第43話 本当に弱いのは
今後について、考えることは多い。インディゴ家に援助する代わりに、学校もどきに人を集める。そうなると、『デスティニーブラッド』の主人公であるジュリオとも、関わる可能性があるんだ。
頭を悩ませながら過ごしていると、ノックの音が聞こえる。つまり、何かの用だ。扉が開いて、アリアとウェスが入ってくる。この流れも、何度目だろうか。
「レックス様。旦那様よりお呼びでございます」
「ご主人さま、服は用意できていますよっ」
父からの呼び出しは、いつも警戒してしまう。俺の本質が気づかれないかには、最大の注意を払う必要があるからな。そうでなくても、多くの悪事を見せられてきたからな。俺の転機になったことも多い。
その父は、俺がやってくると笑顔を向けていた。だからこそ、気味が悪い。この男が上機嫌になることなど、ろくなこととは思えないからな。
「良く来たな、レックス。フェリシアから提案のあったように、インディゴ家への支援と、お前の計画への人材提供の話をまとめたぞ。そのための人質が居る。こちらだ」
人質か。穏当ではない手段を取られると、困ってしまう。まあ、貴族が金を借りるのだから、人質くらいならおかしくはない。そもそも、側室は人質の側面があったとか、どこかで聞いたことがあるからな。
ただ、敵を増やすような立ち回りは、できるだけ避けたいんだよな。俺がブラック家の動きに対してできることは少ないが。
人質として紹介された人間には、見覚えがある。原作でも出てきたキャラだ。ピンクの髪に青い瞳の、清楚な印象の人間だ。正義感が強くて、曲がったことを許せない。そう考えると、ブラック家に従うのは屈辱だろうな。
実際、ラナは沈んだ顔をしている。見ていて哀れみを誘うほどではあるが、俺からできることは少ない。あくまで俺は、ブラック家の人間だからな。信頼を得るのも、難しいだろう。
「ラナ・ペスカ・インディゴです。レックス様のお側に居させていただきます」
「せっかくの同年代だ。2人で話しておくといい」
そう言って、父は離れていく。それから、俺達は俺の部屋に移動していく。そこに入ると、ラナは俺をにらみつけた。
「あたしの純潔を奪ったところで、心まではモノにできると思わないことです……! こほっ、こほっ」
咳の音を聞いて、原作の情報を思い出した。確か、ラナは肺か何かの病気だったんだよな。それで、あまり強いとは言えなかった。周囲に守られるだけで、そんな弱い自分を嫌っていたはずだ。
自分で動くことができれば、もっと悪事を止められるはず。そう考えていたのに、何もできないでいた。だから、気に病んでいたんだよな。
とはいえ、ラナの病気を元から知っていると思われたら、違和感を持たれるだろう。そう考えると、うかつな行動はできないな。というか、俺はラナを凌辱すると思われていたのか。まあ、ブラック家ならありえるか。
「風邪をひいたやつを抱いたって、良いことはないだろう。おとなしくしておけ」
「バカにしないでください……! あたしだって、貴族なんです! 家のために身を捧げる覚悟くらい、できているんですよ……! げほっ、げほっ」
咳の音が変わった。本当に苦しそうだ。見ていて、あまり心地の良いものではない。そうだな。闇魔法で治すことはできないだろうか。母の肌を調整した魔法の応用で、行ける気がする。
正常な状態を調べておけば、そこに向けて調整すれば良い。すぐに、闇の魔力で俺の肺を調査した。その感覚を覚えて、ラナの治療へと動く。
「なら、俺の魔力を受け入れると良い。身を捧げる覚悟くらい、できているんだろ?」
「と、当然です……! どれほどの外道の所業を受けようと、あたしは折れません……! げほっ」
ラナの肺に俺の魔力を注いでいって、異常なところを正常に戻していく。腫れのような空洞のような、よく分からないおかしな物があった。そこを治して、ラナの様子を確かめる。
「こんなものか。調子はどうだ? まだ、咳は出るのか?」
「そんな、苦しくない……? 何をしたんですか!?」
ラナは必死な様子で詰め寄ってくる。俺がブラック家であることを考えると、おぞましい事をされたと考えているのだろうか。まあ、元のレックスなら、ありえた。
「何をされようと、折れないんじゃなかったのか?」
「本当に、楽になっています……。こんなことが……」
嬉しいのか、戸惑っているのか、表情からではよく分からない。ただ、ありえないことが起きたと考えていそうではあるな。
「俺の力なら、たやすいことだ。死んで逃げられるとは、思わないことだな」
死なれたら困るし、釘を刺しておく必要はあるな。できれば、感謝してくれれば嬉しいが。俺の態度を考えると、難しいかもな。
ただ、ラナは柔らかく微笑んでくる。この笑顔には、どんな感情が込められているのだろう。
「ありがとうございます、レックス様。あなたの思惑が何であれ、あたしの体を癒やしていただいたのは事実ですから」
「俺の側に置く人間が病気なんて、評判が悪くなるからな」
当たり前だが、本気で治したかっただけだ。とはいえ、本音を言うのは難しいんだよな。父に知られたら、恩を売る機会を失ったとか言われそうだし。
「レックス様、これからあなたが、どんな道を歩むのか、側で見させてもらいますね。悪逆に走るのなら、止めてみせます……!」
俺としては、善の道を進みたい。だから、ラナとは協力したいという思いはある。だが、その本音は口にはできない。少なくとも、父がいる間は。悲しいことだな。ただ力を持っているだけでは、権力に対抗することまではできない。
あるいは、俺がすべてを守りきれるほど強くなれば良いのか? 毒や人質にも、対処できるくらいに。
「できるのか、お前に?」
俺自身にも刺さる問いかけだ。俺にできるのだろうか。みんなを守り抜いて、生き延びることは。
「この身をかけてでも……! あなたには、私の人生を尽くして、善き人になってもらいますから……!」
「好きにしろ。ラナ、お前は弱い。俺を止めたいのなら、強くなることだ」
俺だって、もっと強くならないといけない。誰が敵になっても、大切な人たちを守りきれるように。そうじゃなきゃ、生きていても仕方ないのだから。親しい相手が死んだ上で生きる未来に、何の意味があるのだろうか。
「当たり前です……! あたしは、もう病を恐れるだけの人間じゃないんですから。あなたのおかげで」
「俺が何をしたのか、正しく理解できているようだな。その力に、どうやって対抗するんだ?」
ラナは、とても強い意志を秘めているように見える。俺だって、負けていられないよな。素晴らしい未来をつかむために。
「あたしは、全てをかけるだけです。素晴らしい未来のために。ブラック家の悪逆に、恐れなくて済むように」
「できるものなら、やってみろ。お前がどう足掻くのか、見せてもらうぞ」
「その目に焼き付けてあげますよ。あたしの生き様を……!」
いずれは、ラナとも協力できないだろうか。俺とラナの理想は、そう離れていないと思える。とはいえ、未来の話だな。まずは、学校もどきを成功させなくては。目の前の問題から、一歩一歩進めていくだけだ。
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