20. 新たな一面

 晴れ晴れとした空の下、僕は馬車に揺られていた。

 街道沿いには春の花が見られ始め、いよいよ冬の終わりを予感させる。

 新たな出発にはうってつけの日和ひよりだ。


「マリオ様。そよ風が心地よいですね」

「そうかな?」

「そうです!」

「いつも通りな気も……」

「いいえ。こんな気持ちの良い風は今まで感じたことがありません!」


 隣ではシャナクがはしゃいでいる。

 まるで子どものように振る舞う彼女に、荷台に乗っている他の客達が怪訝な眼差しを向け始めた。

 同乗者として、ちょっと恥ずかしい。


「シャナク様。少しは落ち着いて!」

「あっ。ご、ごめんなさい」


 落ち着きのないシャナクを、たまらずマリーが注意した。


 どこからともなく聞こえてきた声に、乗客が不思議がって辺りを見回している。

 彼らにマリーの姿を見つけられないのも当然だ。

 なぜなら、彼女は頭だけで僕の鞄の中から喋っているのだから。


「シャナク。今日はずいぶん機嫌がいいね」

「そうですか?」

「うん。それに……なんだかちょっと雰囲気が違うみたい」

「そ、そうですか……?」


 シャナクが困った顔をしている。

 彼女自身、自分がいつもとどう違うかわかっていなさそうだ。


「ご主人様のおかげで人間らしさが戻ったんですかね」

「さぁ……」

「ちゃんと責任取ってあげてくださいね」

「な、何の!?」

「わかってるくせに」

「……っ」


 マリーが変なことを言うものだから、僕は顔が熱くなった。


 その様子を他の客に見られて、またも訝しげな視線を向けられてしまう。

 旅の恥は掻き捨てと言うけれど……なかなかにキツイ。

 これもシャナクの招いた不幸なのだろうか。


 その時、突然馬車が停まった。


 急な停車で僕を含めた荷台の乗客が一斉に波打って転げてしまう。

 例外は、急停止でも微動だにしなかったシャナクだけだ。


「マリオ様。ご命令を」

「え!?」


 シャナクが正面を見据えているので、その視線を追って前を向いてみると、街道の先にゴブリンライダーが並んでいるのが見えた。


「盗賊!?」

「も、モンスターだ!」

「助けてぇぇぇ!!」


 ゴブリンライダーの姿を見て騒ぎ立てる乗客の面々。

 そんな中、冷静なのは僕とシャナクだけ。


「行け、シャナク。あまり派手にやらないように」

「承知しました!」


 シャナクは僕に笑いかけた後、荷台を蹴って馬車の前へと飛び出した。

 彼女は目にも止まらぬ速さでゴブリンライダーの列に突っ込み、奴らが得物を構える前に全員の首を刎ね落としてしまった。


 キャンディケインの人達からお礼に貰ったマギアソード(※魔力のこもったロングソード)があるのに、それを抜かずしてまたも手刀で……。

 勇者の闘技って武器なしでも本当に強いな。


 伏兵がいないことを確認した後、シャナクは僕へと満面の笑みを向けてくる。

 まるで褒めてくれと言わんばかりの顔に、僕は苦笑いしてしまう。


「やっぱり変わりましたよね、シャナク様」

「だね。なんでだろう?」

「それは昨晩のことがあったからでしょ」

「……っ」


 そのこと・・・・を思い出して、また顔が熱くなった。


 あれはなんというか、その場の雰囲気に流されてしまったというか、僕も男だったというか――否。言い訳はできないな。


「でも、すっかり寒くなくなったようで、よかったじゃありませんか」

「そ、そうだね」


 今朝起きたら、シャナクは僕の隣で寝ていた。

 今まで眠ることのなかった彼女が普通に寝顔を晒しているのを見て、僕はシャナクが生き返ったのではと思った。

 でも、そうじゃなかった。


 やはり彼女の心臓は止まっていたし、呼吸もしていない。

 体には人肌ほどの温もりはないものの、昨晩ほどの冷たさはなく、肌に至っては張りがあって柔らかかった。


 動く死体――そう言わざるを得ない彼女の存在は矛盾そのもの。

 一体どうやってこの状態を保っているのか、医学に乏しい僕には理解できない。

 と言うか、きっと医者でも理解できないだろう。


 何にせよ、だ。

 彼女を目覚めさせてしまった以上、僕にはその責任がある。

 でも、その責任はどうやって負うべきなんだろう。


 人形使いとして?

 それとも、一人の男として?


 ……悩みは尽きない。





 ◇





 僕達の次の目的地は、王都セレスティアラだ。


 魔王打倒に向けて、シャナクのギフト〝災禍再結アンラッキーリユナイト〟を制御する方法を探そうと思い立った矢先のこと。

 先日の晩餐にて、キャンディケインの町長と司祭の話を何気なく聞いていた時、王都の闇市でギフトの効力を高める魔道具マジックアイテムが取引されているという話題が出た。


 僕にとって、その情報は渡りに船。

 効力を高めるというのは何パターンか解釈できるけれど、もしもシャナクの〝災禍再結アンラッキーリユナイト〟で呼び寄せる不幸を当人のみ・・・・に限定できる形に改善――改悪と言うべき?――できたなら、それはまさに僕が求めるものと言える。


