17.公爵家侍女と変わらぬ想い

 私とラルフ様は、彼の言葉通りに婚約を進めることになった。

 今年で19歳になるというのに、今まで婚約者はいらっしゃらなかったのだとか。何でもお家の事情があるらしい。


 私は平民の罪人で、彼は伯爵家の次男。ゆくゆくは家門の持ち株のひとつの男爵位を継ぐ予定ということだけど、それでも貴族には変わりない。だから当然、彼の一族から猛反対されるだろうと思っていたのだけれど、なぜか諸手を挙げて歓迎された。

 解せぬ。

 いやまあ私ももう彼なしでは到底頑張れないし、断られたら絶望しかないんだけど。


 あ、迎寒祭はラルフ様とふたりで回りました。どこ回って何を見たのか、全然憶えてないけど。

 憶えてるのは大きく温かいと分厚い胸板と穏やかな声と……ってやば。ラルフ様のことばっかりだ。



「貴女のことは、実は家族全員よく知っておるのです」


 そんな訝しむ私に、彼は不思議なことを言った。


「えっ?」

「実は私も実家に戻った際に初めて知ったことなのだが⸺」


 そう言って話し始めた彼の言葉に、私はまた泣かされることになる。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 彼のお父様、アルトマイヤー伯爵は地方騎士団のひとつ、北方騎士団の副団長を務められているのだそうだ。そのお父様が、私のことをよく知っておられたのだ。


 北方騎士団。

 そこに、ベルナール様が中央騎士団から転属されていたのだ。

 転属は彼自身の希望だったという。父親のいる中央騎士団ではなく、わざわざブロイス方面の防衛線を担当する戦地の北方騎士団行きを希望したというのが、いかにもベルナール様らしい。



 ラルフ様のお父様は、新しく加入したベルナール様を一から鍛え直したらしい。その過程でよく話をするようになり、お互い飲みに誘うほど親密な師弟関係になったのだという。

 そのベルナール様が、私のことをよく話すのだそうだ。


 曰く、彼女はとても明るく、真っ直ぐな人だ。

 曰く、彼女は周りを気遣うことのできる淑女だ。

 曰く、自分は言葉が真っ直ぐすぎて周囲とよく衝突していたが、そんな自分にも彼女は厭わず寄り添ってくれた。そのことで学園内ではずいぶん助けられた。彼女がいなければ自分は孤立して中退していたかも知れない。

 だから自分は彼女が好きだ。親に決められて顔を合わすだけだった伯爵家令嬢元婚約者よりも、優しく微笑わらいかけてくれる彼女がよほど好ましい。

 だから、こんな事にはなったが後悔していない。ケジメとして必要なことだった。3年経てば中央に戻れるから、その時彼女がまだ誰とも婚約も結婚もしていなければ自分が彼女を迎えに行く。もしもすでに相手がいて彼女が幸せになっていれば、その時は全力で彼女を応援したい。



 まさかベルナール様に泣かされるなんて思いもよらなかった。私のいない所で何やってるのあの人。

 そして、ベルナール様がべた褒めするものだからアルトマイヤー伯爵も私のことを調べたのだそうだ。私が何をやったのかも、今どうしているのかも、私の抱えた状況も、何もかも。


 そんな折にラルフ様が私を詰って謹慎を食らい、伯爵家に戻ってきたのだ。そして私が彼の復職を口添えしたとお嬢様から伝えられて、伯爵はそれら全部ラルフ様に伝えた上で公爵家に戻したのだそうだ。

 そう言えばベルナール様のお父様は中央騎士団の副団長に降格になって、地方騎士団統括の任に当たられているんだっけ。つまりラルフ様のお父様の直属の上司ということになる。ラルフ様と私と、そんな風に縁付いていたなんてちっとも知らなかった。


 ていうかめっちゃ恥ずかしい。ラルフ様全部知ってたんや。だから戻って早々あんなに申し訳なさそうに詫びてきたのか。そしてそのあとずっと私を気にかけていたのもそれが原因か。

 うわあマジで穴があったら入りたい。けど絶対入る前に彼の腕に閉じ込められる。詰んだ。


 まあいいけど。でもこんな事になって以降ずっと、甘い言葉と声と顔とで蕩かしてくるのマジでやめて欲しい。嬉しいけど恥ずかしい。お嬢様もオーレリア先輩もめっちゃイジってくるし、アルメル様までキラキラした目で見てくるし。

 嬉しいけどホントに恥ずかしい。もうお嬢様のことイジれないじゃん!



 泣かされたと言えば、お嬢様にも泣かされた。

 私があのゴロツキどもに拉致られて、怪我をして意識を失ったまま公爵家に運び込まれた際、実はお嬢様が見たこともないほど狼狽してパニックになっていたと、オーレリア先輩に聞かされたのだ。

 もちろんオーレリア先輩もアルメル様も奥様も他の侍女の方々も騒然としていたらしいのだけれど、お嬢様の慌てぶりはそんな比ではなかったそうで。「しっかりなさい!」「勝手に死ぬなんて許さないから!」と泣き叫んで動揺して、だから[治癒]をかけた時も精神集中が乱れまくりで、上手く治癒できてなかったのはそれが原因らしい。

 そんなに動揺していたのなら青加護の治癒術師を待てばよかったのに、出血量を見て一刻を争うと思い込んだらしくて、それで周りが止めるのも聞かずに必死で[治癒]をかけ続けてくださったのだとか。


 うわあ。お嬢様が案外見栄っ張りなのは知ってたけど、そこまでか。私には澄ました顔して「冷静に対処できた」なんて言ってたくせに、全然冷静じゃないじゃん!


 でも、そこまで心配して焦ってくださったと聞けて本当に嬉しかった。嬉しくて申し訳なくて、喜びのあまり涙して、やっぱりお嬢様には生涯仕えていこうと心に決めた。

 だけどこの話を聞いたことはお嬢様には絶対秘密にしよう。バラしたオーレリア先輩をクビにされても困るし。



 ちなみに、お嬢様の王子妃教育で魔術の講義を担当したのは、当時の筆頭宮廷魔術師だったギレム伯爵。

 そう、オーギュスト様のお父様だ。

 つまりお嬢様が[治癒]を使えるのは、オーギュスト様のお父様に習ったからなのだ。


 オーギュスト様ご自身はあのお試し教育のあと自領の伯爵家本邸で蟄居なさったままだけど、私のことは手紙でギレム伯爵に頻繁に伝えてあったそうで、伯爵は私が怪我をした時も真っ先に駆けつけてくださったのだそうだ。

 ギレム伯爵とは直接会ったことも話をしたこともないから、オーギュスト様が私をなんと言ってたのか分からないけれど、なんかベルナール様と大差ない気がする。うん、ギレム伯爵には絶対会えない。まあ会う機会も多分ないけど。



 この時の私は、年明けの爵位継承式でギレム伯爵にばったりお会いして全部聞かされて悶え死ぬことになるなんて、ちっとも気付いていなかった。

 世の中、知らなくていいことってあるんだなあ。

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