第68話「天地二刀」
「ぐるぁぁぁあああ!」
カシロウへ向けて走り出した
「お? 思ってた以上に素早いらしいな」
慌てる素振りをひとつも見せず、カシロウが右手に『鷹の刃』を生み出して、そのままダラリとぶら下げて立った。
「ヨウジロウ、もう少し下がれ。あまりこの位置は宜しくない」
「分かったでござる!」
二人が居るのは、窪地の
勢いに任せて半分以上を駆け下ってしまっていた。
カシロウはヨウジロウが充分に下がった事をチラリと確認し、右手に持った鷹の刃を無造作に振り上げた。
「先程ヨウジロウがあけた穴。それは飛び越えずに迂回すべきだったと思うぞ」
カシロウが振り上げた刃が、今まさに振り下ろされようとしていた爪熊の肉球を縦に斬り裂いていた。
「グギャャァァアア!」
斬られた掌から鮮血を吹き上げつつ、カシロウを飛び越す形で地に降り立った爪熊が雄叫びを上げる。
「痛いだろうが……すぐに痛くなくなる。それで勘弁してくれ」
振り向きざま、カシロウが横薙ぎに振るった剣が爪熊の首を捉えて斬り飛ばす。それを見たヨウジロウが息を呑む。
「分かってたでござるが……、仕留めなきゃならんのでござるな……」
「しょうがあるまい。森に戻ってくれる分には追ってまで仕留めずに済むのだがな」
こればかりはしょうがない、この為に一晩かけて走ってきたんだからな、そう言ったカシロウがヨウジロウへと歩み寄った。
「ヨウジロウ、下がるぞ。窪地の縁まで走れ」
「……ち、父上……」
「なんだ?」
「それがしのせいですまんでござるが……、ちょっと遅かったみたいでござるよ」
『………………』
森へと振り向いたカシロウ。
特に必要ないのだが、右手に持った鷹の刃に血振りをひとつ。ぴぴぴと爪熊の血が地面に飛んだ。
「そうらしいな。トノが言うには多数の魔獣に紛れて
「それではそれがしも?」
「ああ、期待してる。やれるか?」
「もちろんでござる!」
⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎
「なぁおいディエス?」
「なんですトミーオ様?」
「なぜ魔獣のマの字もないでヤンスか?」
取るに足らない小物魔獣は見かけるが、大物魔獣の気配は一向に見られない。チチチと鳥の囀りさえ聞こえる。
ディエスがキョロキョロと辺りを見回し、西のブンクァブ方面も、東の魔獣の森も、窪地に沿った北も南も同様であった。
「分かんねえですが、平和で何よりじゃないすか」
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「なぁ天狗はん?」
「なに?」
「全然ヒマなんやけど、ワイ来た意味ありまんのか?」
目を閉じて二つの手を右へ左へ動かして、なにか思案顔の天狗。ハコロクに答えずにウンウン唸っていたけれど、その目を開いてハコロクへ向き直った。
「うん、この辺り覗いてみたけど魔獣来てないね。ちょっとウナバラさんの作戦ミスかな?」
「作戦ミスでっか?」
「多分ね。僕が魔術の瞳で覗いて立てた予想と違うからしょうがないんだけど」
「ほならこの辺りだけやなくて、森の奥まで覗いたらよろしいやん」
「なんでもかんでも知ってちゃ面白くないじゃない。まぁ様子を見ようよ」
「……なんでもかんでも、でっか? そ! そそそそそうかも知れまへんな!」
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「引きながら
「分かったでござる!」
ヨウジロウを先に縁へと走らせて、油断なく森を警戒しながらカシロウもその後を追う。
さらにその背に追い縋る二頭の犬らしき魔獣。
どうやら
ぎゅっと雪駄を踏み締めて、大きく後ろに跳躍しつつ左手にも鷹の刃を作り出して地に降り立った。
「さぁ、掛かってこい」
カシロウは鷹の刃の二刀を使う際も、右は二尺二寸、左は二尺に調整して作り出している。
大刀に近い長さの脇差を使うのは、たとえ大刀が使えなくなっても脇差で戦えるように、と前世にいた頃に流行ったもの。
その左の二尺を頭上前方に掲げ、右の二尺二寸は腰の高さでフワリと自然に据えて持つ。
普通の二刀流ならば頭上に攻撃用の大刀、前方に防御用の脇差を突き出して構えるが、カシロウは逆。
前世で師から学んだ
カシロウはこの構えを『天地二刀の構え』と呼んではいるが、なんとなく恥ずかしいので誰にもその名は教えていない。
「「があぁう!」」
牙犬の一頭が跳び上がり、もう一頭は地を這うように疾る、間髪入れぬ攻撃に対し天地二刀の構えのカシロウは――
「そら、どうする?」
――二頭の牙犬の鼻先に、
天の牙犬はその身を
地の牙犬は前足に力を入れて急転換、僅かに外へ膨らんで躱し、再びカシロウへ襲いかかった。
「ならばお主からだ」
天の牙犬を放置し、地の牙犬へ向き直り、二尺二寸を薙いで牙犬の攻撃を狭めた上で、二尺を振り下ろして屠った。
そして天の牙犬へ向き直った時――
ザンッ
――と小さく音を立てて牙犬の首が胴から別れた。
バッと振り向いたカシロウは、縁とカシロウの間の辺り、青い顔をして立つヨウジロウを視界に収める。
どうやらヨウジロウが刃を飛ばして斬ったらしいと察し、親指を立てた拳を見せて微笑んだ。
楽だしヨウジロウも安全、これは良いかもしれないな、カシロウがそう思考を巡らせた時、トノが顔を出した。
『………………』
「いや、単純に兼定は重たいので長丁場には向かないのと、血糊がついてしまいますから」
『…………』
「いえいえ、そうではありませぬ。威力も切れ味も兼定の上をゆくものなどありませぬ。兼定を使うのは刀熊のみが良いかと」
自分が下賜した兼定をカシロウが使わない事が、やはり不満だそうな。可愛いよね、トノって。
『……』
「恐らくすぐに出番になりますよ」
カシロウが見遣った先、数頭の牙犬を従える大きな腕。
その腰には帯に差した十本の剣らしき爪。
刀熊が森から姿を表して見せた。
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