第125話「クソどうでも良い事」

 叫び続けたカシロウの声が枯れかけた頃、エアラがディエスに連れられて来た。


「エ、エアラ……、すまない。このような仕儀に……」


 全てを察したらしい青白い顔をしたエアラは、カシロウへ向かって頭を下げた。


「ありがとうヤマノ様。これであの人もゆっくりできますよ」


「エアラ……?」


 エアラはカシロウの胸に抱かれた天狗の頭を優しく撫でて、愛おしそうな瞳で天狗を見詰めて言った。


「聞いてたんですよ、この人から。『、僕が死ぬだけで済むかも』って」


「……それは、どういう……?」


「詳しくは知りませんよ。ただね、この人のこの顔見てたら、ああ、上手く行ったんだ、って。思っちまったからさ」


 充血した赤い目をしてはいても、天狗のらしく、微笑みとともに軽くエアラもそう言い放つ。


「しかし、それではエアラが……」


「そりゃ平気じゃありませんけどね。それでもほら、そうも言ってられませんから」


 エアラはそう言って自分の腹をさすって見せた。


 そう言えば、とカシロウは思い出す。


 まだリストル存命の頃、天狗が冗談めかして『初めてパパになっちゃうかも』と言っていたのを。



「ならば尚更……」


「良いんですよこれで。アタシとこの人らしいでしょ」



 カシロウは腕の中の天狗とエアラに頭を下げて、そしてまた泣いた。





⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎


 天狗が逝ったのち、本人から言い含められていたエアラの言により、天狗の遺体は王城最下層の仕掛け部屋へと運ばれた。


 そこは以前、ハコロクの兄ハコジの遺体が運ばれた部屋。



 ビスツグや二白天ら下天の者たち、エアラを含む多数が天狗へ深い感謝と弔いの言葉を伝えた。

 そして仕掛け部屋の扉を閉めてスリットを開き、堀の水で満たして別れを済ませた。


 天狗の希望通り、堀の魚に啄まれて数日の内には天狗の体も綺麗な骨と化すだろう。



 しかし、そこにカシロウとヨウジロウ、二人の姿はない。


 二人はもう少し上のフロア、今朝までカシロウが入れられていた牢にいた。




 牢には格子もない。

 さらにヨウジロウが空けた穴もあって暗くもない。


 牢の中央、二人は涙と共に正座で向かい合っていた。


「……そう、でござる、か。それがしが意識を失っている間にそんな事が……」



 ヨウジロウには、天狗がイチロワを引き剥がした以降の記憶がなかった。

 それはつまり、イチロワがヨウジロウの体で行なった様々な事の記憶はあるという事。


 ヨウジロウはイチロワがやった事とは言え、己でやった事に変わりはないと、自省じせいの為に牢にいた。



「……そうだ。天狗殿は私の振るった剣により命を落とした」


 カシロウは、救国の士たる天狗を斬り殺したと、自責の念により牢にいた。



「そ、それがしのせいで! 天狗殿は……天狗殿は!」


「違う。天狗殿は私が斬った。全ての責は私にある!」



 いやそれがしが、いや私が、しばらく二人の不毛なやり取りが続いたが、それを遮る声が響いた。


「な~にをクソどうでも良いことを言い合っとるんじゃ」


 カシロウとヨウジロウが見遣ると、そこにはタロウの姿。


 タロウはゆっくりと階段を降り、廊下を進み、二人の入る地下牢の前へと歩んだ。



「どうでも良いじゃろが、そんな事」

「そんな事だと? 例えお主と言えども聞き捨てならんぞ」


「ならどうする? 今度は儂を斬るか?」


 僅かに上げた尻を降ろして、再びペタンと正座に戻ったカシロウ。


「……勘弁してくれ。さすがに笑えん」


「じゃろうな。すまん、許せ」


 そう言ったタロウは牢内には踏み入らぬまま、廊下で腰を下ろして胡座あぐらで座った。


「お主らも天狗爺いの顔を見たじゃろうが」


「……見た」

「……見たでござる」


「あの顔はな、誰のせいで斬られたなぞとひとつも考えてはおらんぞ。あれは最高に満足した顔、『やったぜぇぇ!』の顔じゃ」



 親子二人はタロウから視線を外し、お互いの顔を見合わせた。


「貴様らはクソどうでも良い事を気に病む必要はない。天狗爺いの様に『やったぜぇぇ!』の顔をしておれば良いのじゃ!」



 タロウの言葉で天狗を喪った喪失感が癒える訳ではないが、随分と心が軽くなったと二人は実感する。



「そう、かも、知れんな……」




 しばらく黙って俯いていたカシロウとヨウジロウが同時に口を開いた。


「ヨウジロウ――」

「ならばちちう――」


 驚いてお互いに顔を見合わせ微笑みあって、カシロウがヨウジロウへ掌を向けて先を促した。


「ならそれがしから。それがしは今回の事で自分の未熟さを痛感したでござるよ」


 自分も同様である、とばかりにカシロウも頷いた。


「あの大きすぎる竜の姿、力。あれがそれがしの中に居ると思うと恐怖しか感じないでござるよ」


 そう言ったヨウジロウは自分の体を抱いて震えてみせる。


 そしてそれを聞いたカシロウは、やはりヨウジロウがあの力に溺れる事はない、と人知れず胸を撫で下ろしていた。



「同感だ。ヨウジロウの竜の力に対して、我々の力はあまりにも小さい。心も体も鍛え直す必要がある」




「そこで――」

「だから――」



「「天狗の里へ行こう」でござるよ」



 二人の結論に、タロウ一人がついて行けずに首を捻って言う。


「なんでじゃ? あそこに天狗爺いはおらんのだぞ?」


「なんでも何もない。我々にとって修業と言えばあそこなのだ」



 ヨウジロウにおいては本当にその思いが主だが、カシロウにはそれ以外に思う所もある。


 このトザシブに、リストルはもう居ないのだ。


 それどころかハコロクが居る。ビスツグが居る。


 ヨウジロウのお陰で溶けた筈のわだかまりが、いつまた顔を見せるか分からない。

 その意味でも、しばらく己はここトザシブから離れるべきだと考えていた。


「そういうものか?」

「なんならお前も来ないか?」


 なんとなく、二つ返事で来ると言うものだとカシロウは思っていた。

 しかしタロウは首を縦には振らなかった。



「儂を誰だと思っておる。儂はな、聖王国アルトロアの勇者であり聖王。貴様らの様にフラフラしておれる身ではないのじゃ」


 ここ何年も国に帰らずフラフラしていたタロウはそう言って立ち上がり、さらに続けてこう言った。


「じゃから、貴様らのおらん魔王国は儂に任せておけ」


「ん? お前アルトロアに帰るんじゃないのか?」


「帰る! しかし儂に任せておけと言うておるのじゃ!」


 再びお互いの顔を見合うヤマノ親子。


「なんだかよく分からんが、よろしく頼む」

「よろしくでござる!」



 そしてその場をタロウは離れたが、父と子の二人は牢内で正座を続けた。


 それぞれが反省と、天狗への弔いの気持ちと、失った寂しさと、色んな思いを胸に正座を続けた。


 タロウのお陰で一時は涙も止まったが、やはり知らぬ間に瞳は潤んで頬を涙が伝ってゆく。



「今日だけだ……、今日だけは泣こう」


「承知でござる――」

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