは互角だとして、魔力量もその出力もあちらが上。
なら俺が勝っている部分は?
「後一発くらいなら、多分いける。火力も不意打ちで当てるなら十分。んで…………」
…………よし、オッケー。
勝ちの算段は整った。
戦いの手段は豊富にある。大丈夫だ。
「――――――――――――」
黄泉坂とセインが必死に戦っている。いや、セインには少し余裕があるか?
何にせよまだ余力は残っていそうだ。
(集中しろ、集中…………)
目を向ける先が怪物一択。それ以外は全て排除し、ただ一ヶ所だけに焦点を当てろ。
溶け行くような薄い煙から、ぼやけた輪郭が見えた後、最後に明確な形を捉えるまで、瞳を凝らして見続けろ。
そうする事で俺の抱いた妄想は現実になる。
「アハはハハはハハハ!」
笑い声が聞こえる。だが無視しろ。
最善の方法を為すために、今の痛みを受け入れろ。
耐えて耐え続けたその先に、俺の
「…………見えたぜ」
ニヤリと口角があがる。
俺の視界に映っているのは燃え盛るように荒ぶる彼女の魂。そしてそこに混ざりこむ、明確な異物。
さあ、反撃の準備が整ったぞ。
「今この瞬間が臨界点――――。俺が今持ってるもの全部で、お前をぶっ潰す!!」
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