第28話「まだ怒ってる」
「あれまぁ。
「そりゃまた
「ええ。急で申し訳ありませんが、また顔を出しますので。長い間お世話になりました」
「ゴル婆もシル婆も体に気をつけるでござるぞ」
ふぁっふぁっふぁと皺くちゃの顔をさらに皺くちゃにしながら笑うのは、天狗の里の最年長、人族の身でありながら今年百歳に届いた双子の姉妹ゴル婆とシル婆。
「
「二人合わせで今二百だがら……、えっど、あと何年だ?」
「知らね。
天狗がいま三百ちょっとであるから、あと百年は生きなければならない。
流石に難しいかと皆が思っているが、存外追い付くかも知れぬほどに二人は健康である。
「さてと、一通り挨拶は済んだか?」
「全部回ったでござる」
天狗の里にはほんの二十戸ほどしかない為、引越しの挨拶もそう時間は掛からない。朝から回ってまだ昼前である。
「それにしてもお前の喋り方、すっかり癖付いてしまったな」
「何を言うでござるか。侍の話し方はこうでござると教えて下さったのは父上でござろ?」
何年も前、天狗の家での夕食時。侍とは何かの話題になった時に確かにカシロウがそう言った。
侍の語尾は「ござる」だと。
ちなみに相当量の酒を天狗に飲まされてはいた。
「どうして父上はそんな話し方なんでござるか? 本物の侍でござろ?」
「……私も前世でなら四十になってもござるござる言ってたろうが…………いや、大人になると色々あるんだ」
「……なんか申し訳ないでござる……」
「忘れてくれ。お前が悪い訳じゃあない」
二人はその話題はそこまでにし、引越しの準備を進めるハルさんを手伝うべく我が家へと急いだ。
⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎
「まぁそう落ち込むな。天狗殿も困っておられる」
「そうは言いやすが……」
昨夜引越しの片付けも済み、トザシブへの引越しの日の今日、朝早くから天狗がカシロウ宅を訪れていた。
「ヨウジロウ様は竜で、カシロウ様は鷹、もちろん分かっちゃいやしたが……」
ハルさんにはカシロウに話を聞いた十二年前からずっと気になっていた事がある。
ここに住みついて丸七年、最後の日である今日、気になっていた事を遂に訊けたのである。
自分に憑く宿り神がなんなのかを。
そしてその結果、意気消沈している。
「なんで……、なんであっしだけハマグリ……」
彼はカシロウの鷹に対して、トンビとか、せめて雀とか、カシロウに仕える者っぽい宿り神を期待していたらしい。
なのにハマグリ、凹む気持ちも分かるというもの。
「でもほら、ハマグリって美味しいよ。シジミとかアサリよりも大きいし、高いし」
やや的外れな慰めを言った天狗が尚も言い募る。
「ま、気にしない事さ。宿り神の存在なんて『オマケ』みたいなもの。大抵の人の宿り神なんてそんなものだし」
「……そうかもしれねえでやすが……、ハマグリじゃ……」
里の者たち相手とは言え、ハルはカシロウの替わりに稽古を付けられる程の剣術の遣い手である。
やはり思うところもあるだろう。
「分かんないよーハマグリも。蟻んこの宿り神を宿したクセにやたら力の強い人も居たりするし、ハマグリにも凄い神力があるかも知れないよ」
「……はぁ、ありやすかね、ハマグリにも……」
どうにも納得がいかない様子のハルに対して――
「ま、神力の大きさのレア度で言えば、ヤマノさんの鷹は一握り、僕の白虎は一
――そう言った天狗がカシロウへ向き直る。
「それはそうとトノの事なんだけどね。僕なりに考えたんだ」
「伺いましょう」
この丸二日、天狗は色々と考察を進めていたらしい。
なぜカシロウの鷹だけが意思の疎通が取れ、触れ合えるのか。
「多分だけど、ヤマノさんとトノの
天狗の考察はシンプルながら説得力を感じさせた。
――普通ならば何代も宿主を経て成長する宿り神であるが、カシロウの鷹トノは宿り神に
加えて前世において主従の間柄であった事も
「成り立ての宿り神ってのは、僕の長い人生でも初めて見たからね。そうじゃないかっていう程度だけど」
そう天狗が言い終えると共に、カシロウの背からバサリと羽を広げた鷹が姿を見せて主人の肩へと留まった。
「ちょ、トノ! 勝手に姿を現してはいけませぬ!」
「……勝手に顕現さえできちゃうんだ……」
トノの前世は勇猛果敢、武事に優れた武将として名を馳せたが、細やかな政務も務める武将であった。
しかし、カシロウから見ると以前よりも少し子供っぽくなった気がしている。
『……………………』
「そうは言いましても、知らぬ者が見たら驚きますでしょうに」
『……………………』
「……ええ、まぁこの場では特に問題ありませんが……」
興味津々な顔の天狗とハルさん。さらに若干拗ねた顔のヨウジロウ。
「ヤマノさん、トノなんだって?」
「お初にお目に掛かりやす! ハルと申しやす!」
「父上ばっかりズルいでござる。それがしの竜も出てきてくれれば良いのに」
「皆が自分の話をしてるから出てきた、だそうです」
目をキラキラさせた天狗が自分の額をパシンと叩いて――
「かーっ! 自由! そんな自由な宿り神初めてだよ!」
――嬉しそうにそう声を上げた。
実際のところ、天狗の白虎でさえ自我というものは基本的にない様に見える。
そもそも宿り神にとって、宿主というのは自分が成長する為の
「トノ、今回は良いですが、トザシブに戻った際にはこの様な振る舞いはお控え下さい」
『……………………』
「いや、だからそれは謝ったでしょう。そんなに根に持たなくてもよろしいでしょうに」
「今度はなんだって?」
「まだ怒ってるんですよ。四十年近く、鷹の正体がトノだと私が気付かなかったものですから」
トノ視点では、この世界で自分の存在に気付いた頃から、ほとんど同時にカシロウの存在に気付いていたらしい。
いつ自分の存在に気付くかとワクワクして待っていたのに、一向に気付く気配が見られない。
二十八年も待って、ようやく存在に気付いたかと思えば、それは
トノにしてみれば果てしない肩透かし。
よもやそこから十年も正体に気付かないとは思いもせず、二年前にようやく気付いた際には飛び上がらんばかりに嬉しかった。
が、嬉しそうな姿を見せるのも
やはりカシロウが抱いたように、前世に比べて子供っぽくなっているトノであった。
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