04. Continue:01-2
「『魔王』!」
「む」
結果として、勇者アクセルが「玉座の間」の扉を開けて中にいる『魔王』シェドザールに叫んだのは、夜が明けて空もすっかり白んだ頃だった。
「玉座の間」には窓がない。今が一日経過したレベルで時間が経ち、シェドザールが玉座の間で悶々とするままアクセルの到来を待ち、あくびを噛み殺すどころか船をこいでいた事実も、アクセルは知らない。
先程までうつらうつらしていたのだろう、目を数度瞬かせながらゆっくりと立ち上がり、肩を回しながらシェドザールが笑う。
「ほほう、これはこれは。まさか
「……」
その言葉に、ぎり、と奥歯を噛みながらアクセルが真正面に立つ相手を睨みつける。
だがシェドザールも知らないのだ。アクセルらが丸一日かけて魔王城で魔物の討伐を繰り返し、
こちらもこちらで不眠不休で戦い続け、眠気にも抗いながらレベルを上げ続け、
「俺は、俺たちは、負けるわけにはいかないんだ! 行くぞ!」
「ふ……よかろう!」
自身を奮い立たせるために叫ぶアクセルに、シェドザールも口角を持ち上げる。始まる「最終決戦」、口火を切ったのはアクセルだった。
「はぁぁぁっ!」
「むっ……!」
一足踏み込んで、矢のように飛び出すアクセル。その動きにシェドザールが目を見開いた。
結果としてアクセルの聖剣はしっかりとシェドザールの肩を捉え、その身体を袈裟に切り裂いた。裂けた肉からどばっと血と炎が溢れ出す。
「なるほど、なかなかやってくれる」
「よ、よし……!」
目を見開いたままシェドザールは満足そうに笑っている。だがその口からも血が溢れ出していた。かなりのダメージが入ったことは間違いない。
だがこの一撃で決着がつくはずがない。肩の傷は炎で焼き潰し、口からの血は拳で拭ったシェドザールが改めて前を向くと、そこには
「む……!? いない、どこだ!?」
忽然と消えた勇者とその仲間。先程に自分に斬りかかったアクセルに意識が向いていたにしても、『魔剣士』エマと『聖女』ジャンヌが見当たらないのは明らかにおかしい。
どこだ、と視線を巡らせ、気配を探る中で一瞬、シェドザールの動きが止まる。その瞬間だ。
「おっらぁぁぁぁ!!」
「ぐ、お……!!」
背後。
柱の陰から飛び出したエマが「
山を割るほどの切れ味を持つ、との逸話を持つ魔剣だ。魔王の纏う鎧程度、絹を裂くかのように切り裂ける。
さしものシェドザールも胴体を真っ二つにされたら立っていられるはずもない。どう、と玉座の間の床に倒れ込みながら、身体から炎を噴き上げた。
エマがシェドザールの返り血を浴びたのもそのままに、勝ち誇ったかのように拳を握る。
「っしゃ、どうだ! 分かんなかっただろ!」
「作戦大成功ですわ、エマさん!」
同じく柱の陰に隠れていたジャンヌが、こちらも嬉しそうに親指を立てた。
これもまた作戦だ。まずアクセルに突っ込ませてそちらに意識を向けさせ、その隙にエマとジャンヌは身を隠してシェドザールの背後を取り、アクセルの攻撃を受けた後のシェドザールが隙を見せた瞬間に突っ込む、という作戦だったのだ。
突入後にアクセルしか喋らなかったことも作戦のうち。結果としてシェドザールはまんまと策にはまり、手痛い一撃を食らったのだ。
シェドザールの死角に回り込んでいたアクセルも飛び退いて立ち上がり、ぐっと拳をエマに向けながら笑った。対してシェドザールは床に這いつくばったまま、血を吐きつつ荒い息を吐いている。
「おのれ……
「まだまだ!!」
「行くぞ、『魔王』!!」
荒々しく吠えるシェドザールに、アクセルもエマも一気呵成に攻めかかる。胴を断たれて動かないながらも、全身から燃え盛る炎を操ってはシェドザールも果敢に立ち向かい、二人の行動を迎え撃っていた。
だが勢いは完全に「勇者」の側にあった。揃いも揃って寝不足だが、勢いと流れは間違いなく傾いている。そうでなくとも全く無傷で魔力も満ち満ちているジャンヌの支援が十全に働いているのだ。程なくしてシェドザールは全身から上る炎も小さくし、余す所なく傷を負って両手を石床についていた。
「はぁっ、はぁっ……!」
「フーッ、フーッ……ッ!!」
石床と絨毯が、流れ出した血に染まり、微かに炎を揺らしている。もはや「魔王」の生命は風前の灯どころか、風にあおられる砂粒のようだ。
勝てる。
「いける……いけるぞ、皆!」
「ええ、あと少しですわよ……!」
聖剣を構え直すアクセルに、ジャンヌが回復魔法をかけて後押しする。今更不要かもしれないが、念には念だ。
しかして、エマとジャンヌが揃ってアクセルの名を叫ぶ。
「アクセル!!」
「アクセル様!!」
