第66話「時間いっぱい」
「ぶはぁぁ、もうアカン、もう走れまへんでぇ~」
夜明けから一刻ほど、先頭を走る目の良いトミー・トミーオがブンクァブを視認した頃、遂にメンバーのひとりが
「やっぱりもうちょっと痩せた方が良いんじゃない?」
「……ひぃ、はぁ――な、何言うてまんのや、これがワイのベスト体重でっせ」
そう、音を上げたのはハコロク。
皆に比べて、どうやら
「じゃ、ちょっと休憩するでヤンスよ」
速度をグンと落としながらそうトミー・トミーオが言うが――
「トミーオ殿、腰を下ろすより歩く方が助かります」
――ヨウジロウを指差しながらカシロウがそう言った。
トミーオの減速に合わせて速度を落とした一同の中、前のめりにそのまま腰を下ろそうとしたハコロク。ふらりとそのまま眠りに入ろうとしたヨウジロウ。
そのそれぞれの首根っこを、ハコロクには天狗が、ヨウジロウにはカシロウが、ガシッと掴んでそれを阻止した。
「ん、そうでヤンスね。筋肉にもその方が良いでヤンス。じゃ半刻ほどこのまま歩いて……、そう、さらにもう半刻も駆ければブンクァブでヤンスね」
「なら朝二つの鐘に到着。ひと眠りさせてやれそうだね」
天狗が振り向いて、半分眠りながら歩くヨウジロウを見遣ってそう言った。
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「なぁ天狗はん」
「なに?」
「駆け通しで話す間なかったんやけど、ワイ、このメンバーの中やと断然弱いで。分かってくれてはるやろね?」
横を歩く天狗に向かってハコロクが言う。
ハコロクも間違いなく手練れではあるが、カシロウよりマシとは言えそう大した魔術も使えず、単純な武においてはカシロウに遠く及ばない。
ハコロクがそう不安を口にするのもしょうがないというもの。
「そりゃ分かってるけどさ、僕が知らないこともまだまだ隠してるだろうしさ」
ドキィン! とハコロクの胸の鼓動が高鳴るが、表情には出さずになんとか問い返してみせた。
「どういう意味でっか?」
「え? そのままだよ? 僕の知らない技とか武器とか、まだまだ色々隠してるんでしょ?」
「あ、ああ、そそそそういう意味でんな。そりゃまだまだ隠してまんがな。忍びの技ってなそういうもんやからららら」
うっかり
「期待してるよ」
――このクソジジィ……ワイを疑って――いや、確信してるんちゃうか……。なんせこのクソジジィの事やからな……
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「ヨウジロウ、歩くのは少しだけだが、今ならウトウトしても平気だぞ」
「……わ、分かったで……ござぐぅ……。で、でも平気でぐぅざるぞ。まだまだ眠くないで……ござ……ぐぅ……」
カシロウはヨウジロウの襟首を掴んで支え、我が子ながら面白いやつ、とカシロウは久しぶりにヨウジロウの言動に癒された。
そう言えば……とカシロウ思い出す。
ここの所バタバタし過ぎで失念していたが、ヨウジロウの竜の具合はどうなのであろう。
当然、ヨウジロウの器に合わせて成長していることであろうが、ヨウジロウの器の方は濁っていないだろうか。
『器が濁る』とは、宿主の魂や思考の濁りと同義である。
極悪非道の者の器は、向こうが見えぬ程に濁るらしい。
ブンクァブに着いたら、久しぶりに天狗殿にヨウジロウの竜と器を見てもらおうか、カシロウはそう考える。けれど。
――私の器は、
なんとなくだが、その方が良いような、そんな気がした。
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休憩を終えて再び駆け出した六人は、早々に人の群れとすれ違った。
「ディエス! 頼むでヤンス!」
「かしこまりー!」
駆け続ける一団から離れたディエスが群れへと向かい、そしてじきに戻ってきた。
人の群れはブンクァブを脱出した女子供メインの民と、それを護衛するヴェラの七軍の一割ほどだそう。
「さっきのが夜明けと共に出た集団で、同じ規模の集団をあと三つほどがブンクァブを離れる予定らしいです」
「ふーむ、ぶっちゃけ順調なのかどうかが分からんでヤンスね。ええっと、ブンクァブの民の総数が……」
「順調っちゃ順調っすよ。ただし、どうやら鉱山で働く連中なんかはブンクァブに残りっぱなしですね。総数が全然合わねえんで」
ディエスはトザシブの民についてやけに詳しいが、ブンクァブの民についてもちゃんと頭に入っている。
ブンクァブはあのケーブらの様に、魔獣の森の手前で
良質なレアメタルは他国にも輸出され、魔王国ディンバラの最も大きな産業である。
ブンクァブとは鉱山の連中の為の町、ひいてはディンバラを支える為の町と言っても過言ではないのだ。
一向は遂にブンクァブを目前に捉え、しかし避難民でごった返す西門を避けて北門へと迂回する。そしてなんとか朝二つの鐘が鳴る少し前に辿り着いた。
「みんなお疲れ様ぁ。トザシブからここまでひと晩で走ってこれるのがこんなにいるなんて、驚きよねぇ」
北門付近で待機していた序列七位、四青天筆頭ヴェラ・クルス。
同じく四青天のリオ・デパウロ・ヘリウスと結婚したが、リオの姓ヘリウスは名乗らず旧姓のままで通している。
「やぁヴェラ、久しぶり。結婚おめでとう」
「あら、カシロウじゃなぁい。ありがとう。手紙にあった『精鋭六人を送る』って一人はカシロウだったのねぇ」
初対面の者も多いため自己紹介を、と思ったが息も絶え絶えのハコロクに、すでに立ったまま眠ったヨウジロウにと散々である。
「多分もうそんなに時間ないけどぉ、休憩できる所を準備してあるからぁ、ちょっとでも仮眠してちょうだぁい」
ヴェラに案内された東門寄りの建物へと入った一向は、一刻に満たない時間ではあったがグッスリと眠った。
そして正午を知らせる朝三つの鐘が鳴り響いた。
「そろそろ時間いっぱい、みんな行こっか」
天狗の声と共に東門を抜け、
「では行くでヤンスよ!」
「「おぅ!」」
「……おぅ……行きたないんやで、ホンマは」
――あ、ヨウジロウの竜の様子を見てもらうつもりだったのだが時間が取れなかった。
――この騒動が落ち着いてからだな。
カシロウは胸の内でそう呟いて、ヨウジロウと共に真東に駆け出した。
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