第69話 合理的ハメ技!

 言い放つと同時に、迫り来るのはさっきの倍は大きいであろう雷。まるで神話に出てくる怪物のように、三つ首の雷は螺旋を描く。


「この空間に来た中で、俺に勝った奴はただ一人もいねぇ! 人間だろうと、フロアボスだろうとな!」


 ってことは、この人は単独でゴーレムクラスのモンスターを倒したのか。これはプロも放っておかないだろうな。


 でも……まだ合理的じゃない。


「よほど自信がないみたいだ。過剰にスキルを撃つなんて」


 こんなにたくさん雷を広げる必要はない。やるならもっとスマートに、一撃で終わらせる方が合理的だ。


 不知火は過剰にスキルを使っているせいで、発動に時間がかかっている。だったら、こっちも時間をかけて攻撃の準備をすればいいだけだ。


「<ラショナル・ワン>」


 時間をたっぷり使った一撃。圧倒的火力の矢と、渦巻く雷たちは空間の中心で激しくぶつかり合った。


 二つの力が混じり合うその一点で、エネルギーが収縮していく。まるでブラックホールのようだ。


 集まり、密度を高めていくエネルギー。それはある瞬間、一気に膨張して爆発を起こした。


「くっ……!」


 あまりの力に、不知火は身構える。しかし、風に吹き飛ばされて空間の見えない壁に叩きつけられた。


「たった一撃で無効化されたか……だが、まだ!」


「いいや、チェックメイトだ」


 不知火が壁に背中を付けている。その状況こそが、僕の勝利を告げている。


 だって、不知火の眼前に今迫っているのは――、


「チッ、もう矢を撃ってきてやがるのか!」


 僕が放った5本の矢は、不知火の5体に当たると、彼の体を壁に押し付けた。


「ぐはァ!」


 不知火は【必中】の効果で避けることが出来ない。そして、攻撃を受けた彼に再び迫るのは――、


「またか!?」


 また、5本の矢。それは彼の体をまたしても壁に叩きつけた。


「しゃらくせえな! 何回もカスみたいな攻撃を――」


「おっと、喋ってる余裕はないですよ?」


 僕が放つ矢は、一定間隔で次々と不知火を襲っていく。彼が立ち上がるかというところで着弾していく矢は、彼に休む時間を与えない。


「まさか……これが!」


「そう。これが僕がずっとやりたかった技――名付けて、『合理的ハメ技』!」


 小学生の頃、少しだけ格闘ゲームで遊んだことがある。


 何人かのキャラを使ってみて、最後に僕がよく使うようになったのは外国人野球選手のキャラクター、『トム』。


 彼は主にバットを振り回して戦うキャラなのだが、僕がそれ以上に注目したのは、彼が投げるボールだ。


 ボールは大したダメージにならないが、当たると敵の体を吹っ飛ばすことができる。これを一定のタイミングで行うと、敵が立ち上がることが出来ず、壁にぶつかり続けるという動作をするのだ。


 当時の僕は、これを『ハメ技』と呼ぶことを知らなかった。

 それに、この戦法は長くは続かなかった。トムは肩が弱いのか、ボールのスピードは遅く、熟練したプレイヤーにはそもそも躱されてしまう。


 結局、そのゲームには飽きてトムに会うことは2度となかった。しかし、僕の中にはずっとあったのだ。


 トムの志を継ぐ――合理的な、本物のハメ技を、僕自身がやってみたいという思いが。


 僕の矢は【必中】の効果で躱せない。どう対策しても、同じように当たり、壁にぶつかってしまう。

 そして、その繰り返しの行き着く果ては――、


「ざけんじゃ、ねえ……!!」


 不知火は既に100発近い矢を受けており、既に立ち上がることも出来なくなっている。かなり憤っているが、息を切らし、体は既に限界を物語っている。


「さっき、アーチャーが弱い理由を言ってましたよね? 僕も概ね同意です。アーチャーは自身も、周囲も、扱うにはあまりにも癖があるジョブだ」


 不知火は連続で矢を受けながらも、何度も、何度も立ちあがろうとする。だが、その度に矢によって転がされ、ついには僕を見上げて睨むことしか出来ていない。


「でも、だからといってアーチャーが誰にとっても弱いわけじゃない。加護などの条件で、最強になれるチャンスはある。あなたの敗因は、弱い者を無駄だと切り捨て、よく検討しなかったこと」


「ち、くしょうがああああああ!」


 不知火が叫んだ瞬間。彼の体を半円状のバリアが覆った。それはウォッチが持つ防御反応だ。


「僕の勝ち、みたいだね」


 僕は自分の腕のウォッチを見る。得点は合計で5875点。


 同時に、不知火によって作り出された空間に裂け目が生まれ、そこから光が刺してくる。数秒後、天井に生まれた一筋の裂け目は一気に広がり、元の森が姿を現した。


「英夢くん!」


「影山くん!」


 聞こえてきたのは、比奈と冬香の声。二人はしばらく驚いた様子だったが、僕がウォッチの数字を見せると、状況を飲み込んだようだ。


 さて、僕の仕事は終わりだ。あとは他の皆になんとかしてもらうか。


「はい、譲渡」


 僕がウォッチを操作すると、ポイントが一気に減り、最後には『1』だけが表示された。


 そして、僕が持っていたポイントは――、


「えっ、私ですか!?」


 冬香のウォッチに譲渡された。


「終わりまで後30分だ。それまで冬香がポイントを守り抜けば青組の優勝」


「いきなりそんなこと出来るわけないじゃないですか! に、逃げなきゃ……」


「でも、皆はそうじゃないみたいだよ?」


 僕が指した方には、残った青組の生徒たちが集まっていた。始まった時とはまるで雰囲気が違い、赤組の生徒を睨み据えている。


「俺たち、もしかしたら優勝できるかもしれないぞ!」


「しかもポイントを持ってるのは史上最強の白魔法使いだ!」


「なんとしても、あの一年生を守るぞ!」


 案外、本当のバフとはこういうことなのかもしれない。存在するだけで現場の士気を上げられる人間とは貴重なものだ。


「さて……僕は久しぶりに散歩でもしようかな」


 森の匂いは好きだ。安っぽい入浴剤の匂いとはまるで比べ物にならない、どこか心安らぐ感じがする。


 僕は大きく深呼吸をした後、柔らかい土を踏み締める感触を楽しむ。




 体育祭、一件落着――と。


 ちなみに冬香と比奈は青組の仲間と一緒に戦い、優勝を掴み取ったらしい。

 友達もいっぱい出来たそうだ。めでたしめでたし。

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