召霊
「それでは、本日の試験を始めましょう」
「本日
「その発言もそろそろ三百を超えますね」
「やかましい! 今日こそ終いにしてやる!」
試験という緊張に包まれる時に、どこか気の抜けた声が部屋に響く。
既に数ヶ月は繰り返したこのやり取り。
最初は多少なりとも張りつめた空気が漂っていたのだが、それでも幾度となく繰り返せば慣れが先行してしまう。
「ふぅ――――」
無駄に緩んだ脳みそへ喝をいれるために頬を数回叩く。
小気味良い音が響き、俺は目の前の試験用紙に向かい合った。
「――――オッケー、いつでも」
「わかりました。では、始め」
いざ。
書かれている問題文は実にシンプル、
余りにも単純で、余りにも無理難題。
上級魔法なんて高校卒業の時期にできていたら就職先にはまず困らないだろうと言われるレベル。
それを八歳の人間にさせるってのがまず常識じゃ考えられない。
だがそれは世間一般の常識だ。
俺は世間一般の常識では動かない。
世界が定めた法則なんかクソ食らえ。
邪道こそが俺の花道だ。
「――――――」
ああ、良い。
今日の俺はこれ以上無く集中している。
今回こそは何か行ける気がする!
「――――そこまで」
できた。
前と違ってとりあえず最後まで書きましたなんていう頑張ったで賞欲しさの陣じゃない。
確信を持って、最後までしっかりと刻みきった。
「………………成程」
ウィズの顔が真剣そのもの。
一点のズレの許さない彼女の口から出てきたのは、肯定とも否定ともとれない言葉。
「では魔力を通してみましょうか」
ここだ。
ここで全てが決まる。
ウィズの合格基準は魔法陣として完璧な形になっているか否か。
そこに部分点という概念は存在しない。
「…………」
俺は手を翳し、魔力を送り込む。
紙を壊さないように丁寧に。
そして。
『オオオオオォォォォォォォ――――――!』
「…………出た?」
目の前に現れたのは小さな、しかし上級に相応しい魔力を持った存在。
蟹のような姿をした巨大な霊獣がそこにいた。
「…………おめでとうございますアサヒくん。試験、合格です」
「――――よっしゃあああああああああああああああああ!!!!!」
ついに、ついにやった!
最初の試験に合格して苦節三年と十ヶ月。
漸く頑張りが実を結んだのだ。
「ぁぁぁぁぁ――――ぁれ?」
おかしいな、身体に力が入らない。
遅れて、全身に激しい痛みが走っていることに気がついた。
「――――――」
「――――――」
何か二つの声が聞こえる。
一つはウィズで、後もう一つは、誰だ?
その疑問を晴らす前に、俺の意識はプッツリと途切れた。
▪▪▪
目が覚めると、そこは真っ白な天井があった。
いつも寝ている寝室とはまるで異なるそれを見た俺は思い出す。
(そうだここ、ウチじゃなかったわ)
ウィズの助手認定試験を受ける際はいつも彼女が所有している研究室に移動している。
そして俺はここで倒れたんだった。
若干の気だるさを感じつつも起き上がる。
俺を支えているベッドは実に清潔で、かつ上等な物だ。
おかげで急な不調にも関わらず、随分とスッキリしている。
起きたことを伝えに行こう。
そう思って扉に手をかけようとする。
だが俺が開くよりも先に扉は開かれた。
「ああ? あ、起きたのかガキンチョ」
そこに居たのは俺が呼び出した蟹の霊獣。
その小さい姿ではどう考えてもドアノブに手が届きそうにはないが、どうやって開けたのだろうか。
「ったく、睡眠不足でぶったおれるたぁ情けねぇ。テメェ、本当に俺を呼び出した人間か?」
蟹は俺を認識するなり開口一番で悪態をついてくる。
口調は呆れが八割といったところか。
「あーあ! あの嬢ちゃんが主人かと思ったのにガッカリだぜ! まさかこんなチビッコと契約する羽目になるなんてよ」
心底不本意と言った様子で吐き捨てる蟹。
いきなり随分な言いぐさじゃないか。
だがそれよりも気になることが一つ。
「…………お前、何かちっちゃくねぇ?」
蟹の身体がピクリと震える。
あの時の視界は酷く薄れていたが、最初に見た時は間違いなくあの部屋にすっぽりと入るほどの巨大な姿だった気がする。
しかし今のコイツは何というか、ぬいぐるみ程度のサイズしかない。
質感も布っぽい。
おかしいな。気のせいだったのか?
