良いんですか?
ウィズの助手として活動を始めて、七年の月日が経った。
当時八歳、小学二年くらいの年齢だった俺も今では立派な中学三年生。
来年からは遂に高校生、舞台は原作へと移行する訳だ。
この七年、俺は授業が終わったらすぐに彼女の工房へと行き来する生活を送っていた。
勿論一般科目の勉強を疎かにしていた訳では全くない。
そういった科目は自宅に居る使用人等を利用し、専門系はウィズに教わる。
おかげで今の俺は同年代と比較しても頭十個程抜けた学力と知識を有していると自負している。
何よりも、コツコツと進めていた専用武器がそろそろ完成しそうなのだ。
「~♪」
構想したのはウィズが俺の家庭教師として就任した直後。
それから約十年の時を経て、遂に日の目を浴びる時が来そうなのだ。
「何だよアサヒ、嫌に上機嫌だな。気持ち悪い」
無意識にスキップをしてながら鼻歌を口ずさんでいた俺に向かって、グランキオが野次を飛ばしてくる。
コイツともそれなりの付き合いになるが、この態度だけは一向に治る気配がない。
というかこの七年、コイツが役に立った試しがない。
いつも工房をうろついていて、暇になったら俺にちょっかいをかけてくるだけだ。
一体どうしてウィズがこんなのを指定したんだろうか。
魔力計測も改善の兆しはなく、いよいよ何のために呼び出したのかわからない。
どうしてコイツが上級霊獣に指定されているのか、未だに謎だ。
時々コイツを連れている姿は見かけるが。
「……テメェ、また俺が雑魚だとか考えてやがるな?」
「いや、お前役に立ったことないなと思って」
「うっせぇ。テメェがもう少しマシな魔力持ってりゃ絶級の強さを見せつけてやれたんだよ」
「ああはいはい。ぬいぐるみに言われても何の説得力もありませんね」
「ぬいぐるみ言うな。テメェこそ嬢ちゃんの手伝いしてる時以外は引きこもって工作してるだけじゃねぇか。ガキなんだから少しくらい外に出たらどうだ」
「うるせぇ、物も碌に持てないお前にはこの楽しさは伝わらんだろうさ。てか外には出てないけど運動はしてるし。見ろこの筋肉を」
俺は腕をまくって力こぶを作り出す。
一見細く見えるかもしれないが、中にはちゃんと筋肉が詰まっている。
少し力を籠めればしっかりと鍛えられている証がそこにはある。
「んで? 何でそんな上機嫌なんだ。もしかして完成したのか? えーと何だっけアレ……そうサーモン潰し!」
「サモンツブッシャーだ! ったく……まだだ。けど後少しってとこでな。必要なパーツは全部完成してるから、後は組み合わせだけだ」
「ほーん、良かったじゃねえか、ちっちぇ頃からの超大作なんだろ? 成功すると良いな」
「……おう。さんきゅ」
グランキオの野郎は役には立たない。
けどこういう一面があるから、嫌いではない。
なんだかんだ悪態を気軽に悪態をつき合える友人のような関係を築きあげていた。
「おや、アサヒくん。おはようございます」
グランキオとくだらない言い合いをしているとウィズが扉に向こうから姿を現した。
初めて会った時にまだ二十代だった彼女は今や三十の次の段階が目前にまで迫っている。
にも関わらず見た目は全く変わらない。
母さんもそうだが、偶にマジの人外なんじゃないかと思ってしまうことがある。
ウィズの産神も、別に神獣の血を引いているとかの家系ではない。
だがこうも変わらないと何かしらあるんじゃないかと思えてくる。
「アサヒくんまた私の年齢のことを考えていましたね?」
「うぇ!?」
「もう十年近くになるんです。助手の考えていることくらい手に取るようにわかります、よっ!」
「ぶへぇ!」
クソ、昔はもっと優しかったのに最近は鉄拳制裁一つとっても容赦が無い。
というかこの人、一見お淑やかに見えて結構な武闘派だな。
「そりゃそうですよ。国家魔導士なんて危機が起きたら最前線で戦うんですから、武闘派じゃなきゃ務まりません」
「おっしゃる通りです……」
