第89話「お喋りな神」

『……目の良いだけの矮小な宿り神よ。さぁ、でやろうぜ』


 カシロウの姿をした、そう言って腰を落とし、穂先をイチロワへと向けた。



『宿り神だと……? あり得ぬ! そのような……、現世に干渉する宿り神なぞ聞いたことがなぁい!』


『知らねえよそんな事は。現に儂はただの矮小な宿り神。儂が特別だと言うならそうなんだろうぜ』


 当然、カシロウの姿をした誰かとは、その魂に宿る鷹の宿り神ト  ノが表出した姿。



 それを受け入れられぬイチロワは、有り得ぬ、有り得ぬ、と繰り返し呟いて、何か閃いたらしく顔を上げた。


『あの白虎を宿したの仕業であろう!? そうだぁ! そうに違いなぁぃ!』


 叫ぶイチロワ。それに対して呆れた顔で構えを解いて、立てた槍を抱くように腕を組んだトノが言う。



『なぁ神様。お主はお喋りしに来たのか? 儂はどうでも良いが、もうじきその白虎を宿したクソガキ……クソガキ? クソ爺いが助っ人に現れる気がするぜ?』



 ――組んだ腕を緩め、立てた親指で下を示してそう言った。



『……あ……、あぁ、そうだ。地下牢にいるんだったな。貴様を殺してあのガキも血祭りに上げねばならんのだ』



 イチロワは狼狽うろたえた素振りを消して、左手を背に回し、右手のサーベルを眼前に立てた。


『やっとやる気になったみたいで安心したぜ』


 再び腰を下ろし槍を構えたトノ。



『槍の三左さんざ、参る』



 前世での異名を名乗り、ギュッと雪駄を踏み込む。イチロワのブーツのお株を奪うような超高速の踏み込み。


 イチロワから見て右、一間半(約2.7m)の距離を置いてトノが現れる。



『ふんっ!』



 さらに鋭い突きが、ガラ空きのイチロワの腹へと突き込まれ――


『なんだ……!?』


 ――刺さりはせずに一尺ほどの所でピタリと止まった。



『甘いわ。そう何度も傷をつけられる訳にはいかん』


 クィントラの整った顔をいびつに歪め、イチロワがニヤリと笑ってそう言いながら、トノへとサーベルを突き入れた。



 しかしトノ、一つも慌てる素振りを見せず、槍の柄を持ち上げるだけでサーベルを弾いてみせた。


 再び雪駄を踏み込んで後ろへ飛んで距離を取る。



『ふむ、魔力だか神力だか知らんが結界を張っておる、と。しかもそちらの攻撃には干渉しない、と』


『ご名答。神力の結界で我を包んでおる。お前に我が結界を貫く事はできん。神力の量も質も桁が違う故な』



 再びトノが腰を落として構えをとった。



『そうかもな。でもだからってお主の方が強いとは限らんぜ。白虎の爺いもそんな事言ってやがったしな』


『白虎の爺い? 先ほどもそんな……、そうか、あの若造ももう爺いか……。ふ、ふふふ――』



 遠い目をしつつ、そんな事を話し出したイチロワに対し、石突き辺りを右手で握り前へ出した左手で柄を支える、ベーシックな構えを解かずにイチロワを凝視するトノ。


『――あのクソ餓鬼と初代の魔王となった男、我はこの二人とかつて――』


 トノはそれを無視。容赦なく先ほどと同様に槍を突き入れた。


『――無駄無駄。お前には貫けん。黙って話を聞け』


 先ほどと何ら変わらず、一尺の距離を保ってガキンと音を立てて穂先が止まる。


 しかし、トノはそれも無視。


 素早く引いた槍を再び、寸分違わず同じ所へ突き入れる。

 二度三度四度と突き入れる。



『――魔王国建国の少し前、現在ディンバラと呼ばれる場所を――』


 トノの十文字槍が繰り返す、ガキンガキンという音がイチロワの話の腰を折る。


『だから無駄だ、めよ。同じ所を繰り返し突けば貫けるとでも考えておるのであろうが、そんな事では貫け――』


 引いては突きを繰り返していたトノ、槍を真っ直ぐ引かずに穂先を自らの背へ向けて――


『神様よ、やはりお主はお喋りしに来てるらしいな』


 ――弧を描くように、槍を水平に振り、イチロワの側面に叩きつける。

 ガァンと結界に当たりはするが、それも無視。



『ぬわぁぁぁぁりゃぁぁぁ!』



 力任せに振り抜いた。


 唸りを上げて吹き飛ぶイチロワとその結界。

 先ほどカシロウが頭から突っ込んで空けた壁の穴、そちらへ勢いよく飛んでズガンと壁にぶち当たった。



『……ぬぅ、なんたる力任せな攻撃か。繊細さの欠片かけらもない』


 頭を振って立ち上がったイチロワ。

 どうやら結界内のあちこちに体をぶつけたらしかった。


 距離を取ったまま、トノが槍の柄を右脇に挟んで腰を落とす。


『力任せなだけじゃねえさ。この宿主カシロウと違ってこんな事だってできるぜ』



 明らかに槍の穂先が届く距離ではなかったが、トノが水平に振るった槍から神力の刃が飛び出した。


『お、やっぱ出た。思った通りちっとも効いてねえみたいだが』


 けれどイチロワの結界を斬り裂く事もなく、結界に当たった中央部は消え去って、両端がイチロワの後ろの壁に刃の跡を刻んで飛び去った。


『チャチだな。そんなもの役に立たんわ』


『安心しろ。なにせ自分で戦うのは四十年振り。神のはしくれになってからは初めてなんだぜ。ちょっとした練習だよ』


 壁から離れ、ゆっくりとトノの方へとイチロワが歩み寄る。

 目視はできないが、おそらくは結界も張ったままであろうとトノは当たりをつけた。


『ならばこれからは、もう少しまともな戦い方を見せてくれるのか?』


『ああ、任せとけ。ビビってションベンちびるなよ』



 ――同時に姿を消す二人。


 少し離れた所、水平に振るわれたトノの槍がイチロワへと迫る。


 対してイチロワ、それをサーベルで受ける事をせず、守りは結界に任せて、両断すべく槍の柄を狙って振り下ろした。


『いやいや、狙いは良いが、柄だって儂の神力製だぜ』


 十文字槍の柄でサーベルを弾き、そしてそのまま、再びイチロワを結界ごと叩き飛ばした。


『ぐぅっ――、ならばこれでも喰らえ!』


 吹き飛ばされながらも、カシロウへ対しても使った魔術を放ってみせた。

 しかし、トノは慌てずに腰の兼定二尺二寸の柄に左手を掛けて笑った。


『はははっ! 想像の域を出ん奴よ。余りにも安易だぜ!』


 トノの作る影から飛び出した闇の矢を、逆手で抜き打った兼定二尺二寸で一つ残らず叩き斬ってみせたのだ。

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