詩集、晩翠

半月 工未

【短編】1・来客

 街から外れた山道を抜けるとその先に、人々の噂する家がありました。

 噂というのは大抵有りもしない風評です。ひとりの新聞配達員の証言が雪だるま式に広がって、今や事実は忘れられ、更には子どもを山に近付けさせないための都合の良い迷信にまで発展しました。

――あの山には幽霊が出る屋敷がある

 そう言い聞かせられて育った大人がまた自分の子どもに同じことを伝えます。実際に家を訪れた新聞配達員の家庭ですらも話題に挙がったほどでした。

 そんなへ続く山道に、小さな足跡がつきました。

          ***

 冬のはじめのことです。山奥のログハウスに住む男のもとに来客がありました。玄関扉をコンコンとノックする音でした。

 客はいつもこうしてやって来ます。それは件の新聞配達員で、男は彼と仲が良かったのです。この日は一週間も前から配達員に頼んで、夜になったらワインを届けてくれるように約束していました。男の妻の命日でした。

 男はテーブルに二人分の食事を並べている最中です。ちらと時計を見遣みやって、やっと来たかという口調で、

「入りなさい」

と返事をします。

 扉が押し開かれて、しかし入ってきたのは別の客でした。

          ***

 はじめ配達員が自分の娘を使いに寄越よこしたのかと男は考えましたが、話に聞く限り配達員が長女を儲けたのは少なくとも2年前で、目の前にいる少女はそれより3つ4つ年上に見えます。なにより肝心のワイン瓶を持っていないことを思うに、男にとってこの少女は予期せぬ来客に違いはありません。

 ところがこの来客を男が追い返さなかったのは、その顔にかすかな見覚えがあったからです。

 金髪ブロンドに透けて見える白肌、こずえの手指、長い睫毛まつげの奥に秘めたひまわりの虹彩。挙げればあげるほど亡き妻へと似通っていき、もはや生き写しかと惑った挙句に男は口を開きました。

「君かい」

 少女は頷きこそしませんでしたが、男は確かに信じた様子で、ご馳走の並んだテーブルに少女を案内すると、自分と向かいの椅子を引いてあげました。

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