第82話 ミュスカ・ステラ・アッシュの偽り

 私は優しくて穏やかで癒やされる人。ずっと、そう演じてきたよ。その成果もあって、闇魔法使いとして生まれながらも、多くの人に信頼されることに成功したと思う。


 だから、私は主人公になれるって疑っていなかったんだ。人から警戒される闇魔法使いでありながら、信頼される優しい人。その上、闇属性を使えるから強いんだもん。そんなの、うぬぼれても仕方ないと思うよ。


 ただ、私の思い上がりでしか無いって、アストラ学園の入試の時に思い知らされちゃった。


 きっかけは、レックス君。私より圧倒的に強い魔力を持っていて、それなのに王女様を始めとした多くの人に慕われる存在。何よりも、私と同じ闇魔法使いなんだ。


 そんな人の存在を知って、私は冷静では居られなかったよ。だって、自分よりも優れた人が居るって証拠が、目の前にあったんだから。だって、王女様に好かれていて、誰よりも強くて、口では悪いことを言いながら、周囲に慕われているんだから。


「レックス君は強い。それを疑う理由はないよね。でも、負ける訳にはいかないよ」


 何があったとしても、どんな手段を使ったとしても。レックス君の魔力を見て、私は理解したんだ。真っ当な手段では、彼に勝つことなんてできないって。


 レックス君は、私の魔法を一度見ただけで理解する。その上で、再現までしてしまう。私の倍じゃ効かないくらいの魔力を持っているのに。嫉妬の心が抑えられそうにないよ。


 だから、私にとって、レックス君は打ち破るべき敵。乗り越えるべき壁。それは間違いのないことなんだ。


「私が一番になるために、これからも頑張る。その道は、まだまだ続くんだからね」


 まっすぐ努力するだけで、一番になれると信じていた。その幻想を砕いてくれたお礼は、しっかりとしないといけないよね。


 レックス君より強くなって、倒して、上からレックス君を眺める。そうしないと、絶対に満足できない。私は私の心を理解できたんだよ。彼に勝つためなら、何を捧げたって構わないって。


「それにしても、レックス君か……強敵になりそうだね。私のことを、信じてくれていないから」


 私はいつもどおりに、いや、もっと頑張って、レックス君に好かれるための演技をしていたよ。可愛くて、清楚で、彼のことを認めていて、それでいて理解者で居られるように。だけど、彼は疑ってくる。私の演技に、不足でもあったのだろうか。


 これまで、両親も友達も、みんなを騙せていたのに。レックス君は、人を見る目でも、私を上回っているというのだろうか。そんなの、許せないなんてものじゃない。一生をかけても、償わせるべきことだよ。


「どうしてなんだろう。男の人に好かれる演技は、ちゃんとできているはずなのに」


 相手に好意があるフリをして、優しくして、受け入れて。それだけじゃ足りないのかな? 正直に言ってしまえば、最初から私の演技を知っているって言われたら、納得すると思う。それくらい、彼に疑われている理由が分からなかった。


「レックス君は、噂を聞く感じだと、お人よしっぽいのにね」


 彼の周りにいる平民達を見ても、それは明らかだ。ジュリアちゃんとか、シュテルちゃんとか。あれは、ただの貴族に対する敬意じゃない。自分を認めてくれて、受け入れてくれる人への好意。私が、これまでの人生でいっぱい手に入れてきたもの。


 レックス君は、人を馬鹿にしたような態度を取っているのに、それでも好かれている。私が、どれほど我慢して今の人格を演じていると思っているのかな? 彼は、平気で私の努力を踏みにじってくるよ。


「本当に、残念だよ。私より強くて、私を信じない。そんなの、許せないよね?」


 せめて、私に騙されてくれていたのなら、もう少しは好きになれたと思う。いずれ私の本性を知った時でも、私が誰かに騙されているのだと考えてくれたら。


 でも、もうダメだよ。レックス君は、私より強くて、慕われていて、私の本性に気づいているのかもしれない。そんな相手を、認めることなんてできないよ。彼は、きっと良い人なんだと思う。大切にされているんだと思う。私を疑いながらも、敵視はできていないみたいだから。


「だから、まずはレックス君に、私を好きになってもらわないとね。そうしないと、何も始まらないんだ」


 そのための努力なんて、いくらでもするよ。レックス君に勝てるのなら、それだけで満足だから。私の人生は、彼に勝つためにあるんだよ。きっと、その瞬間のために生まれてきたんだと思う。分かるんだ。レックス君を上回った瞬間は、これまでの人生でのあらゆる喜びが、ただのガラクタに思えるくらい素晴らしいって。


「レックス君に尽くして、支えて、褒めて、持ち上げて。そうすれば、きっと信じてくれるよね?」


 レックス君の望むことは、何でもするよ。彼の目標に協力するし、力になるし、闇魔法使いとして、一緒に努力する。ずっと、ずっとね。


 この学園に通っているうちに達成できることなのか、それは怪しいと思う。だけど、それでも諦めないよ。いつか、レックス君に勝ったって確信できるまでは。


「私を大好きになったレックス君は、きっと私に裏切られたら、すっごく落ち込むと思うんだよね」


 これまで、私は誰かを裏切ったことなんて無い。だからこそ、一度きりの裏切りは、彼の心を痛めるはずだ。私に捨てられたと理解した時の顔は、素晴らしいもののはずなんだ。


「そうすれば、レックス君の上に立つことができる。私が一番になることができる。頑張るよ!」


 少なくとも、精神的に支配することはできる。それだけで、私は幸せになれるはずだから。みんなから好かれて、強くて、優しい。そんな人を手のひらの上で転がせれば、きっと最高だろうから。


「レックス君、あなたのことは幸せにしてあげるね。その後のことは知らないけれど」


 これまでの彼の人生より、大きな幸せをあげる。穏やかな時間も、楽しい瞬間も、心温まるひとときも。彼が喜ぶ全てを、私が叶えてあげる。その後で、あなたを捨ててあげるね。


「私はレックスくんが大好き。誰よりも幸せにしたいくらい。少なくとも、今はね」


 うん。キスしたいくらい。心も体も結ばれたいくらい。彼の幸せが、私の幸せだってくらい。彼と一緒なら、どんな瞬間だって幸福だってくらい。彼だけが、私の人生だってくらい。そう、私の心に刻み込むんだ。


「自分すら騙せない人間が、他の誰かを騙せる訳がないんだから」


 だから、私の人生はレックス君に捧げるよ。私の力も、心も、全てをね。だから、ずっと一緒にいようね。その先のいつかを、私は待っているから。

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