「俺一応上級の霊獣を召喚したはずなんだけど。魔力の感じも何か雑魚っぽいし、これじゃ
「おうらああああああああ!!」
「うわっ、いきなり何すんだお前!」
コイツいきなり水かけて来やがった!
しかも勢い弱っ! 絶対雑魚だろコイツ!
「俺がこんな姿になっちまったのはテメェのせいだクソガキが! 良いか!? 俺達霊獣を呼び出すことは力を十二分に発揮できるかどうかは召喚した魔導士の魔力に依存しちまうんだ! 呼び出すことは誰にでもできるが雑魚が呼び出した霊獣は相応の力しか振るえねぇ! んなことも知らねぇのか!」
「知ってるよ! けど俺の魔力は少なくなんかねぇ! お前こそちゃんと測りやがれ!」
「んな訳あっか! じゃあ何か? お前がこの俺に力を制限する拘束魔法でもかけたってのか? それこそありえねぇ! つくならもっとマシな嘘をつけ!」
「嘘なんかついてねぇよ! 俺の魔力量は凄まじいってウィズにも認められてんだ! ごちゃごちゃ言う前にまず測れ!」
「ああマジ? んじゃちょっと失礼して……」
蟹の両目が光る。
霊獣ってのは生まれながらにして対象の魔力を大まかに測る術を持っているらしい。
その機能を使えば俺がどれだけ優れた魔力を持っているか十二分にわかるだろう。
「…………」
「どうだ、驚いて声も出ねぇか?」
「ああ、そうだな……。驚愕以外の言葉がねえよ」
「はっ、やっと理解したか。俺こそスーパーポテンシャルを持つハイパーな存在だということを……」
「テメェの魔力量マジでゴミだな!」
「はっはっはっ! そうだろゴミだろ見りゃわかんじゃ、ゴミ?」
は? 何言ってんだコイツ。
さっきの目の光具合はなんだったんだ。
ちゃんと測ったのか? それとも失敗したのか?
「んな訳ねぇだろ!? 俺はあの産神の長男だぞ!?」
「産神ィ? あああの……。ってことは何か? 俺はエリート一家の出涸らしに呼び出されたってことか?」
「で、出涸らし!?」
コイツ、一線超えやがったな……!
原作において散々言われてきた地雷ワードをこんな容易く……!
「俺は出涸らしなんかじゃねぇ! 生まれだけじゃねえぞ、俺はあのウィズ・ソルシエールの助手でもあるんだ! そこらの奴等とは何もかもが違うんだよ!」
「ああはいはい、出涸らしは皆そう言うんだよ」
「お前ぇぇぇぇぇぇ!!!」
許さん、コイツマジで許さん!
今すぐに味噌汁の出汁にしてやる!
「うおっ、何だテメェいきなり掴みやがって!」
「うっせぇ! お前なんざクビだクビ! 鍋の底に追放だ!」
「やめろどこに持ってく気だ! やめろやめろ悪かった! クビはやめとけ後悔するぞ! 実は俺最強だから! 上級どころか絶級クラスだから! 後で戻って来てなんて言ってももう遅いぞ!」
「黙れ!」
実は強いとかもうどうでも良い!
こんなのと契約するなんて死んでも御免だ!
「ウィズ! ウィズ! キッチンどこ!」
「やめろぉぉぉ! 霊獣で出汁なんかとれないから! 魔力を帯びたお湯にしかならないから!」
蟹が暴れ、そこら中を這いまわる。
俺はそれを捕まえようとして、追いかけっこが始まった。
「…………一体何をしているんですか?」
そしてその追いかけっこは激怒したウィズがやってくるまで延々と続いていた。
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