三章*勇者襲来篇

幕間2「魔王とカシロウ」

 転生したヤマノ・カシロウを初めて抱いたのは、齢十五の魔王リストル・ディンバラ四世だった。



 吉祥の証とされる『無から生まれた転生者』であるカシロウは転生直後、魔王城に部屋が与えられたが、乳幼児の頃から青年期までは城下町で過ごしていた。


 ひとえにそれは、養育者であるフミリエ・トクホルムの自宅が城下北町にあったからに他ならない。

 

 そう遠くないとは言え、リストルは忙しい政務の中に暇を見つけると、お忍びでトクホルム家に顔を出し、足りないものはないか、欲しいものはないかと尋ねてくれた。



 少年期。

 カシロウは頭頂部の髪が生えずに揶揄からかわれたものだった。

 いつも気にしない素振りをしていたが、楽しい気持ちでなかったのは否めない。


 何かの折にそれをリストルに溢したら、なんだそんな事、と笑い飛ばされた。


 ――自分なんてついこの間まで夜尿症おねしょしてたぞ、しかも国民の多くがそれを知っているせいでな、魔王なのにまだ独身なのだ――


 そうリストルは言った。


 その後カシロウは髪の毛を気にする事はなくなった。

 髷を結える程に伸びるまでの落ち武者スタイルは少し恥ずかしかったらしいけど。



 青年期。

 育ての親が才女フミリエだった事もあり学問はそこそこ。

 前世から受け継いだ剣術は相当のもの。

 魔術の才はなかったが、カシロウは人影じんえいとして治安を守る職についた。


 それをフミリエもその娘ユーコーも喜んでくれたが、誰よりもリストルが喜んでくれた。

 ――人影と天影と下天と魔王は公務。その内容は違っても、魔王リストルとヤマノ・カシロウは同じ仕事をしているのだ――

 そう言ってリストルは喜んだ。



 トクホルム家を離れ魔王城に与えられた部屋で暮らす様になり、一人暮らしは寂しかったが、同じ建物にリストルも暮らしていると思えば気も紛れた。



 二十四になった年。

 四年に一度の御前試合で優勝し、これまでの人影での実績と併せて下天に昇進した。

 公の場では厳かに祝いの言葉を与えてくれたが、トクホルム家で催されたパーティにお忍びで参加したリストルはボロボロと大泣きして喜んでくれた。



 ユーコーと夫婦になった時。

 ヨウジロウが生まれた時。

 再び御前試合で優勝した時。

 誰よりも喜んでくれたのはリストルだった。


 カシロウにとってリストルは、十五歳差の兄であり、父でもあった。


 そのリストルはカシロウを置いて、手も声も届かぬ所へ旅立ってしまった。



 もうリストルに会えない事よりも、自分の中でその存在が小さくなってゆく事、それがカシロウには耐えられそうになかった。



 なかったのに――




 ――カシロウの心の中の魔王は、すでにリストルでなくビスツグ・ディンバラ五世、若き魔王となりつつあった。

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