第3話 不安な幸先
エイリーンとの仲良しゲージを上げるために俺が取った行動は、いたってシンプル。
転校生にとって新しい学校は新天地。友だちもいないし頼れる人もいない。だからこそ、最初に知り合ったやつがそのままずっと友だちになることが多いはず。まず気軽に声をかけて、学校を案内してそこで交流を深めればいい。
「俺は伊世甲斐。よかったら学校案内させてくんね?」
「人間風情が。気安く話しかけるな」
「それで、私のところに逃げてきたってわけ?」
「うっ、うっ……」
城みたいになったうちの学校の敷地はかなり広い。四階から外に出てすぐにある庭園、そのベンチで、俺は麻衣の隣で泣いていた。
エイリーンから底冷えする視線と一緒に投げかけられた言葉に、俺のハートは砕け散った。
だってさ、ひどいぜ? 俺話しかけただけじゃん。だってのになんであんなこと言われなきゃなんねぇんだよ。しかも仲良しゲージが-100になったんだけど。もう絶望的じゃん。俺たちもう一生ここじゃん。
「まぁ、兄貴はすさまじい童貞だから期待してなかったけどね」
「兄貴が涙流してんのに、童貞に形容詞つけてんじゃねぇよ」
「事実じゃん」
童貞は事実だけど、すさまじいかどうかは議論の余地がある。最近の若者は進んでるって言ってもそりゃ進んでるやつらが目立つだけで、平均取ったら昔とそう変わんないはずだぜ? だから俺は一般的な童貞だ。んなこともわかんねぇから俺の妹なんだよ。ガハハ!
「そんなことより、まさか一人目が人間嫌いのエルフなんてね……」
「そこらへんに転がってる異世界モノでのエルフの扱いが悪いからいけねぇんだよ。大体奴隷にされてるとかそんなんだろ?」
偏見だけど、物語で描かれるエルフは高潔で見た目がよくて、そのせいか奴隷商に狙われているイメージがある。そのイメージが災いして、この世界のエルフは人間嫌いになっているのかもしれない。警戒心が強いってこともありえそうだけど、少なくとも人間以外とは普通に話してた。
「どっちかだよね。エイリーンさんが人間に対して嫌な思い出があるか、エルフ自体が人間を嫌ってるか」
「でもそういうのってさ、こんな人間もいるんだってなるのがお決まりじゃね?」
「ポジティブなのはいいことだけど、信じられないことにここ現実だから」
そう、現実だ。ゴブリン専用車両があろうと、先生がずっと酒を飲んでいようと、義母がサキュバスであろうと現実だ。物語を読んで「いや、こんなうまくいかねぇだろ」って思うのは無粋ってもんだが、いざそれが現実になってみると「いや、こんなうまくいかねぇだろ」って思ってしまう。
「まずは周りからじゃない? エイリーンさんが仲良くなった人と仲良くなって、なんでエイリーンさんが人間嫌いなのか知るのがいいと思う」
「確かに麻衣の言う通り、根気強くエイリーンに話しかけるしかねぇよな」
「そんなこと一言も言ってないけど?」
元の世界に帰れなくてもいいの? と呆れる麻衣に、冗談だよと笑って返す。もう仲良しゲージ-100だから話しかけたところで意味ねぇだろうし、麻衣が言った通りエイリーンの周りのやつと仲良くなって、エイリーンの人となり、いやエルフとなりを聞くのが一番だな。「人間風情が」って言ってたから、人間の”男”だけが嫌いってわけじゃなさそうだし、麻衣がエイリーンに話しかけたとしても、同じような反応をされるだけだろ。
方針を固めてから麻衣と別れて、教室に戻る。その途中で、既にクラスメイトに囲まれたエイリーンを見つけた。エイリーンも俺に気づいたようで、めちゃくちゃ睨んでくる。
「話しかけるな、人間風情が」
「話しかけてねぇだろうが」
それだけ言って俺から顔を逸らし、教室へ入っていく。なんだあいつ。俺なんかしたか? 俺が人間だからってだけで邪険に扱いすぎじゃね?
納得がいかない理不尽にムカつきながら俺も教室に入って、自分の席に座る。ちら、とエイリーンを見れば、背筋を伸ばして次の授業の準備をしていた。
俺まだ信じらんねぇよ、あんな綺麗なエルフからめちゃくちゃ嫌われてるって。こんな悲しいことがあるか? なんだって家に帰ったら遺産狙いのサキュバスがいて、学校にきたら人間をめちゃくちゃ嫌うエルフがいるんだよ。俺の心は一つしかねぇんだぞ? 気安く蜂の巣にしてんじゃねぇよ。
まぁ、理不尽は今に始まったことじゃないし切り替えよう。確か、次の授業は……。
「はーい席ついてー。授業始めるよー」
重たそうなローブを引きずって、とんがり帽子を被ったどこからどう見ても魔女の恰好をした先生が教壇に立つ。
「それじゃ今から、魔法学の授業を始めます」
ファンタジーっぽい生物が社会の歯車を回していても、ここは異世界。
つまり、魔法も当たり前に存在している。実際に授業を受けるのは初めてだけど、テレビで見るスポーツとかバラエティとかで普通に魔法が使われてたから、その存在は知っていた。現代社会で問題になっていたエネルギー問題も魔力で補えるからほとんど解決してるらしいし、異世界もあんまり捨てたものじゃないかもしれない。
「魔力というのは程度の違いはあれど、ほとんどの種族に宿っています。それを媒介として使用する魔法は、例えば炎だったり水だったり風だったり……生活に便利な魔法もありますが、時に危害を加える凶器になり得ます。ですから学校や自分の家の敷地内など、限られた場所以外での資格なしでの魔法の使用は、法律で禁止されています」
先生の言葉にクラス全員が頷く。もちろん俺は頷けない。
そうだったの? いや、そうか。ここが異世界なら、元の世界と違う法律があって当たり前だ。大丈夫だよな? 俺、知らない間に法律破ったりしてねぇよな?
「当面みなさんに目指してもらうのは魔導師資格。これがあればどこでも魔法の使用が許可されます。魔法を使う職業に就くなら必須の資格ですね」
この学校の位置づけは、学科で言えば魔法科って感じか? やけに異種族が入り混じってると思ったら、どうやらそういう方面専門の学校らしい。確かにちょっと憧れはあったけど、エルドラドと仲良くするっていう目的に加えて、魔法のことまで考えなきゃいけないのは……楽しそうだ!
いや、落ち着け俺。異世界に魅力を感じて元の世界に帰りたくなくなるなんてことになったら終わりだ。この世界には知り合いなんてほとんどいないし、サキュバスの義母がいる。まともな人だったらまだ受け入れられたけど、遺産狙いのサキュバスなんて見たくもない。
「ここまでは、もうみんな知ってることですよね。二年生からの魔法の授業は、より実践的になります! はい!」
先生がパチン、と指を鳴らすと、景色が切り替わる。教室から体育館、というには広すぎる障害物が一切ないただ広いだけの空間に。
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