第83話「妖しい微笑み」
剣を振るう二者。カシロウと勇者
小競り合いの刀と剣は幾度となく打ち合うが、両者がそれぞれ必殺の意を以って振るった剣は空を斬った。
剣の速さならカシロウ、剣の威力なら勇者乙、質の異なる剣ではあるが、両者の腕は拮抗している。
しかし特筆すべき点はそこではない。
『鷹の目』全開のカシロウと同レベルでの『見切り』を使う勇者乙こそが脅威であった。
「お互いに当たらんな、ちょんまげ下天殿」
「私を知っておいでか?」
「……そりゃあそれなりに有名人ですし、これから戦おうって国を調べない者はおりますまい」
「ごもっとも。それにしても、私の剣もまだまだですな」
そう言って、カシロウはいつもの様に右手にだらりと兼定をぶら下げる様に持ち――
「私を調べたならば、二刀使いとなかったか?」
――さらにそう投げ掛けた。
コクリと頷いた勇者乙。
「その通り、ダナンやクィントラからの資料にはそうあった。もう一刀はどうしなさった?」
「息子にやった。アイツの背にはまだ少し長いが、必要だったからな」
「そりゃ残念、二刀は拝めんか」
そう言った勇者乙に答えずに、カシロウは左手から鷹の刃を作り出してみせる。
「お望みとあらば、お主になら見せてやっても良いぞ」
そう返して
「ほぅ? 資料には魔術の類は一切使えぬとあったが、そんな事ができたのか」
「まぁな。さぁ、時間が惜しい。お喋りは
「意外とせっかちだな、ちょんまげ下天殿」
唇の端を僅かに持ち上げて、勇者乙も再びサーベルを眼前に構えた。
そして両者は再び斬り合いへと没入していく。
『うーーん』
「ん? どうしたんじゃ天狗殿?」
部屋の隅で膝を抱えて大人しく観戦するタロウと、その横でふわりふわりと浮かぶ天狗である。
『いやね、やっぱりあの勇者Bさんからクィントラさんの魔力を感じるみたいなんだよね』
「いやしかしそうは言ってもじゃ、完全に別人じゃろアレは」
『だよねぇ。おかしいなぁ……?』
天狗は地下の牢でクィントラから氷の散弾を撃ち込まれ、その際の魔力の残滓を魔術の瞳で判別できるように細工してある。
だからこそ別人の魔力と混同する事などは決してない筈。
『そんな筈ないんだけどなぁ……?』
ボヤく天狗の声などなんのその、カシロウと勇者乙の二人は没我の域に達していた。
二刀を使い出したカシロウの剣は、剣撃の三度に一度は浅いながらも相手を斬り裂く。逆に勇者乙の剣は十に一度も当たりはせぬが、その剣撃に伴う轟音は背筋を凍らす程の唸りを上げる。
お互い頬に薄らと笑みを浮かべつつも、必殺の一撃だけは剣で受けずに見切りと体捌きで
剣で受ければ刃こぼれ間違いなし。悪くすれば刀身を折られる可能性が充分にある。
お互いがお互いの腕と剣を評価しているらしく、大きな金属音が鳴り響く事はない。
カシロウは流れを変えるべく一拍の間を置いて、一瞬だけ攻め気をゼロに、併せて構えを左の二尺を頭上、右の二尺二寸を下段に構えた。
――天地二刀の構え、それの守備の構えを無くした形。
「守らないのか?」
「ずっとこうやって対峙していたいが、そろそろ終わりにせねばと思ってな」
「……そうだな。全く同じ気持ちだ」
勇者乙が左手を背に回し、右手のサーベルを体の前で真っ直ぐに立てて構えた。
姿勢は前掛かり。カシロウと同様、攻撃に重きを置いた構え。
少しの沈黙、そして勇者乙が動き出す。
踏み込みも打突もこれ以上ない速さ、カシロウの左胸を目掛けた超高速の突き。
それをカシロウ、左足を半歩分、回すように下げて半身となり、襟を僅かに裂かれながらそれを
間髪入れずに続く横薙ぎを、右後方へ鋭く跳んで避け、再び二刀を天地に構えて立った。
「今のも届かんか。なら次はもっと速くいくぞ」
勇者乙の言葉に何も返さぬカシロウ。
深くゆったりと呼吸を繰り返し、ただただ己れの気の充足に努めている。
勇者乙、再びサーベルを立てて構え、先程よりも鋭く、さらに僅かに狙いを変えて、カシロウの胸の中心へと突き出した――
「…………いやぁ
突き出したサーベルをガランと落とし、勇者乙がそう呟いた。
勇者乙の左脇腹から右肩に掛けて、カシロウが下段から斬り上げた二尺二寸が斬り裂いていた。
そして上段に構えた二尺を、二尺二寸と真逆の軌道、再び同じ傷を深く
二つに分かれた勇者乙。
上半分がドサリと床に落ち、一拍置いて下半分がストンと尻餅をついた。
「…………またアンタとやりたかったが……、これじゃぁダメだなぁ…………――」
二尺を消し去り、二尺二寸に血振りを一つ、クルリと回してチンと鞘に納めたカシロウ。
カシロウは返り血が少し掛かった顔を肩で拭ったが、真っ赤に染まった右頬の古傷――その赤みを拭えはしなかった。
「すまん。私もまたやりたかったが、やり過ぎてしまった。許せ」
つい先ほどまで勇者乙だったソレへ向け、そう呟いたカシロウの心は充足感で満たされていた。
そしてカシロウが浮かべた表情には、凄惨な遺体を見遣るにはそぐわない、妖しさをもった微笑みが浮かんでいた。
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