第60話「序列九位クィントラ」
ダナンの体を置いて地上に戻り、カシロウは帰宅する天狗とは一階で別れてニーイチと共に王の間に戻って復命した。
王の間にはビスツグと二白天、さらに三朱天。
序列一位から六位までが勢揃いしていた。
カシロウら四青天のうち、現在トザシブにいるのは十位カシロウ、九位クィントラの二人。
四青天筆頭――七位のヴェラ・クルスは西端の町ブンクァブで魔獣の森警戒中。
全く動向の語られる事のなかった八位リオ・デパウロ・ヘリウスは北端の町シャカウィブで北方警備軍の視察に出ている。
決してリオさんの事を忘れていたわけじゃないんだよ。語るタイミングが微妙になかっただけなんだ。
「ラシャから聞いた。逃げた柿渋男の行方どころかリストル様の弔いも済まんというのに、頭の痛い事だらけだわい」
そう言ったのは苦い顔のグラス。
「しかし勘違いしてはならんぞヤマノ。我らも王もお前を責める気持ちは毛頭ない。背を丸める必要はないぞ」
こちらはいつも通りの
「はい、お心遣い痛み入ります」
天狗が聞いたらまた言われそうだとカシロウは思った。
『ヤマノさんには良い上司ばっかりだね』と。
「皆とも話したが、方向性は先ほど話した通りだ。こちらに非がない旨の書簡を神王国に送る。急を要するため今回は魔術で転送するが、それからは向こうの出方次第だな」
――転送術式。
これもあの『呪い』と同様、初代魔王の右腕と呼ばれた男が遺したものらしい。
大きな物や生き物は送れないが、片手で持てる程度の物ならば一瞬で送る事ができる。
「草稿はユウゾウと私で作る。ビスツグ様と二白天のお二人に目を通して頂いてから送りましょう」
そう言ったラシャの後を受けたウナバラに、帰って休めと言われた。
確かに一昨日から仮眠しか取っておらず大変眠い。
言われるがままに辞去すると、入れ替わりに王の間に入って行ったのは序列九位クィントラ・エスードであった。
帰って休めと言われはしたが、やはりダナンを斬った事は直接伝えたいとカシロウは考えた。
「ウトウトしてしまうかも知れないがクィントラが出てきたら起こして欲しい」、近くの衛兵にそう声を掛け、王の間を出てすぐの階段に腰を下ろした。
そうして四半刻ほど、王の間を出てきたクィントラによって揺り起こされた。
「おいカシロウ。僕に何か用なのか?」
「……ん、あ、あぁクィントラか……、お前はもう済んだのか?」
「済んだ。辻斬りがダナンだったとはな、さすがに僕もビックリした。けど僕とは直接関係ない事だ、ダナンの事や神王国の事なんか聞かれただけでそう掛からなかったよ」
クィントラはなんでもない事のようにそう言うが、中でのやり取りは随分と違う。
王の間では今、序列一位から六位までの面々は頭を抱えている。
しかし、そんな事は知らないカシロウである。
「中で聞いたであろうが、昨夜、私がダナン殿を斬った」
すまん、と付け加えようかとも思ったが、謝るのはやはり違うと考えて付け加えなかった。
「ああ、らしいな……。カシロウ、今夜呑みに行こう」
「……え? お? お、おう」
余りにも思っていたものと異なる言葉が返ってきて、カシロウはアウアウしてうっかり頷いた。
「この前にも誘っただろう? ビショップ倶楽部とは違って小さいが、旨い良い店があるんだよ」
少し悩んだが、カシロウは再び頷いた。
いつかクィントラとも腹を割って話したいと思っていたのもある。が、興味の七、八割は『旨い店』の方である。
基本的に旨いものに目のない男なのだ。
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「どう思います? 先ほどのクィントラの発言について」
「一理どころか二理も三理もあるわい」
クィントラは今回の経緯をひと通り聞いてから、弁舌爽やか、立板に水、
「ダナンが辻斬りだという証拠は?」
「ダナンとカシロウの私闘の可能性も拭えないのだから、カシロウの発言は証とは言えないでしよう?」
「天狗……? ああ、そういう者がいるのですか。それこそ黒幕だったりしませんか? 何者なのか当然調べはついているんでしょうね?」
「トビサ? カシロウと共に夜回りに出て、辻斬りに腕を斬られて今はそれも繋がった
一同は舌を巻いた。
クィントラの言う通り、カシロウの報告を疑ってみれば全てが覆る可能性があるのだ。
「一つ言っておきたいのは、僕がカシロウを疑っていると思わないで下さいね。神王国パガッツィオに書簡を送る前に
クィントラが退出したのち、額を寄せ合う六名。
結論は出ないが、神王国パガッツィオへの書簡を送る件については、短慮はイカンと熟慮することとなった。
併せて天影十席ディエスを呼び、辻斬り事件に対しての事後調査を始めさせるに至った。
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日暮れを示す昼三つの鐘、国営道場のすぐ南。
クィントラとの待ち合わせにカシロウは間に合った。
「ここからそう遠くないんだ」
「道場の周りにそんな店あったか?」
クィントラの案内で南下する二人。
歩きながら他愛ない雑談を交わし合う。
話題のメインはやはり、去年結婚した同僚二人、ヴェラとリオの事になってしまう。
二人にとって最も当たり障りのない、楽しめる話題なのだ。
東町と南町の境を僅かに越えた、南町でも少し寂れた辺り、クィントラが目指す店はそこにあった。
こじんまりとしているが、スッキリした外装が一見して清潔そうなイメージを抱かせる、第一印象はカシロウ好みなかなり良好な店だった。
「ヒルスタ……? どういう意味の店名だろうか?」
「意味なんてない、店主の姓だよ。さっ、入ろう。どれを食っても旨い。僕が保証する」
扉を開き、順に奥へと入っていく。
まだ時間も早いせいか、他に客はいないらしかつた。
「オヤジ、今日は同僚連れてきたよ」
クィントラにオヤジと呼ばれた若い店主らしき男が、らっしゃい、と一声漏らし目顔でカウンターの奥の席を二人に示した。
「酒と、適当に見繕っておくれ」
あまり食欲がなかった筈のカシロウは、結局しっかり食べた。
「控えめに言ってだ。めちゃくちゃ旨いなこの店の料理は。これは良い店を教えて貰った」
満足そうにそう言ったカシロウに、猪口に残った酒をクイッと空けたクィントラが言う。
「そりゃ良かった。ビショップ倶楽部と比べてどうだ?」
「そうだな、ビショップ倶楽部の繊細な技に比べて粗削りな所もあるが、斬新な発想では上をゆくかも知れん。しかも安いのが良い。今まで知らなかったのが惜しいくらいだ」
「オヤジ、下天二人のお墨付きだ。これから繁盛してしまうな」
「ありがたい事でございます」
支払いは幾つかの問答の末、クィントラが支払った。
「すまん、今度は私が持つから」
「期待しないでおくよ」
店を出た二人は無言で少し歩き、不意にクィントラが口を開いた。
「僕はな。オマエの事が嫌いだ」
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