第85話「朗らかな微笑み」

「クソがぁ! どうなっとるんじゃコレはぁ! 儂かてアルトロアの勇者じゃぞ!」


「落ち着いてよく見ろ! 見えん動きではないぞ!」


 すでに数発は良いのを入れられたタロウ、目の周りにアザを拵えた顔をカシロウへと向けて言う。


「え? 貴様見えてるのか?」


「見える。動きは確かにかなり速いが、拳打の速度ならば先程の勇者乙の剣の方が速い」


「……ほぅ?」



 タロウ、大剣を背の鞘に納めて腕を組む。


 勇者『乙』とは恐らく勇者Bの事だろうと当たりをつけて、先程のカシロウと勇者Bの戦いを思い起こす。


 外から見ていたタロウにも、確かに速いがあの動きも剣も見て取れた。

 しかし今、勇者Cの拳打も、その動きさえも目で追えない。


 カシロウは勇者BもCも見えると言うのに。



「……ははぁ、さては……こうか?」



 神力の刃を捻り出した要領で、目に籠める。


 なんとなく――こんな感じかな――と、勘で。



「よし、これで多分見えるじゃろ。さぁ来い」


「ふん、行くぞ小僧」


 己の拳を握って構えるタロウ。

 そして勇者Cのその姿を――再び見失った。


「見えんじゃないか――うわぁっ!」


 タロウの眼前、勇者Cの拳が突然現れる。頭を抱えたタロウがそれを紙一重で避けた。


「む、上手く避けたな」

「――? なんで今のが避けられたんじゃ?」



 それからも何度か勇者Cが殴りつけ、何度か殴られ、何度か躱したタロウ。


 腫れた唇をプルリと震わせタロウが言う。


「貴様さては……、そんなに強くないな?」

「ふん、ボコボコにされといてよく言うぜ」


 実際タロウはボコボコである。

 ケーブよりも大きな体格の勇者C。それにボコボコにされる見た目は十二歳のタロウ。


 ディンバラの治安維持にあたる人影じんえいが集団でやってくるレベルの案件である。


 しかし、凸凹の顔を不敵に歪ませたタロウが言う。


「もう見切った。もう当たらんぞ」

「生意気言うな! クソガキが!」


 そしてまた、勇者Cが姿を消して襲い掛かる。


 ――が。

 タロウの眼前に振り下ろされた拳を掻い潜り、タロウが勇者Cの腹へと拳を打ち付けた。



「ぐぶぅ!」



 苦悶の表情を浮かべながらも、勇者Cが高速でバックステップ。

 そしてそれを追うタロウ。一瞬見失ってはいるものの、勇者Cが床に足をつけ姿を現した所へと跳ぶ。


 そしてその勢いのままで拳を振り下ろし、勇者Cの顔面を殴りつけて床に叩きつけた。



「……ぷぅっ。どうじゃ、タロウスペシャルカウンターの威力は」


「……こ、このク、クソガキ――」


「儂は前世と合わせて六十歳! 決してガキではないし――さらに加えてクソガキでもない!」



 そう言い切って、タロウは背に負った大剣を引き抜いた。


「お、おい、タロウ。何も斬らなくても良いんじゃないか?」


「いや、殺す。此奴こやつは許さん」



 脳を揺らされた勇者C、頭を振って四つん這いからゆっくりと立ち上がる。

 そしてまた、両の拳を胸の前で握ってみせた。


「ちょんまげ、構うな。どちらかが死ぬまでやる、それで良いなクソガキ」

「よう言うた! もし儂に勝てたら友達にしてやろう!」


 嬉々としてそう言ったタロウが、再び大剣を鞘に納め、革帯を解いて鞘ごとカシロウへと投げ渡した。


「持っとれ。この拳だけで息の根止めてやるわ」



 言うや否や、二人はただただ全力前進、互いに高速戦闘へ突入した。



『ねぇヤマノさん。僕って魔術の瞳越しじゃない? 全然目で追えないんだけどどうなってんの? タロさん平気?』


「平気……と言えば平気ですね。どちらの拳もまだ当たっていませんから」



 実はタロウ、勇者Cの動き自体は目で追えないが、拳の動きは目で追えるようになっていた。


 それはその身に宿す竜の神力により――巧みとは言い難い扱いながらも――自らの能力強化を果たせたおかげ。


 勇者Cの繰り出す拳を紙一重で避け、カウンター気味に放つタロウの拳もリーチが短くバックステップで避けられる。


 それを幾度も繰り返し――


「いい加減に届けぇっ! 儂の拳ぃぃぃっ!」


 ――バギィッ! と音を立てた勇者Cの腹。


「…………あ。すまん、なんか出てしまったんじゃ」



 悶絶の表情と共に呻き声を上げた勇者Cが、その膝を折って蹲った。


「ぐふっ、げ、げはっ……! 届くはずはっ、無かった……!」

「……いや、ごめんな。わざとじゃないんじゃ……」


 左手で頭を掻いたタロウのその右手の先には、獣の手をかたどったような、『神力の拳』が形作られていた。


 およそ一尺半(45cm)もタロウのリーチが伸びたのだ。



「…………そ、それ、は?」


「うーん、なんて言ったら良いのか……、まだ上手く使いこなせんのじゃが、儂の身に宿る神さんの力らしいんじゃ」


「……あぁ、なるほど。お前の宿って事か。なら、それはお前の力だ」



 勇者Cの腹は三分の一ほど抉られて、見るも無残な様相を呈していた。

 けれど勇者Cはそれを感じさせない素振りで、床に大の字に寝てこう言った。



「楽しかったなぁ……。なぁクソガキ?」

「おぅ、最後はアレじゃったが、楽しかったな!」


「また、やれたらやろうや」


 朗らかにそう言った勇者Cに向けて、眉を潜めたタロウが言う。


「……いやぁ、やりたいのはやまやまじゃがな。その腹じゃオマエ……残念じゃが、無理じゃろなぁ……」


「やっぱそうだよな……。まぁ良い、最後にお前とやれて良かったぜ。チビのクセにやるもんだな」


「貴様も強かったぞ。ただな……、その靴? それ無しでやりたかったぞ、儂は」



 大の字に横たわる勇者Cの、その両足のブーツを指差してタロウがそう言った。



「ま、バレてるよな。しかしこれ無しじゃな……、お前の相手するのは難しかろうよ」


「決してそんな事はない。その靴のせいで貴様は負けたんじゃ。貴様の武が儂に負けた訳じゃない」


 常にない真顔で、しっかりとした声音でタロウがそう言った。


「………………やっぱ、ここじゃないどこかで出会いたかったな。ありがとよ――」



 そして少しの沈黙の後、唐突に現れる魔術陣。



「勇者乙の時と――同じ……!?」


「……ま、今度は靴じゃろうな」


 タロウの言葉通りに、勇者Cの両足にそれぞれ簡易転送術式が発動する。


 ブゥンとひと鳴き、魔術陣が両足を包んで消えた。



「お、足は置いていったか。良かった良かった」



 息のない勇者Cを覗き込んだタロウ。

 その表情はカラリと明るい、朗らかな微笑みをたたえていた。

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