第20話「帰国の途へ」

 魔術とは、その身に宿る宿り神の特性によるものらしい。


 例えば序列七位ヴェラ・クルスで言うならば、光の魔術と水の魔術が得意だが、土や闇の魔術は得意ではない。

 その得手不得手が、彼女に宿る宿り神の特性によるものだと天狗が言う。



「それでは私にも、私の鷹にもその、得手不得手さえ無いと?」

「そうなのよ。まー結構いるから、そういう人」


 確かに魔術を使えない者はそこそこいる。


 フミリエ義母は使えるが、フミリエ同様に魔人であるユーコーも、人族であるハルも使えない。

 しかし人族のクィントラは使える。


 魔人族だから人族だから、という事ではないらしい。



「宿り神というのは誰にでもいるんですよね?」

「いるよー。もちろん力の大小に差はあるけどね」


「魔術が使えない者は基本的に才能がない、という事ですか?」

「使い方が分かってないケースもたまにはあるよ。大人になってから突然使える様になる人もいるし」


 ――そう言えばヴェラは大人になってから使える様になったんだったか。


 カシロウは先程も引き合いに出した同い年の同僚を思い出す。


 ――ヴェラが魔術を使える様になった時は、私もいつか使える様になれるかも、とワクワクしたものだったが……。


 少し肩を落としたカシロウが、パンっと頬を叩いて顔を上げた。


「分かりました。魔術については忘れます。それでもヨウジロウを止められる様、ご指導よろしくお願い致します」


 深々と頭を下げたカシロウに――


「オッケー。任せといて」


 ――親指と人差し指で丸を作った天狗が、実に天狗らしい軽い返事を返した。




⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎


 カシロウは里長夫妻が用意してくれた新しい襦袢じゅばんに黒の着物を羽織り、素鼠色すねずみの袴の帯をギュッと締め、これまた新しい足袋を履いた。


「どうぞ」


 ふすまの向こうにそう声を掛けると、すらりと開いた襖からヨウジロウを抱いた天狗と里長夫妻が顔を覗かせた。


「ほうほう、これは良く似合っておられます」

「サイズも丁度だね」

「そりゃぁそうですよ。アタシが見繕ったんですから当然ですわ」


 賑やかな三人と共に、ヨウジロウも朗らかにキャラキャラ笑って手を叩く。


 カシロウは僅かに気恥ずかしげにしながらもヨウジロウを受け取り、おんぶ紐を使って自らの胸に固定し頭を下げる。


「この服や食事、何から何までお世話になりまして……、この御恩はいつか必ず――」


「良いの良いの、このくらい人として当然なんだから」


 明らかに里長夫妻に向けられたカシロウの言葉は天狗に遮られた。


 一瞬ちょっと不服そうな顔の里長だったが、もう既に慣れっこなのだろう。特にそれについて明言する事はなかった。



雪駄せった以外の服はズタボロでしたから処分致しました」

「本当に何から何まですみません」



 土間に揃えられた愛用の雪駄を履き、里長夫人から受け取った外套マントを纏った。


「ただの裾の長い道中合羽と思っていましたが、使ってみるとマントは具合良さそうですね」


 道中合羽とは、餡子あんこの詰まったパンが主役のアニメでおむ◯びマンが羽織っているアレだ。


 って言ってもコレ、の彼から聞いた話なんだ。だから僕にはちょっとわからないやつ。



「魔王国軍の外套コートは刀を外套コートの外に差さねばならず旅装としては使い勝手が悪いですが、この外套マントならばひるがえすだけで良いのでいつも通り袴の帯に刀を差すことができる。それに柄袋もいらない」


「ヤマノさんもコートなんて着るの? こないだは着てなかったけど」


「着ません。刀を差すには帯が必要ですから」

「コートの前を閉めなきゃ良いんじゃない?」


「そんなみっともないこと私はしません。こちらの世界においても、私は侍ですから」


 理屈は良く分からないが、やけに気に入ったらしいマントを二度三度と、翻しては柄に手を添えスムーズに刀を抜けるか試すカシロウ。


「こんなとこで抜いちゃあいけないよ」

「あ、これは失礼しました」



 カシロウは改めて姿勢を正して頭を下げた。


「では、お世話になりました。一旦トザシブに帰って近いうちにまた戻ります」


「あぁ、行ってらっしゃい。待ってるよ」



⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎


 ヨウジロウを胸に抱いたカシロウは天狗に教わった道順で森を抜ける。


 丸二日間も彷徨い歩いても見つけられなかった天狗の里は、出る際にはこれと言って変わった事は無かった。


 しかし訪れる際には、目印になりそうな岩や木、その多くが逆に目眩めくらましになる様な、見る角度が少しずれるだけで先程とは違う岩に見えたり、異なる岩が同じ岩に見えたり、複雑な手順を踏まねば辿りつかない仕組みとなっていた。


 なるほどなと、自分が彷徨い歩いた理由にカシロウは合点がいった。



 森を抜け、天狗山の麓が近くなった折、数日前に良く聞いた濁声だみごえに呼び止められた。


「見つけたぜぇ、このチョンマゲ野郎!」

「おお、お主か。先日は済まなかったな」


 行く手を阻むのは、ゴツい体にひげまみれの顔、先日の山賊親分とその一味だった。


「済まなかったで済むけぇ! 死んじまったヴォーグの仇を討たせて貰うぜぇ! 野郎ども、掛かれぃ!」


 カシロウはマントを大きく翻し、腰を落として柄に手を掛け――


「この間の私と同じと思うな。返り討ちにしてやろう――、と言いたいが。悪いな、急いでるんだ」


 ――る素振りを見せたが抜かず、落とした腰を戻して駆け出した。


 駆けた先は山賊どもの群れの中、山賊を一人選んで肩を押す。押した分だけ空いた隙間に自らの体を進ませる。


 流れる様にそれを繰り返し、一人、二人、三人、四人、山賊親分、六人、七人……


 全体の半数ほどの山賊の肩を一度ずつ手で押しながら進んだ結果、カシロウの行く手には一人の山賊も居なかった。


「では、またどこかでな」


 そう言い残し、カシロウは山賊に背を向けたまま走り出した。



「……そうは行くかよぉぉ! これでも喰らえやぁぁ!」


 唸りを上げる巨大な炎弾がカシロウ親子目掛けて飛ぶが――


「無駄なことだ」


 ――カシロウがマントを翻し、振り向きざまに兼定二尺二寸を一薙ぎするだけで、炎弾が上下二つに分かれて霧散した。


「ヴォーグの事は悪かったと思うが、喧嘩を売ったのはお主らだ。それ以上の謝罪の意思はない」


 ぐっ、うっ、とひるむ山賊たちに向け、尚もカシロウが言い募る。


真っ当まっとうに生きよ。次また出会う時には、お天道てんと様に顔を向けて歩いて見せよ」



 カシロウは山賊たちに背を向けて一言。


「またな」


 そう声を掛けて恐ろしい速さで駆け出した。

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