第27話 心配のタネ

 家族との関係構築に、ある程度の手応えを得たころ。とはいえ、兄との関係には不安もあるのだが。そんな状態だったが、また、状況が変わることになった。


「レックス様、フェリシア様がいらっしゃるとのことです。お出迎えの準備を」

「ご、ご主人さま。わたしが、着替えさせてあげますねっ」

「分かった。俺にふさわしい格好にしろよ」

「も、もちろんですっ」


 ウェスに着替えさせてもらって、急いで庭へと向かう。ウェスのメイドとしての力量は、当初とは比べ物にならない気がするな。


 それにしても、フェリシアの来訪は本当に急な知らせだった。基本的には、事前に連絡が来るものと思っていたが。なにか、急ぎの用事でもあるのだろうか。


 やってきたフェリシアを出迎えに向かうと、馬車の方から炎が飛んできた。


「なっ、魔法!? 闇の衣グラトニーウェア!」


 慌てて闇の魔力で防御するが、炎は俺に当たる前に霧散する。つまり、初めから俺に当てるつもりはなかった訳だ。驚いたが、全力で平静を装う。


 煙の後ろから、フェリシアがゆっくりと歩いてくる。楽しそうな笑顔で、からかわれたのだと理解できた。なんというか、物騒なからかい方だ。悪役の家に生まれただけのことはある。


「ふふっ、驚きまして? レックスさんにケガをさせるつもりなんて、ありませんわよ」

「まあ、フェリシアの攻撃で俺はダメージを受けたりしないさ」

「強がりだこと。そんなレックスさんも、嫌いではありませんけど」


 本当に、フェリシアにはすべて見透かされているのではないかと思う瞬間がある。実際に俺の本心に気づかれていると、相当まずいのだが。父に報告されたら、困るどころではない。


 ただ、図星だという反応をする訳にはいかない。だから、いつも通りを装うしかないんだ。


「俺を弱いように言うなんて、お前くらいのものなんだがな」

「ふふっ、可愛らしいですわね。わたくしにも、強いと思ってもらいたいですか?」

「誰がどう思おうが、俺は最強なんだよ」

「そうですわね。たいへん、男の子ですこと」


 本当に、フェリシアに口で勝てる気がしない。俺をからかっているのか、何なのか。とにかく、手のひらの上で転がされているような感覚がある。10歳でこれなのだから、末恐ろしいことだ。


 まあ、俺に好意的であるのは伝わるから、大した問題ではないのだが。王女姉妹の時も、全力で味方をしてくれていたのだから。良い方向に考えれば、最大の理解者だと言える。


「もう良いだろう。それで、お前は何の用でやってきたんだ?」

「半分は遊びに。もう半分は、報告ですわね」


 連絡もなしにやってくるほどの用が、なにかあるのだろうか。大きな問題ではないと良いのだが。遊びに来たというだけなら、嬉しいし歓迎もできるのだがな。フェリシアと過ごす時間は、結構好きだ。


 だが、面倒事が起こるような気がしてならない。直感というよりは、状況証拠が揃っているように思えた。


「報告? いったい何だ?」

「近頃、ブラック家の領地に、盗賊団が近づいておりますの」


 つまり、領民たちが襲われるということなのだろうか。俺の手で、何かした方がいいだろうか。まあ、俺が勝手な判断をする訳にはいかない。父にも相談しないことには。


 俺は集団での戦いについては素人だから、盗賊への対処の正解は分からない。仮に全滅させられるとして、情報を抜き出した方が良いのか、そのまま全滅させた方が良いのか。そんなことすら判断できないんだからな。


「盗賊団? 面倒だな」

「ふふっ、レックスさんが倒すことになるかもしれませんわね」


 盗賊だと分かっていても、殺す覚悟ができそうにない。そんな俺でも、問題ないのだろうか。民衆を苦しめる盗賊なら、討伐されるべきだとは思うが。


 それでも、自分の手で人を殺すと思うと、ためらってしまいそうだ。まさか、表に出す訳にはいかないが。ブラック家の人間が、人も殺せない。冗談にしてもつまらない部類だと思われるだろうな。


「まあ、俺の敵ではないだろうな」

「そうですわね。それなりに、厄介ではあるのですが」

「お前ひとりで倒せないほどか?」

「とにかく、人数が多いので。個人では厳しいですわね。まあ、フィリスさんやレックスさんならば、問題ないのでしょうが」


 フェリシアがひとりで倒せないって、いったい何人だよ。数え切れるような数じゃないんじゃないか? そうなると、対処の方法を考える必要があるな。黙って見ていて良い問題じゃなさそうだ。


 とはいえ、俺に何ができる? 殺すという手段が取れないと、闇魔法は活かしきれない。本当に、俺に何かができるのか?


「それほどか。ところで、いつ頃やってくるかは分かるのか?」

「レックスさんの知りたい情報も含めて、共有にやってきたのですわ。ブレイク盗賊団。小物の集団ではありますが、対処を間違えると面倒ですから」


 とりあえず、『デスティニーブラッド』で聞いたことのない名前だ。だから、倒してしまっても問題はなさそうだな。原作に影響が出る心配はなさそうだ。そこは、安心できるところだな。


 まあ、そもそも俺の行動で原作が崩壊している可能性については、あまり考えたくないが。俺の大きな武器が、ひとつ使えなくなるってことだからな。


「分かった。教えてくれ」

「とりあえずは、北から進んでくる可能性が高い様子ですわ。時期としては、ひと月はかからない見込みですわ」


 北か。だから、フェリシアがやってきたんだな。ヴァイオレット家の領地は、ブラック家の北東にあるから。近くを通るなり何なりしたのだろう。


 それにしても、フェリシアは大丈夫だったのだろうか。盗賊に遭遇したりしなかっただろうか。まあ、いま目の前にいる彼女を見れば、無用な心配か。


「なるほどな。進軍路が分かっているのなら、対処しやすいな」

「そうですわね。という訳で、今日はあなたの家に滞在させていただきますわ」

「ああ、よろしく頼む」


 それで、フェリシアとの話はいったん終わった。次に、家族で盗賊団への対処を考えていくことになる。


「フェリシアからの情報もあった通り、我がブラック家の領地に、盗賊団が進行しているらしい。当然、我が領から奪うなど、許されない。討伐は確定事項だ」


 父はそう言う。言葉だけ聞くと、領民思いのように聞こえなくもないが。現実的には、自分の材が奪われることが許せないだけなのだろうな。その辺の価値観は、俺とは一致しないからな。


「なら、父さん。僕にまかせてください。軍勢を率いる訓練をしたいんです」


 ジャンは自信満々に言う。訓練として盗賊団と戦うことに、思うこともありはする。だが、父のいる状況では反論は難しいな。ジャンだけなら納得させられそうな理論もあるのだが。


 仕方ない。いつでも動けるようにはしておいて、それから考えよう。状況に対して後手ではあるが、他に手が思いつかない。


「分かった。お前でも、問題はないだろう」

「じゃあ、兄さん。見ていてくださいね」


 本当に頼むぞ。できるだけ、犠牲を減らしてくれよ。あまり、父の前で言葉にできることではないが。


 何事もなければ、それが理想なのだが。難しいという予感が、心によぎった。

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