第48話「勇者ダナン」

「勝手に参加しちゃってすみません。許可を貰ったとクィントラから聞いたものですから」


「……あ。今朝クィントラが言ってたお方か!」


「ええ、きっとそのお方です。僕の名前はダナン。ダナン・イチロワ。これでも『勇者』やってます」


 一瞬。ほんの一瞬だがカシロウが固まった。


「勇者、と申されたか?」

「え? はい、そう言いました。それが何か?」


「そうなんでぇ。コイツがそんな事言いやがるもんだからよぉ、カシロウ……様に会わせる前に腕前見といてやろうと思ってよぉ」



 ケーブには以前、天狗の里からここトザシブへやって来る際に『勇者』の話を少し聞かせた。

 魔獣の森の向こう、聖王国アルトロアに産まれた、ヨウジロウと同い年の勇者の話を。



「あの……違いますよ? 僕はアルトロアで勇者認定を貰った子じゃないですからね?」


 ダナンと名乗った男は細い体格に糸の様な細目、サラサラの髪がキノコの様なヘアスタイルにカシロウより拳一つ小さな背。恐らくは歳の頃二十五、六。


 割りと幼く見えると言っても、どう見てもヨウジロウと同い年には見えない。


「では貴方は何ゆえに勇者を名乗られる?」


「偽勇者じゃないですからね? これでも正真正銘の勇者なんですよ。ただアルトロアでなくて、神王国パガッツィオで認定を受けたんですけどね」


「ほぅ? パガッツィオの勇者ですと?」



 ――神王国パガッツィオの勇者。


 それは当然あり得る。

 人族国家において『勇者』というのは最高のネームバリューであるし、『勇者不在』という時期は極力無くしたいもの。


 その点から、ディンバラを除く三国においてほぼいつの時期においても、大抵『勇者』という肩書を与えられた者が居るのが普通である。


 ただし、の力量は様々であり、さらにが単身他国へ渡る事は珍しい。



「しかし何故パガッツィオの勇者であるダナン殿がクィントラと?」

「あれ? 聞いてませんか? クィントラと僕は従兄弟いとこ、それぞれの父親が兄弟なんですよ」



 クィントラ自身はトザシブ生まれだが、クィントラの父タントラ・エスードはパガッツィオ生まれである。

 単身トザシブへ移住し、辣腕を振るって今のエスード商会を作り上げた商いの天才と言われる男である。



「それも初耳でした。クィントラからは友人だと聞いていたものですから」


「まぁそうですね。伯父は若くにパガッツィオを出たので親戚付き合いというのはあまりありませんからね。僕もクィントラと個人的に友人という方がしっくりきます。歳はひと回りも違いますけど」


 カシロウにはこの世界にが一人もいない。義母フミリエは同居ではないが家族だと考えている。

 前世でも若くして出仕し二十歳はたちで死んだ為に、あまり親戚付き合いの在り方が良く分かっていない。



「それで此度こたびのトザシブ訪問はどの様な?」


「何年か前にも来たんですよ。でもその時はヤマノ先生がいらっしゃらなくて会えなかったんですけど、戻られたと聞いたんでね。今回またトザシブに顔出したんです」


「なんと。では私に会いにはるばるパガッツィオから? それは長旅だったでしょう」



 正直に言ってカシロウは驚いた。

 パガッツィオからディンバラまで、国境が接しているとは言え相当遠い。常人ならばふた月ほども掛かる旅程である。


「いや、まぁそうですね。かなり遠いですけど、ほら、僕って勇者ですからね、足速いんですよ」


 この時カシロウはなんとなく違和感を覚えたものの、何に引っ掛かったのかさえ気付く事なく、その違和感についても忘れてしまう。



 では試しにと、竹刀にてカシロウとダナンが立ち会った結果、ダナンの剣の腕は相当なものだと即座に知れた。


 しかしそれでも、『カシロウに迫る』というレベルであり『カシロウに並ぶ』『カシロウを超える』という事はなかった。



「さすがは噂に名高いヤマノ先生、大した腕ですね」


「いやいや、ダナン殿も相当つかう。さらに魔術もイケるクチでしょう? もし実戦でやり合えば勝つのはダナン殿でござろう」



 ダナンはカシロウの様に二刀を使う事なく、一刀を巧みに使う。

 カシロウとは真逆、『虚実の虚』に重きを置いたような剣術であり、カシロウにとっても得るものが多い相手であった。





⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎


 朝三つの鐘が鳴って正午。

 道場は一刻の休みに入り、午前で帰る者は帰宅し、午後も参加する者はそれぞれ昼食を済ませる。


 その間にカシロウは、夜回りに参加する旨の許可を得るため王城へと走った。

 途中適当に選んだ食堂で昼食を済ませようと思ったがどうにも食欲が湧かず、茶粥を少々腹に収めるに留めた。



 王城に帰り着いたカシロウは誰から許可を得るべきかと考え、とりあえず人影じんえいを指揮する三朱天の執務室を覗いて見たが、折り悪く部屋はもぬけのから


 ならばと王の間へと足を運んだ。



「おう、ヤマノ。来たか」


 王の間にはウナバラら三朱天の面々が揃っていた。


「ちょうど良かった。辻斬りの件でお話しが――」


「ああ聞いてる。遂に人影じんえいもんが四人もやられたらしいな」


 ナンバダが率いた班は、部下も含めて全て斬られた。

 部下たちは一刀の元に斬り伏せられ、ナンバダに至っては今朝確認した通りの惨殺である。


 既に人影から話は上がっていたらしくトントン拍子に話は纏まり、今夜から早速カシロウも夜回りに参加する流れと相成あいなった。



「人影は百名体制で臨む。人影の中堅どころ――、トビサっつったか、そこの班と一緒に東を回ってくれ。一応俺ら三朱天もそれぞれ北と南と西に分かれて回るからよ」


 北を回るウナバラは剣も魔術も相当遣うから問題ない。

 南を回るトミー・トミーオも犬顔に見合った敏捷さを駆使した体術はかなりのもの。

 西を回るラシャ・シュオーハもその治癒術を以って後衛に徹すれば十分戦力になるだろう。


「我々の混ざらない班が心配ですな」

「三、四班まとめて人数だけは増やす。俺らの誰かが駆けつけにゃしょうがあんめえよ」


天影てんえいからはディエスとその部下の二人を遊軍として一帯をウロウロさせる。すまんがよろしく頼むぞ」


 カシロウらへ向け、そうリストルが頭を下げた。

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