第105話「どこがただの子供」
「えぇっ!? それがしもでござるか!?」
ヨウジロウは現在十二歳、年が明ければ十三になるとは言え間違いなく子供。
「ま、驚くとは思ってたがよ。コレが存外ない話じゃねぇんだよな」
ウナバラはそう言って細かく説明した。
一つ、ヨウジロウはあの、先代魔王リストルを教え導いた才女フミリエ・トクホルムの孫であること。
二つ、この度の騒動でも如何なく発揮された、現下天にさえ引けを取らない歳に似合わぬその実力。
三つ、史上初の『親子下天』という話題性。
四つ、
「そりゃ三つ目はヨウジロウ本人には関係ねぇんだが、今の状況じゃ大事なんでな。付け加えさせて貰った」
「しかしそれがし……ただの子供でござるよ?」
ヨウジロウの声に反応したのは、ウナバラでもカシロウでもなく――
「どこが『ただの子供』やねん……」
――玉座の裏からそれは届いた。
「その声はハコロク殿でござるな!」
「あ……しもた。つい喋ってもた」
ハコロクはブンクァブから戻ってからというもの、シャカウィブでのゴタゴタなど我関せずとビスツグの警護のみを行なっている。
当然、この会議の最中もビスツグから離れる事はない。
そっと玉座の裏から立ち上がり、そのふっくらとした姿を見せてこう言った。
「ヨウジロウはん、あんたが『ただの子供』やったら、そこらのガキどもは屁ぇみたいなもんやがな」
「そ、そうでござるか?」
ヨウジロウはなんとなく褒められた気がして、頬を染めて頭を掻いてみせた。
「魔獣の森ん時のあんたら親子は、そらもう異常以外の何物でもあらしまへん。黙って九位と十位もろといたらよろしいがな」
ハコロクがそうは言うが、ここで待ったが掛かる。
「いや待て待て。十位の方はまだ結論は急いでねぇんだ。まだディエスの奴がシャカウィブから戻ってねぇからな」
ディエスは一人、クィントラ事件の調査および現状の確認の為にシャカウィブへ向かっている。
十天の十位候補に名を連ねている事さえディエスはいまだ知らない。
天影十席から十天の十位と言えばもちろん昇進なのではあるが、当のディエスは辞退する可能性が高い。
それはディエスが現状を気に入っているからに他ならない。
それがディエスの仕事ではあるが、フラフラと日がな一日トザシブを
「ディエスの野郎は辞退するかも知れねぇが、一応あいつが候補の第一だからな」
「ならそれがしも辞退で良いでござるが……」
「まぁとりあえずそう言うな。恐らくはヤマノとおんなじ
結局決定したのは、クィントラの謀反とそれを誅したのがカシロウ、そしてカシロウが九位へ昇進する事。
それを明日周知する、という事だけ。
実際ウナバラと二白天の三人は頭を相当に悩ませている。
三つしかない軍の内の一つを率いた男が居なくなったのだ。
軍の再編やら新たな将やら、新婚のリオとヴェラに休みをやれない事やら、考えることがいくらでもある。
それこそアルトロアの勇者タロウに、魔王国の人材として来て欲しいほどだった。
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会議も終わり、カシロウは改めてビスツグから労いの言葉を与えられた。
「この度のカシロウの活躍、余からも礼を言わせて欲しい」
「何を仰いますか。私は私の仕事をしたに過ぎません」
「そう言うとは思っていたけど、きちんと言わせてくれ。ありがとうカシロウ」
魔王としてのビスツグは、とてもリストルに似ていた。
主従であっても、気さくに礼や冗談を言ったリストルに。
目頭を熱くするカシロウへ、さらにビスツグが言う。
「血の繋がりは無くとも伯父は伯父。クィントラを止めてくれたカシロウには幾ら礼を言っても足りないよ」
そう言えばそうだった。
ビスツグの継母であるキリコ・ディンバラはクィントラの妹であり、キリコの子ミスドルはクィントラとの子でもある。
「そう言えば……、キリコ様とミスドル様はどうなったのでございますか?」
「ん……変わらず王母、王弟として居て頂いている」
シャカウィブから戻ってすぐの天狗の報告を聞いたウナバラらは、泡を吹いて倒れたキリコの扱いに苦慮した。
正統なる前魔王の妃ではあるが、後妻であるゆえ厳密に言うと現魔王の母とは言い難い。
さらにリストルとの子だと思われていたミスドルが、クィントラの子と知れてはもうイケない。
国家転覆の片棒を担いだと言って差し支えないのだ。
しかし、ビスツグは違った。
キリコの枕頭に
『
その真意が分からずにキリコは顔を青くして、それを目の当たりにしたウナバラらは『甘い』と言った。
しかしそれを今本人から聞いたカシロウには、なんとなく分かるものがあった。
クィントラの策略の中であったとは言え、間違いなくキリコは、リストルの愛した女性なのである。
父リストルが愛し、新たな母と紹介された女。それがビスツグにとってのキリコなのである。
「皆のように甘いと言うか?」
「いえ、良いなさりようでした。リストル様もお喜びでしょう」
呪いの影響下になく、ともにリストルを心の底から偲ぶ二人は、微笑みあった。
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丸薬のお陰か、今日は頭痛もあまりない。
ウナバラからはまだ無理しなくて良いとは言われたカシロウだったが、なんとなく気持ちも軽いし、午後は現場の様子を見に行った。
魔獣の森に行く前日から数えておよそ十五日ぶりの現場だが、なんだかもっと間が空いた気がするカシロウだ。
真っ直ぐ現場事務所へ足を運ぶと、現場の采配のほとんどを任せっきりにしている猪の獣人ボアが言う。
「おんぶ下天どの! もう良いんですかい?」
「万全という訳ではないが、元通りに生活する程度にはな」
「無理しねぇで下せぇよ。大きな
進捗や今後の進め方について二つ三つの打ち合わせを行なった後、ボアの言葉に甘える形で昼二つの鐘が鳴るころ、カシロウは現場を離れた。
そしてその帰り道。オーヤ嬢とばったり出会う。
聞けば天狗の所から
向かう方向も同じゆえ、同道してあれこれと言葉を交わす。
そう言えばとカシロウ、天狗の里でもあまり会話した事は無かったが、思っていた以上に気さくな娘で気が楽だとホッと胸を撫で下ろした。
「道場は明日でございますわよね? ワタクシも参加しても問題ありませんかしら?」
「ええ、ちっとも。午前でも午後でも、都合の良い方に来て頂ければ構いませんよ」
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