その言葉にはじき出されるように、アクセルの足が再び石床を蹴る。狙いはうなだれたままの、シェドザールの首だ。ぐ、と身体をねじり剣を振りかぶる。
「最期だ、『魔王』!!」
「ッ――!!」
迎え撃とうと前を睨むシェドザール。しかし身体に力が入らない。がくん、と腕の力が抜け、左の肩が石床にぶつかったその時だ。
「おぉぉぉぉぉぉぉーーーーーっ!!」
裂帛の気合が玉座の間に響いた。そして研ぎ澄まされた刃がシェドザールの首をまっすぐ捉える。身体のねじりを戻す力を加えて一気に剣を振り抜くや、炎狼の首が血を散らしながら宙を舞った。
「ガッ……ハッ……!!」
喉に溜めていたのだろう息が、牙の生え揃った口から漏れる。てん、てん、と床を転がり、絨毯の上で動きを止める「魔王」の首。切り離された身体の方は、床に倒れ込んだままでピクリとも動かない。
「や……」
「やった……!!」
魔王の首が、身体が、動かないことを目の当たりにした三人は、ようやく掴んだ勝利を確信して破顔した。
勝ったのだ。「勇者」が「魔王」に。
疲労困憊ながら喜びを分かち合うアクセル、エマ、ジャンヌ。しかしそこに、響く声があった。
「フッ……フ、フ、フ……」
「えっ――」
それは絨毯の上に転がったままのシェドザールの
「まだ生きている、だって……!?」
「そんな、首を落としたのですよ!?」
エマとジャンヌが驚きに目を見張り、転がっていたシェドザールの首を拾い上げる。エマの手に持ち上げられたシェドザールの瞳からは光が消えかかっていたものの、確かに僅かながら息があった。
「勇者」三人の顔を間近に見ながら、シェドザールが小さく笑う。
「『魔王』たるもの、首を落とされた、程度で……死ねるわけでは、ない、ということよ」
途切れ途切れの弱々しい声で、それでも自嘲するかのようにシェドザールが笑う。なるほど、確かにそうかもしれない。「魔王」も「魔王」で人間の、世界全体の敵。敗北してなお言葉を交わさずに死にゆくなど、許されないものなのだろう。
残り僅かな生命を振り絞るかのように、シェドザールがアクセルに呼びかける。
「だが……これで、『勇者』による『魔王』討伐は、成された。吾輩も、もうじき死す……」
「『魔王』……」
その声には称賛と、僅かながらの尊敬とが見て取れた。
「勇者」によって「魔王」が討伐されること、それは即ちこの世界が平和になること、人間が魔物に脅かされる日々が終わることを意味する。残った魔物がどれほどいるかも分からないが、「魔王」の死によってじきにそれらも死ぬだろう。
こほっ、と小さな咳を吐いて、シェドザールが最期の言葉を紡ぐ。
「国に帰り、誇るが、っ、いい、『勇者』アクセル。貴様は、
消え入るようにアクセルを讃える言葉を遺し、シェドザールが目を閉じる。その目が閉じられるより先に生命の終わりを迎えたのだろう、瞳から光が消え、呼吸も完全に、止まった。
シェドザールの頭を玉座の上にそっと安置し、アクセルはただただ、静かに立ち尽くしていた。
「……」
「死んだ、わね」
「ええ……もう、心臓も動いておりませんわ」
エマもジャンヌも、どこか空しさを感じながら応える。シェドザールの心臓はとっくに動いていないが、少なくともこれで、「魔王」は死んだ。
確認するように、アクセルが呟く。
「俺たちの使命も、これで終わりか」
「そうね。『魔王』は死んだ。魔物との争いも……これで終わりってこと」
エマもその言葉に頷きながら、ど、っと床に腰を下ろした。大剣を支えにして立つ元気も、もはや無い。
戦闘が激しかったことも去ることながら、この三人はちっとも寝ていないのだ。溜め込まれていた疲労がここで一気に噴き出す。
「っく……くそ、ギリギリだったな。ずっと戦いっぱなしだったから、眠い」
「そうねー、あぁ、頭がガンガンする」
頭を抑えながら息を吐くアクセルに呼応するようにエマも額を抑えた。勝ったからいいが、正直身体はもう限界だ。さっさと城を出て休みたいが、城の外まで眠気を我慢できる気がしない。
ジャンヌもジャンヌで眠気の我慢が効かないようで、疲れ切った顔で二人に提案する。
「でしたら。王国に帰る前に休んでいきませんこと? 確か道中、魔王軍の宿舎がありましたでしょう。そこなら眠れそうですわ」
「確かに、そうだな」
「あーあ、久しぶりにゆっくり眠れそうだわ」
そう話しながら、三人はお互いを支え合って「玉座の間」を後にする。玉座に安置されたシェドザールの頭だけが、ただ飛び回るフライアイズの眼に映し出されていた。
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