 王都の闇市をしらみつぶしに探せば、その魔道具マジックアイテムを手に入れることができるかもしれない。

 シャナクの抱える不安を解決できる可能性があるなら、僕は是が非でもそれを見つけ出したいと思う。





 王都への旅に出て数日。

 いくつも町を経由し、何両もの馬車を乗り換えつつ、ようやく王都へ続く中央街道に合流することができた。


 ここまで来るのに、一体どれほどの不運に見舞われたことか――


 町ではマリーの入った鞄を盗まれたり。

 財布に穴が開いていて宿に泊まるお金を失くしたり。

 馬車に乗る度に最低三度はモンスターの襲撃に遭ったり。

 駅馬車の馬が突然足を怪我して、街道の真ん中に立ち往生――乗客達と戦々恐々の野宿を敢行する羽目になったり。


 ――何か起こる度にシャナクが暗い顔をするので、都度フォローするのが大変だった。

 彼女が生前、他人と一緒にいることを避けていた理由がよくわかる。


「お客さん方、王都が見えてきましたよ」


 御者の声に正面を向くと、中央街道の先に高い壁が見えてきた。

 壁の向こうには王城らしきシルエット、上空には魔導士部隊が運用する空中監視砦の影も見える。

 まさしく王都セレスティアラだ。


「シャイン様と鉢合わせに、なんてことはありませんよね?」

「さすがにないよ。途中の町で聞いたけれど、彼らは王都を出て魔将との戦いに集中しているらしいから」

「でも、もしバッタリ会っちゃったりしたら……どうします?」

「……わからない」


 マリーが心配するのもわかる。

 彼には僕が死んだと伝わっているはずだけれど、王都ではうかつに本名を名乗るのは避けた方がいいな。

 行動には細心の注意を払わないと……。


 思案しているうちに、馬車が停留所に停車した。

 その先の街道に目をやると、王都の正門から数十両もの馬車が数珠繋ぎに並んでいるのが見えた。

 隣には、同じように数十人もの人間が列を作っている。


「凄い。この人の列は、みんな王都へ入ろうとしているのですか?」

「そうだね。人も馬車も、王都へ入場するためにはこうして正門に並ぶんだ。通行税が必要だし、素性も聴取されるしね」

「王都に入るだけで何時間もかかりそうです」

「数時間かけてようやく中に入るのが通例だよ。でも、僕達はキャンディケインの司祭さんに貰った特別通行証があるから、通行税も聴取もなく、すぐに中に入れる」

「なるほど! この時代でも、得るべきものは神官庁の恩なのですね」

「そういうこと。デク、荷物の方しっかり運んでくれよ」


 僕はシャナクとデクを連れて、正門へと向かった。


 少し前に作り直した義足も調子がよく、今日は痛みもなく歩ける。

 不自由な体も、慣れればなんとかなるもんだ。


「ここがこの時代の王都ですか! なんて大きく……美しいの……!!」


 正門の落とし格子から覗く街並みを目にして、シャナクが感嘆とした声を上げた。


「ずいぶん驚いているね。そんなに400年前と違う?」

「違います! 私の知る王都はもっとこじんまりしていて、外壁もこんな高くはありませんでした。正門も木製の扉だったのに、今では鉄製の落とし格子になっているんですね!」

「400年でセレステの文明も発展しただろうからね。当時にはなかった素材や技術が、王都の平和を支えているんだ」

「400年――改めて大きな時間の流れがあったのだと感じます」

「そうだね。400年前と言うと、今からざっと十世代くらい前だからね。その頃は僕の先祖は何していたのかなぁ」


 不意に、僕は疑問に思った。


 シャナクの家名はワルキュリーだったよな。

 でも、僕が覚えている限り、勇者の一族にワルキュリーという家名はなかったように思う。

 この400年の間で血筋が絶えてしまったのだろうか。

 もしそうなら……シャナクにとっては辛い事実になるかもしれない。


「王都に入ったら、まずは宿を見つけて旅の汗を流そう」

「承知しました!」


 僕は話題を変えて、シャナクに入場を促した。

 どうやら彼女は子孫のことに思い至らなかったようだけれど、僕としては彼女が辛い思いをするような事態は避けたい。

 せっかく朗らかな表情を取り戻したのだから、彼女にはずっとそのままでいてほしい。

 ……なんて、魔王と戦わせようとしている僕が言う資格はない、か……。


「ご主人様。ついでに私のボディも新調してほしいなーなんて」

「わかってるよ。ただ、資金的に相当な安物になるよ」

「えぇ~!?」

「贅沢言うな! ここまでの旅で、司祭さんから貰った路銀もほとんど底を突きちゃってるんだから!」

「だったら、せめてシャナク様には女の子らしい服を着せてあげてくださいよ~」

「それは――」


 見れば、シャナクの服はずいぶんと痛んでいた。


 彼女と出会ってから半月ほど経つ。

 リース村の地下祭壇で目を覚ましてから、彼女はずっと同じ服を着たまま僕のために戦い続けてくれていたんだ。

 新しい服くらいプレゼントしないと、僕の立場がないな。


「マリオ様、早く参りましょう!」

「今行くよシャナク」


 僕を手招きする彼女は、都会を知らない世間知らずのお嬢様みたいだ。


 戦っている時は勇者然としているけれど、その姿だけがシャナクじゃない。

 今になってそれ以外の一面がようやく見えてきたように思う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る