第5話 麻衣VSエイリーン
「はぁ……はぁ……!!」
意味がわかんない。昼休み、ご飯食べよーって思ったらいきなり美少女エルフが教室にきて「伊世甲斐の妹はいますか」って言われたから手ぇ挙げたら、いきなり追いかけられた。あの趣味の悪い掲示板を見て状況は知ってたけど、兄貴が悪いからって無関係を装ってたのに……!
「エイリーンさん! お話しましょ!?」
「人間風情が、話しかけるな!」
「追いかけといてそれはなくない!?」
ダメだ、まったく聞き耳持たない! 仲良しゲージも私なにもしてないのに-100だし! 幸先悪いどころの騒ぎじゃないでしょこれ!
なにしてんだよ兄貴……! 魔法でスカートめくりって、しかもエイリーンさん狙い撃ちって! わざとやったわけじゃないだろうけど、ただでさえ嫌われてんのに! もしかして女の子から嫌われることに興奮を覚えるタイプ?
……やめよう。兄貴も好きでこんな状況にしたわけじゃないし、今はこの状況をどうするかを考えるのが先だ。
むしろ、チャンスなんじゃないかと思う。喧嘩するほど仲がいいって言うし、喧嘩は仲良しの始まり。私がなんとかしてエイリーンさんと仲良くなって兄貴と橋渡しすれば、一人目のエルドラドはクリアできるはず!
「エイリーンさん! 止まりますから、暴力はやめてくださいね!」
「わかった、約束する」
「もう隣にきてた……」
後ろを向いてエイリーンさんの姿を探そうとしたら、隣から声が聞こえた。すべてを諦めて約束通り立ち止まれば、エイリーンさんも約束を守って握りこぶしを私のお腹の前で寸止めして、「失礼しました」といって拳を収めてくれた。ギリじゃん。
「あの……私、追いかけられるようなことした覚えないんですけど」
「あなたの兄に耐えがたい辱めを受けました」
事情知ってなかったら完全にエイリーンさんの味方してたわ。こんな美少女が辱めを受けたって言ったら、絶対にエイリーンさんのこと信じるもん。
でも、私は事情を知っている。……その上でもエイリーンさんの味方したいけど、兄貴が嫌われるのは避けたい。元の世界に戻るには、兄貴と私、どっちもエルドラドと仲良しにならないといけないから。
「兄がとんでもないことをしでかしてしまったようで、申し訳ございません。それで、なんで私を追いかけたんですか?」
「人質にしようと」
異世界は人質という言葉が身近にあるらしい。エイリーンさんには申し訳ないけど、スカートめくりで人質は流石に過剰だと思う。から、よっぽど人間嫌いなのかもしれない。今も私とまったく目を合わせようとしないし、目に光がないし。
……ちょっとぞくぞくする。ちょっとだけね?
「あの……その、兄貴、悪気があってやったわけじゃないと思うんです」
「人間は狡猾で醜悪な生き物です。悪気があってやったに決まっています」
人間である私の前でそういうことを言うんだから、相当だ。どうしよう、仲良くできる自信がなくなってきた。仲良しゲージもどんどんマイナスされるし、なんで話してるだけでスリップダメージみたいに仲良しゲージが下がってくの?
エイリーンさんは私を冷たい目で見降ろして、「よく考えれば」と続けて。
「そんな人間相手に人質を取ったとしても、無意味でしたね。人質など知ったことかと逃げるでしょうから」
カチン、ときた。そりゃあ兄貴はろくでなしで人でなしなところがあるけど、誰より家族のこと大切に思ってるし、お母さんが亡くなってお父さんが忙しくなってから、いっつも私のこと気にかけてくれたし、何ならそうなる前からずっと私を守ってくれてた。私がやりたいことは何でも尊重してくれるし、家のお金を私に回せるように自分は楽しいこととかほとんど我慢してることも知ってる。
「兄貴のこと何も知らないくせに」
「何?」
「そもそも人間って記号でひとくくりにして嫌ってるみたいですけど、その人個人のことをちゃんと見ようとしたことあるんですか?」
「見る必要がないです」
「じゃーいいですよ! 人質にしても! 兄貴、絶対助けにきてくれますから!」
「その必要はねぇ!!」
ぐい、と後ろに引っ張られる。かと思えば、私は兄貴の腕の中にいた。
「エイリーン!! ワリィのは俺で、麻衣は何も悪くねぇだろ!! 俺が嫌いだか人間が嫌いだか知らねぇけど、やっていいこととやっちゃダメなことの区別もつかねぇのか!」
「スカートめくりは、やっていいことなんでしょうか」
兄貴が土下座した。カッコいいこと言おうとしたけど、その前に「この人スカートめくりしたんだよね……」っていう前提が邪魔をする。
でも、やっぱり助けにきてくれた。エイリーンさんに勝ち誇って笑ってみせれば、哀れなものを見る目で兄貴と私を交互に見る。いや、確かに助けに来てくれたっていうには絵面がひどいけど!
「本当に申し訳ございませんでした」
「謝罪ならサルにでも……あぁ、そういえばサルでしたね。謝罪ができるなんて賢いサルで感心します」
「ウキ! お褒めいただき光栄ウキ!」
エイリーンさんの私を見る目が同情に変わった。違うんです、これでも誠心誠意謝ってるつもりなんです。お父さんから「女性が怒っていたら、全部自分が悪いと思って全肯定しなさい」って教えられたんです。それを真正面から受け止めてサルになっちゃっただけなんです。
「……フン。もういいです。腕の四本は折ってやろうかと思っていましたが」
「腕はそんなにねぇよ。アシュラマンか俺は」
「何勝手に頭を上げてるんですか?」
「煮るなり焼くなり好きにしてください」
「炎属性は使えません」
「マジで煮るなり焼くなり好きにしようとしてんじゃねぇよ」
……お? 仲良しゲージがちょっと回復した? なんだろう、兄貴が面白い生物だったから? 人間からちょっと外れてたからかな。それとも、形はどうであれ私を助けに来てくれたから?
どっちにしろ、いい兆候なのに変わりはない。エイリーンさんの姿が見えなくなるまで頭を下げていた兄貴のそばにしゃがんで「お疲れ様」と声をかければ、やり切った顔で立ち上がった。
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