クラスで一番の美少女にフラれたはずなのに、なぜか幼馴染を交えた三角関係になっている件
守次 奏
第1章 クラスで三番目に可愛い君から
第1話 告って五秒で失恋
「水上さん、好きです! 俺と付き合ってください!」
一世一代の大勝負だった。
時は昼休み、声高々に俺──
「申し訳ありません、あなたのことをよく知らないのでお付き合いはできません」
真っ直ぐな黒髪を腰の辺りまで伸ばして、楚々とした雰囲気を漂わせているその子は、「クラスで一番可愛い女の子」こと
「ですよねー!」
「はい、そうです」
「あっはい」
自虐気味に笑って誤魔化そうとしたら、そんな滑り芸すら封殺しにかかってきたぞ。
容赦なさすぎないか水上さん。
その辺り、中学時代から「孤高の雪姫」と呼ばれているのも納得の鉄壁ぶりだ。
まあ、なんだ。それは一旦置いておこう。
俺は当たり前だけどフラれるために水上さんに告白したわけじゃない。
昼休みにわざわざこんな挑戦をしていたのには、海より深い訳があるんだ。
このごく普通の公立高校に入学して一週間。
近隣の中学に通っていたやつらは大半がここに通っているから新鮮味はそんなにないけど、そんな中学生どもが高校に上がってやることといったらなにか?
そう、いわゆる高校デビューである。
高校で一念発起して部活に打ち込むだとか彼女を作るだとか……なんでもいいけど一段階大人ぶってみたくなるのが、高校一年生がかかるはしかみたいなものなんだよ。
それと俺が水上さんに告白して玉砕したこととなんの関係があるかというとだな。
「沙織、フライドポテト食べるかい?」
「食べる食べる! あーん」
「はい、あーん」
「美希、この前貸したゲームだけどさ」
「うん、クリアしたよ! とっても面白かった!」
見事に爆散した俺に対して哀れみの視線すら向けてこない彼女持ちどもが、中学時代に親友同士で非リア同盟、「彼女などいらない」と誓いを立てた連中だからだ。
子供が誓い合った永遠なんて冬の水たまりに張った氷よりも脆いのなんて理解している。
だからといってだ、だからといって俺一人を置いて三人中二人がいつの間にか彼女作ってたのはおかしいよなあ!?
だったら俺も彼女がほしい。
このためにわざわざ美容室行ったりメガネをコンタクトに変えたりしたんだ。
もしかしたらワンチャンあるかもしれないから彼女がほしい。誰でもいいけど君がほしい。
そんな、しょうもない動機で告白したんだからフラれても文句なんかいえないことは承知の上だ。
もう俺に対する興味は失せたとばかりにもそもそと弁当をつついている水上さんを一瞥して、俺は一人寂しく席に戻る。
ちくしょう、文句はいえないけど流石にくるぜ、こういうのは。
「土方、お前はよくやった!」
「誉のある散り方だったぞ、存分に誇れ……!」
「あの『雪姫』に真正面から告白するなんて……大した男だ!」
机に突っ伏して俯いていたら飛んできた、男子どもの歓声が誰のものかなんてどうでもいい。
まるで仇討ちを成し遂げて切腹させられる武士のように祭り上げられてはいるけど、あいつら絶対内心で爆笑してるだろ。
いや、笑われても仕方ないけどさ。
生憎、物笑いの種になるために告白したんじゃないんだよなあ!
うるせえぞ、だったらお前らもあとに続いて玉砕するくらいの気概を見せろ、と言い放つのは八つ当たりがすぎるから黙っておくとしてだ。
この告白に問題があるとしたらただ一つ。
『……』
男子たちからの喝采に反比例するかのような女子たちの沈黙と刺すような視線が全方位から容赦なく降り注いでくる。
そりゃそうだよなあ。なんせ相手は「クラスで一番可愛い女の子」なんだ。
真っ昼間の教室で初手告白という賭けに失敗した以上、水上さんを取り巻く女子たちからの心象は当然いいものとはいえないだろうよ。
もしも自分がイケメンだったら無罪で済まされるのかもしれないけど、残念なことに甘めに評価しても俺の顔面偏差値は中の上ってとこなんだよなあ。
女子たちから漂う「お前嫌い」オーラに圧倒されて、ただ机に突っ伏すことしかできない俺を誰か笑ってくれ。
動機が不純だから残念だが当然だってのはわかってるさ、でもいくらなんでも風当たりが強すぎるんだよ。
それに、ほとんどの女子から「嫌いなやつ」認定されたってことは、今後彼女ができる可能性も絶望的になったということに他ならない。
一か八かの無謀な賭けが成功するのは、漫画かアニメかゲームの中だけだ。
そのことが骨身に染みてよくわかったよ。
そんな俺のことを憐れむでもなく、二人きりの世界に入っていちゃついている元親友二人が心の底から憎い。
俺とあの二人でなにが違ったのか……慢心、環境?
いや、油断はしてなかった。環境だって大して変わらん。
それとも単に欲をかきすぎただけなのか?
そんな具合に悶々としていたときだった。
「はろーやーやー、空! 死んだ魚みたいな目してるけどなんかあったの?」
プラチナブロンドの髪を肩口までのショートボブに切り揃えた女の子が、薄皮のクリームパンとあんぱんを携えてそんなことを問いかけてくる。
「水上さんに告白して爆死した」
「あっははは! ウケる!」
「笑い事じゃねえんだよ!」
遠慮の二文字を母親の胎内に置き忘れてきた女こと、幼馴染の
「えっ逆になんでイケると思ったの?」
「いくら幼馴染でも超えちゃいけないライン考えろよ」
身も蓋もない質問へ、溜息交じりにそう返す。
実際なんでいいとこ中の上な俺がイケると思ったんだろうな。繊細な味のラーメンに鶏油ぶっかけたおっさんの気持ちがなんとなく理解できる。
いや、一緒にされたらあのおっさんにキレられそうだけどさ。
そんな益体もないことを考えて現実逃避をしていたときのことだった。
「空ってそんなに彼女がほしいわけ?」
俯く俺の顔を覗き込みながら、薄い唇に人差し指を当てて、千歌が問いかけてくる。
「ほしい」
「ふーん……じゃあ、私で妥協してみない?」
弁当食ってなくてよかったと、心の底からそう思った。
食ってたら今頃口の中身を噴き出してただろうからな。
うひひ、と悪戯っぽく笑った千歌の真意はわからない。
ただ一つわかるのは。
──俺に突きつけられたその選択は、おそらく冗談の類じゃあない、ということだけだった。
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