第80話「罪はない」

「クィントラさんだけは絶対に逃しちゃいけない。良いね?」


 天狗の言葉に頷いたカシロウとタロウ。


「なのに出遅れたせいでこれから捜しに行かなきゃならない。けど土地勘のない二人に任せなきゃならない」


 続く天狗の言葉に一層ちいさくなる二人。


「そんな二人にコレを上げるよ」



 リオから片手を離した天狗が掌を上に向けると、そこから二寸(六センチ強)ほどの黒い玉がぬるりと現れる。


 以前ダナンと斬り結んだ際、よく似た玉に橋を壊された事を思い出したカシロウの顔がびくりとした。

 当然それが破裂する様な事はなかったが、カシロウもタロウも、それが破裂するよりも驚いた。



 黒い玉がギョロリと目を見開いたのだ。



「『これ持ってって』」

「目玉が喋ったのじゃ!」


「『そりゃ喋るさ。僕の声が聞こえてるだけだから』」


 その黒い玉は、天狗がブンクァブやシャカウィブの偵察に使った魔術の瞳。


 遠く離れた天狗へ音や映像を送れるすぐれもの。さらにこれはクィントラの魔力を覚えさせた特別製。



「未来から来たネコ型ロボットみたいな爺いじゃな……」


「『さ、訳の分かんないこと言ってないで、ちゃっちゃとやっておいで』」





⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎


 カシロウらが魔術の瞳に腰を抜かしていた朝二つの鐘が鳴る頃。

 ブンクァブではヨウジロウがようやく目を覚まし、父の不在を知って愕然としていた。



「なぜそれがしを起こして下さらなかったでござるか!」


「だってヤマノ様がそうお決めになったんですもの。私じゃどうにも出来ませんわ」


 そう返事をしたのは、ヨウジロウへの説明を頼まれたオーヤ・インゴ。天狗の秘密諜報部の一人である。


「…………ところでどうしてオーヤさんがここに? ハルさんならトザシブでござるぞ?」


「もう、嫌ですわヨウジロウ様ったら!」



 バチンとヨウジロウの肩を叩きながらも照れた素振りのオーヤ嬢。

 いやんいやんと体を捻る、ハルより三つ下の二十九、来年三十路みそじ


 そんなオーヤ嬢が不意にキリッと表情を改める。


「ヨウジロウ様をトザシブへ送る様に申し遣っております。食事が済みましたらトザシブへご一緒させて頂きますわ」


「お願いするでござる! ハルさんも喜ぶでござるな!」

「もう! ヨウジロウ様ったら!」


 再びバチィンと痛そうな音が響き渡った。





⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎


 カシロウとタロウの二人は地下牢からの階段を駆け上がり、少し広めの廊下に出た。



『ヤマノさん、シャカウィブは?』

「いえ、初めてです。なにせ軍を率いておりませんから」


「あぁ、そうだったね」


 天狗が魔術の瞳を通して、二人に簡単に説明してくれた。


 シャカウィブは北方の国――北西の民王国ダグリズルと北東の神王国パガッツィオを警戒する為の砦を持つ町。


 北へ向けて孕んだ三日月型の、東西に長い砦を擁し、その内側に町を形成している。


 天狗の里からも歩きで半日ほどと近く、里から買い出しに出るとすればここシャカウィブである。


 そして今、カシロウらがいるのは砦の西端、地下から地上へと上がった所である。


『着いておいで。真っ直ぐクィントラさんとこ行くよ』


 宙に浮かんだ目玉がツィーッと滑る様に飛んで行く。

 遅れずに二人とも後に続く。



『言うの忘れてたけど、この瞳って脆いうえに攻撃手段とかないから。クィントラさん見つけるまでは二人で守ってやってよ』


 今朝も簡単に撃ち落とされたしね、そう天狗が付け加えた時、十人少しの兵士が廊下を塞ぐように現れた。



「なぁおいカシロウよ」

「なんだ?」


「アイツらお前んとこの兵士じゃろう?」


「そうだな……。リオの八軍ではなく、北方警備の連中らしいが」


 兵士が身に付けた服装で、カシロウはそう当たりをつけた。



「なぜ貴様に対してあんなギラついた目を向けるんじゃ?」


「……クィントラに吹き込まれているのだろうな。『序列十位ヤマノ・カシロウが神王国に寝返った』などと言う様にな」


『そうだろうねきっと。リオさんもそんな感じで斬られたんじゃないかな』



 二人の読みは実際に当たっていた。

 転送術式により突然現れリオを斬ったクィントラ。兵士たちへの説明はこうだ。


『エスードと神王国との商い上の付き合いから謀反むほんを嗅ぎ取った。そして今、逆賊リオ・デパウロ・ヘリウスを討ち取った』


 そして天狗の魔術の瞳を撃ち落としたクィントラはさらに、『リオと共に謀反を企てるヤマノ・カシロウが現れるかも知れん。現れたならば容赦なく斬れ』と吹きこんでいた。




「そうは言ってもそんな事、『はいそうですか』って普通は信じんじゃろう?」


『信じさせる何かを仕込んでたんでしょ。そんな事より追うよ』



 天狗の声を伝える魔術の瞳が先行し、慌ててカシロウがそれに並び、さらに前に躍り出たタロウが大剣を抜いた。



「邪魔立てするものは斬る! 下がれぇぃ!」



 大声でタロウがそう叫ぶが、北方警備の面々はしっかりと訓練されている。剣を持った子供が叫んだくらいで引き下がる者はいない。



 そして殺到する兵士を――


「……お、おいタロウ! 彼らを斬ってはなら――」


 ――ザブンとあっさりタロウが斬り捨てた。



「黙れカシロウ! 今せねばならん事を考えろ! 必要ならば斬る! ただそれだけじゃ!」


「……いや、しかし……彼らに罪はないのだぞ……?」



 天狗がする様に、立てた人差し指を左右に振ってタロウが言う。


「罪はないかも知れんがな……。運もないのだ! しょうがないじゃろ!」


 そう言ったタロウは横薙ぎに振るった大剣でさらに兵士を斬った。



「……いや、しかしそんな……、兵士とはいえ……この私が――ディンバラの民を斬る……?」


 カシロウはこの世界に生まれてこの方、妻と子の事を除けば、ディンバラの為を第一に生きてきた。

 そのカシロウにとって、目的のためとは言え、ディンバラの民を斬るのは容易ではない。


 しかし絶対に、クィントラのもとまで辿り着かねばならない。




 そしてザブザブと斬るタロウを尻目に、カシロウも兼定二尺二寸を抜き、ダラリとその刃をぶら下げて僅かに止まる。


 そして顔を上げ、覚悟を灯した瞳と共に振り上げたのは、煌めく刃を背に、峯を返した兼定二尺二寸であった。



「私は魔王国ディンバラ序列十位、ヤマノ・カシロウ! 命までは取らん! しかし――歯向かうならば骨の二、三本は覚悟せよ!」



 一人二人と峰打ちで打ち据えて、宣言通りに骨を折って戦闘不能にさせるカシロウ。


 両刃の大剣を振るタロウには峰打ちのしようもないのだが、それでも容赦なく斬り捨てるタロウ。



『ま、どっちが正解でもないさ。思うようにやりなよ二人とも』

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