またしても口に出していないことを言い当てられ、俺は彼女と過ごしてきた月日の長さを実感する。
「今日も今日とて口喧嘩ですか。よくまあそんなに続くものですね。ネタ切れとかしないんですか?」
呆れたようにウィズは言う。
そう言いたくなるのはわかる。自分でもどうしてかそうなのか不思議に思ってるくらいだ。
「ま、このガキンチョが構って欲しそうにしてるからな。優しい優しい俺が友達の一人も居ないコイツの相手をしてやってんのよ」
「ああ!? 別に頼んでねぇよ! てか別に友達とか要らねぇし!」
「はっ! よく言うぜ強がり坊ちゃん。お前がこの間読んでた漫画、学園青春モノだったじゃねぇか。奥底で求めてなきゃああいうもんに夢中にはならんだろ」
「ちっげぇし! アレは単にストーリーが面白かっただけだし!」
「どーだか。中学行ってからお前すぐにこっち来てたけどよ、お前が通ってる学校って学園祭とかあったよな?」
「そ、それが何だよ」
「いや? 友達が一人でもいるんならそういう行事には顔出しても良さそうなもんだと思っただけだよ」
「ぐぬぬ……」
ぐうの音も出ない。
仕方ないじゃないか、製作と助手作業で手一杯だったんだから。
それに学校に居ても妙な陰口が聞こえてくるだけだ。
それらはこれからの活力を沸かせはするが、ストレスであることに変わりはない。
ずっと聞いていても問題ないと言えるほど、俺のメンタルは頑強じゃない。
「後少しだ。後少しで世界に俺の名が轟く……!」
少しでも目を閉じれば浮かんでくる。
堂々と邪道の力を振るうこの俺に凝り固まった優等生どもが膝をつき、歯を食い縛って俺を見上げる姿が。
戦う手段さえあれば、膨大な魔力を持つこの俺が負けるはずはないのだ。
「……ふふふ。見てやがれよ主人公共が……」
「うわ、まーた何か変な独り言呟いてやがる。やっぱ友達の一人くらい作った方がいいんじゃねえの? ただでさえ人間は群れなきゃやってけない生き物だろうに」
「………………」
「……んだよ師弟揃って没入か」
「え? ああ、何ですか?」
「別に何も。さって、俺はまた漫画でも読んどくかな」
グランキオはいつの間にか去って行った。
残ったのは俺とウィズの二人だけ。
「なあウィズ」
「はい?」
「はいじゃねぇだろ、今日は何をすれば良いんだ?」
珍しくウィズが気の抜けた返事を返す。
疲れているのだろうか。まあ、普段の研究やらに加えて偶に俺の制作の監修もしてくれてたからな。
疲労が溜まるのも仕方ない。
「……疲れてるなら休もうぜ。俺はサモンツブッシャーの制作やっとくわ。高等部進学まで後ちょっとだし、間に合わせておきたい」
「そう、ですか。そうですね。偶の息抜きも大事ですよね」
ウィズがぎこちなく笑って踵を返す。
そこで、ふと足を止めた。
「アサヒくんは大丈夫なんですか?」
「ん? 何が?」
「いやほらあなたはずっと私の助手を務めてくれてたじゃないですか。だけどそのせいで、当たり前の学生生活は遅れてないですし……」
は? いきなり何を言うかと思えばそんなことか。
「別に良いよ。高等部からは色んなイベントあるし否応なしに関わらなきゃならないからな」
何かやたらと申し訳なさそうにしているが、俺からすればそんな態度を取られる謂れはない。
ウィズのこの大規模な工房と、そこに出入りできる立場を貰えたからこそ、俺は自分の魔道具を作ることだってできている。
実家のままだったらそうはいかなかっただろう。
母さんの工房には中々入れないし、入手し辛い素材だって分けて貰えた。
何より彼女が支えてくれたことが開発の一番大きな助力になった。絶対に口には出さないが。
何にせよ、感謝こそすれ、迷惑がるなんてありえない。
「……そうですか。それなら、良いんですけど」
彼女はどうして、そんな辛そうな顔をしているのだろうか。
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