第20話 王宮魔法使い サニーライト

 数日、王宮魔法使いと会えることになったとエイベルから連絡があり、男爵夫妻と王宮へと向かった。王宮には執務部門、訓練所のほかに魔法使いの集う塔も建てられていた。その一室に招かれた。

室内には既に魔法使いのローブを着た麗しい美女が佇んでいた。エイベルが彼女に挨拶をした。

「王宮魔法使い一席のサニーライト師。お忙しい中、自分の申し出に快く快諾していただき嬉しい限りです」

 彼が見事な貴族の礼をしたので私も習ったばかりの貴族令嬢の礼をなんとかやってみせた。私の中身がアニー隊長だと話してからローナ夫人は私に貴族令嬢のマナーをつけさせようと頑張ってくれている。

「コートナー卿とお会いするのは久しぶりですね。元気そうでなによりです。お父上にもよろしく申し伝えてくださいな。それで、彼女がその、魂か意識が他人のもと入れ替わっているという珍しいケースなのですね? ……あなたは今、アニー隊長の記憶の方かしら?」

 サニーライト師はエイベルにそう話しながら私にも尋ねてきた。彼女の視線を受けると何だか背中がゾクゾクしてきた。あとからそれは魔力の圧力だったと気がついた。

 私は黙って頷くと改めて説明をさせてもらった。

「初めまして、サニーライト師。どう話せばよいのか、この体はソードラーン男爵令嬢のメルティアのだ。私は第三騎士団のアニー・フィードだと思う」

「とりあえず立ち話も何ですから、こちらへ」

 サニーライト師は部屋にあるソファーを指し示した。

「それで、どうしてそのようなことになりましたの? きっかけとかは」

「あの日、メルティア嬢は頭を強く打って意識を失った。同時期に私も酔って転落して頭を打って亡くなっていたらしい。それぐらいしかきっかけは思い当たらない。それに以前に彼女は占い師から手に入れた願いを叶えるネックレスを購入してアニー隊長になりたいと強く願っていたそうだ。私は、家に着いて眠ったはずが起きたら、メルティア嬢の体の中に……」

 そう話していると最後に階段から落ちる場面を思い出してしまって身を竦めた。エイベルがそっと私の肩を安心させるように抱き寄せてくれた。

「ふむ。確かに。このネックレスの残存ずる魔力はあなたのではなく、メルティア嬢のものですね」

 考え込むように話すサニーライト師に私は尋ねた。

「では今のメルティア嬢はどうなっていますか?」 

「そうですね。……街の占い師の話した通り、メルティア嬢の魔力の力によりアニー隊長の魔力と意識が絡めとられたようです。それがなければ点…アニー隊長も体に留まることができて、死ぬこともなかったでしょう。それで、あなたは何を望みます?」

 サニーライト師の言葉に私も少なからず動揺した。

 それでも私はなんとか言葉を紡いだ。

「……メルティア嬢の意識の覚醒、そして私はその際どうなるのか知りたい」

 変な話だが既に私は埋葬されている。メルティア嬢が覚醒することは喜ばしいが、私はどうなるのか。

「そうですわね。メルティア嬢の意識の状況は……。目覚め去るとアニーさんの場合……」

 サニーライト師はぶつぶつと呟くと考え込んでしまった。

 思わずぎゅっと肩に置かれていたエイベルの手を握ってしまった。

「それではステータスの鑑定をすれば今現在のメルティア嬢の状態が分かると思うのでよろしいかしら?」

 そうしてサニーライト師は私に手を翳した。暫くして、

「……、これをお知らせしても大丈夫かしら?」

 掠れた声でサニーライト師が呟いた。誰かの嚥下した音が部屋に響いた。男爵夫妻は黙って見守っている。

 私とエイベルは見合わせて頷いた。

「お願いします。それがどのようなことになっていても私は受け止めようと思います」

「それならば……」

 躊躇しつつサニーライト師は重い口を開いた。

「結果から言いましょう。その体および魂はメルティア嬢のものです」

 男爵夫妻からああと言う声が漏れた。サニーライト師は男爵夫妻に頷いてみせた。エイベルは体を強張らせていた。

「……では、メルティア嬢の体なのに。今はアニー隊長の意識や記憶しかないというのはどういうことなのですか?」

 エイベルが震える声で尋ねる。

「……非常にレアなケースでとしか言えませんが、メルティア嬢の強い願いがアニー隊長の魂の記憶をコピーして自らに刻み込んだようですね」

「はっ……」

 私は息苦しくなり、胸元を抑えると心配したエイベルが背中を抱き込むようにしてきた。

 私はアニーではなく、メルティア嬢だと……。では、この記憶は、意識は……。

「ですが、メルティア嬢の記憶や意識はありませんっ」

 私が辛うじてそうサニーライト師に申し立てた。エイベルや男爵夫妻は私とのやり取りを黙って見守っていた。

「……アニー隊長の記憶が強く出てしまっているのでしょう。記憶の上書きがなされてしまったからでしょうね。このようなケースは殆どないので詳しくは……。ただ、メルティア嬢の記憶の掘り起こしなら私でもできそうね。そうすれば二人分の記憶が融合しますよ。やってみましょうか? 絶対という保証はないけれど」

 サニーライト師の申し出に私はどうしたらよいのか分からず黙り込んだ。

 私は記憶だけの存在なのか?

 エイベルが悲痛な声で尋ねた。

「……そうしたら、アニー隊長はどうなるのです?」

 サニーライト師は気の毒そうにエイベルに返した。

「元々は……。もう記憶だけの存在です」

「くっ」

 サニーライト師の言葉は部屋を重苦しいものに変えてしまった。

 記憶だけの存在なら私の行動はメルティア嬢のものなのか?

「急ぐことはありません。それに成功するかも分からない」

 そう言うとサニーライト師は忙しいのか我々に退室を促した。私以外は急ぐこともないだろうと腰を浮かせた。

「いえ、メルティア嬢の記憶との融合をしてください。このままではメルティア嬢が困ることになる。その記憶の上書きとやらでメルティア嬢の意識や記憶が戻るなら、私はそれで構わない」

「アニー!」

「アニー隊長」

 エイベルと男爵夫妻が私を見ていた。サニーライト師は私に隣室へ続く扉を指し示した。

「では、ここではやりにくいので奥の研究室で、ああ、アニーさん。いえ、メルティア嬢だけでお願いするわ。他に人がいたら気が散ります」

 一緒に行く気だったのかエイベルから悲痛な声が上がっていた。

「そんな! アニー!」

 なんだかずっとエイベルには苦労をかけている。

 申し訳ないが、何も返せないままだったな。

 そういや、エイベルのところには私の墓もあるんだな。一度訪ねさせてもらうべきだったか。

 私は止めようとするエイベルの手を握りしめた。

「エイベル。今までありがとう。何も、お礼も返せなかったな。ただ……」

 端正なエイベルの顔が歪んでいる。泣いていなくて良かった。

「そんな、ただ、俺がそうしたいだけで、アニーが、アニー……」

 言葉に詰まった。泣くなとは言えない。これで最後かもしれないから。

「エイベル、私のあの誓いは変わらない。お前のものだ」

 それだけ言うと私はサニーライト師の後に続いた。最後は振り返らなかった。

「あなたをもう一度失うのか……」

 そんな言葉が聞こえた気がした。

 今なら分かる。

 どうしようもないほどお前を愛していた。

 それを告げることもなく。

 もう伝える術もなく。

 私は彼に背を向けて部屋を出た。

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