第62話「キリコ」

 ビスツグ即位を祝う会の夜、こっそりと自宅に戻ったカシロウはひどくボンヤリとしていた。


 

 妻と子と夕食を共にし、ユーコーからは祝う会の盛大さを、ヨウジロウからは昼間のビスツグの様子を聞いた。


「ビスツグさまは偉かったでござるよ!」


「ほう? 何がどう偉かった?」


「良く分からんでござるが、王妃……じゃなくて、王母さま達が出て行くと言ったでござるよ――」



 ヨウジロウが言うには、国民に対してのお披露目や宣誓が終わったのち昼食会があったそうだ。

 ウナバラとビショップ倶楽部の料理人の手による昼食会で、ヨウジロウもその美味さに目を丸くしたらしい。


 サボった自分に後悔はないと思っていたカシロウだったが、この時はさすがに後悔した。


 カシロウはケーブらを伴い、祝う会に出ずに店を開けていた蕎麦屋で昼を済ませた。

 カシロウの好物は蕎麦。さらに旨い蕎麦だったのが唯一の救いである、と己れを慰めるカシロウだった。



 その昼食会の開始と共に、今回の騒動でとなったキリコ・ディンバラが口を開いた。


「ビスツグ殿に下天の皆様方、わたくしとミスドルは魔王国を離れようと思います」


 キリコの発言に面食らった一同の中で、一番に立ち直り声をあげたのはビスツグであった。


『例え血が繋がっていなくとも貴女は僕の母であり、ミスドルはただ一人を分けた兄弟です。どうかその様なことを言わず、父リストル亡き後の僕を見守って下さい』


 恐らくは、王位を狙うなどと疑われるのを避ける為のキリコの言葉だったのだろうと思う。


 しかしカシロウが抱いていたイメージとは少し異なる。

 我が子を魔王にしたいと考えているものと思っていたからだ。



「その時の王母様のご様子は如何いかがだった?」

「様子でござるか? ……そうでござるな」


 目を閉じ顎を少し上げたヨウジロウが、ん~、と小さく唸って思い出そうとしている。


「てっきり感動して震えているものと思ってたでござるが、今思うとビスツグさまの言葉の前にはもう小さく震えてたでござる。言葉の後の笑顔も少しぎこちなかった気がするでござるな」


 ふぅむ、とひとつ唸ってカシロウが食事の手を止めた。

 ヨウジロウと同様、目を閉じ顎を少し上げ、腕を組んだ。


「どこか気になるでござるか?」

「王母様は、『呪い』について存じ上げているのか?」


「二白天のおじーちゃん達が説明してたでござるよ。王母さまはそれがしと同じで、リストルさまが亡くなった事に気付かなかったそうでござる」


「そう言えばその後少ししてからでござるな。魔王国を離れるって言われたのは」



 カシロウが持っていた今までのキリコに対するイメージとの齟齬。

 実は今回のことでキリコが『呪い』の事を知り、理解した事にある。


 ビスツグの身に何かあった場合、ミスドルが王位を継承する立場にあるにも関わらず――


 『我が子ミスドルでは魔王になれない』


 ――キリコは『呪い』を知り、その結論に至った。

 その事に気が付いている者は、キリコの秘密を知る者に限られていた。




⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎


 翌日からカシロウは、片目をつむるような心持ちで、どことなくボンヤリといつも通りの日々を過ごしていた。



 天狗を伴い、『お宿エアラ』から公営の診療所に療養の場を移したトビサを見舞い、ほぼすっかり回復した様子を見てホッと安堵の吐息を溢した。


「先生、片手でも使える剣術を考えておいて下さいね」

「……お前、まだ人影じんえいとして働くつもりか?」


 キョトンとした表情のトビサが言う。


「当たり前じゃないですか。僕は人影です。それはこの左手が……いえ、たとえ両手が剣を握れなくなっても同じです。ナンバダの分までこの国を守らなければなりませんから」


「……そう、だな。ナンバダの分までな……。分かった、考えておく。すっかり治ったらまた道場でな」



 診療所を離れ、天狗と並び王城への道を歩む。


「良かったねヤマノさん、トビサさん元気そうで」

「ええ、本当に。天狗殿のお陰です」


 トビサの様子を見、少し胸のつかえが下りたような、なんとなくそんな気がしたカシロウだった。




⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎


 工事現場と道場を行き来する日々の中、その日のカシロウは現場に出ていた。


 昼過ぎ、珍しくディエスの部下である30サンレイが現場に顔を出し、『今夕、昼三つの鐘と共に王の間で会議が開かれる、下天は皆集まるように』と知らされた。


「了解した。議題は?」


かねてより進めていた調査結果と神王国の対応についてです」


「分かった。ありがとう」



 ――ダナン殿の件にもようやくケリがつくか。


 カシロウはそう心の中で呟いて、


「……ならば、私は……」


 今度は小さく口に出してそう言った。




⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎


「先ず、辻斬りの正体と目される男ですが――」


 ディエスは常の彼らしくない真面目さできっちりと調べ上げていた。


 辻斬りの犯人は間違いなくダナン・イチロワであり、ヤマノ・カシロウならびに天狗と呼ばれる老爺――彼らは人影に協力し、その結果、連続辻斬り犯を斬り殺した。


 

「証を出せとまでは言わないが、間違いないのか?」


 そう言ったクィントラに対し、遊ばせた前髪を指で弾いたディエスが答えた。


「証も出せますよ」

「ほう?」


 カシロウにはなんともよく分からなかったが、ダナンが道場で使っていた竹刀と彼が使っていた剣、さらに保管していた被害者たちの体の傷痕、それらから同様の魔力の残滓があったそう。


 目の前で見せられたとて、魔力を感じられないカシロウに分かるはずもなかった。



「信用された所で次にいきます。辻斬りダナンは間違いなくエスードの親族ですが、今回の事とエスードには全く繋がりは見つかりません」


 いくら調べてもダナンがどこに寝起きしていたかが分からないらしい。

 ディエスは街中に顔が利く。それゆえダナンらしき男の目撃情報もかなり集められたが、それでもダメだった。


「僕らもダナンがどこに住んでたかは知らない」


 再びクィントラが口を開いてそう言うが、実はこれは嘘である。

 キリコ同様、クィントラにも誰にも知られてはならない秘密がある。



「あぁ、ついでと言っては何ですが、親族繋がりという事で王母キリコ様についても調べましたが、ダナン・イチロワとは関係なし――繋がりなしですね」





「「「……え?……」」」



 驚愕の表情の一同の中、唯一人クィントラだけが舌打ちする。


「ちっ、バカが!」


「……あ、あれ? まさか皆様……ご存じない?」



 王妃キリコ・ニーマ改め王母キリコ・ディンバラ。

 彼女が『』であるというのは極秘である。

 それを知るのは亡き前王リストル、天影の上位の者達、さらにエスードの者に限られていた。



「俺、やっちまってる?」



 視線を寄越してそう言ったディエスの言葉にカシロウは、無言でディエスに合掌を返した。

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