09. ルーザリオン家の霊園

 リース村は歴史が長い。


 この村は、500年ほど前に王国の領土拡大政策によって、北方に送られた開拓民が根付いたのが起源とされる。

 今でこそ寂れてしまっているけれど、セレステ教の生誕祭を祝う聖樹として、この土地のモミの木が重宝されて潤っていた時代もあったとか。

 丘の上に建てられた立派な教会は、その頃の名残というわけだ。


 そして、僕の祖父――というかルーザリオン一族の祖先は、教会の司祭からこの村の共同墓地の管理を命じられて墓守を務めるようになった。

 もっとも祖父が亡くなったことで、その系譜は途絶えてしまったわけだけれど。


「その木偶デク人形、あんたが操ってるの?」

「はい。僕は人形使いなので、人形の類を自由に動かせるんです」

「人形技師の子どもが人形使いなんて、皮肉というかなんというか……」

「親子そろって人形には縁があるみたいです」


 僕は百合の花を片手に、マヨイ婆さんと霊園へ続く道を歩いていた。

 村に戻ってきたばかりの僕にはじいちゃんの墓石がどこにあるかもわからないので、彼女に案内を頼んだのだ。


「魔王が現れて、もう何年だろうね。十年くらいにはなるかね?」

「たぶんそのくらいだと思います」

「魔王のせいでモンスターが活発化してからというもの、国内の交易路はずいぶんと狭まっちまった。おかげでリース村の産業も成り立たなくなって、ついには若者まで減って村も死に体ときたもんだ」

「……後者については、その、すみません」


 マヨイ婆さんはことあるごとにチクチクと愚痴をこぼしてくる。


「それにしても、マヨイ婆さんが祖父の葬儀を取り計らってくれていたなんて」

「まぁ昔馴染みだしね。それに、あの頑固ジジイにそこまでしてやれるのは、今はもうあたしくらいのもんだから」

「祖父はどんな死に様でした?」

「あの人、自分が棺桶に片足突っ込んでる歳だってわかってたのかね。まさか死ぬまで霊園の見回りをしてるなんて思わなかったよ」

「見回り?」

「霊園にでかいモニュメントがあるだろ。その前にひざまずくような恰好で事切れてたんだよ」

「……そうですか」

「家に立派なベッドがあるのに、どうしてあんな場所を最期に選んだんだか。理解に苦しむよ」


 霊園のモニュメントと聞いて、そんな物もあったなぁと思った。


 父さんがいなくなってから、じいちゃんは僕に墓守を継がせようとして霊園の見回りを手伝わせていた。

 雑草だらけで手入れも行き届いていない霊園を黙々と見回る――当時子どもだった僕には退屈極まる作業だった。

 どこに誰の墓があるのかまで色々教えられた気がするけれど、今となってはまったく覚えていない。


 ただ、ひとつ印象的に覚えているのは、じいちゃんが見回りの度にそのモニュメントに祈りを捧げていたことくらいだ。


「ところで、あんたが墓守を継ぐの?」

「えっ。まさか! 僕は冒険者ですよ。そんなの無理です」

「いくら死にゆく村と言ってもさ、霊園の管理者がいないんじゃ困るんだよ。あんたが継ぎな」

「無茶言わないでください……」


 そんな話をしているうち、僕達は霊園の入り口に差し掛かった。


「うわぁ。酷い荒れようですね」

「そりゃ一年以上誰も管理してないからね。用がなけりゃ、村の人間は誰も近づかないよ、こんな不気味なとこ」


 寒空の下ということもあって、周りを針葉樹に囲まれた霊園はまるで外とは断絶された異界のように感じられる。

 でも、怖いという気持ちはなかった。


 マヨイ婆さんの言う通り、この村の人は霊園を畏怖していて、周忌でもなければ近づくことはない。

 魂の抜けた死体は不浄なものである――と説くセレステ教の影響だろうか。

 でも、僕には昔からこの場所を怖がる感覚がわからなかった。


 僕は人間の死体を見ても何も感じない。

 そりゃモンスターに殺された冒険者の遺体は正視に絶えないけれど、服装も整えられて、死に化粧までされた遺体にはまったく恐怖を感じないのだ。


 それはきっと、物心つく頃から父さんが人形を作るのを見てきたことにあるのだろう。

 マリーを見てもわかるように、父さんの造形する人形は実在の人間と変わらない。


 父さんの作る動かない人形も。

 魂が抜けて動かない人間の死体も。

 僕にとってはどちらも同じ――物言わぬ人形には違いないのだから。


「あそこだよ。あんたのじいさんが亡くなってたのは」


 マヨイ婆さんが指さす先――霊園の中央に、ひときわ目立つ石の建造物がある。

 霊園のランドマークとでも言うべきか、たぶん教会よりも古い記念碑だ。

 だいぶ風化が進んでいて、刻まれている碑文も読めないので一体何のために建てられた石碑なのかもわからない。

 けれど、じいちゃんはおそらくこの石碑の正体を知っていた。


 だから最期の時、この場に訪れて祈りを捧げたのだろう。

 それが何を意味するのかは、もう誰にもわからないけれど……。


「よく見ると、石碑あれちょっと傾いてますね」

「地震でも起きたら倒壊しちまいそうだろ。危ないから、撤去するなり修復するなりしとくれよ」

「ぼ、僕がっ!?」

「決まってるだろ。あんたが次の墓守なんだから」

「だからそれはないですって……!」


 霊園の墓守になるなんて、絶対にごめんだ。

 そもそも村に留まるかも決めていないのに……。


「あんたのじいさんの墓は北西七番区画だよ。たしかに場所は伝えたからね」

「ありがとうございます」

「あたしが墓に入る時には、日がよく当たる南側区画で頼むよ」

「僕は墓守にはなりませんって! 何度言ったら……っ」


 マヨイ婆さんは僕をからかうように笑うと、踵を返して丘を下っていった。


「……もう喋ってもいいですか?」

「いいよ」


 鞄を開くと、マリーが頬を膨らませながら僕を見上げていた。


「私もマヨイお婆様とお喋りしたかったですっ」

「無茶言うなよ。今のマリーを見せたら、あの人の心臓止まっちゃうから」

「でしたら、私の首から下を早く修復しましょう!」

「それには相当優秀な人形技師を頼らなきゃいけないから、王都にでもいかないと無理」

「行きましょう!」

「当面の生活費をどうするか考えてから、な」

「そんなぁ~!?」


 マリーが泣きそうな顔で僕を見ている。

 でも、無理なものは無理なのだ。





 ◇





 僕はじいちゃんの墓前に花を添えてから、周辺の雑草をむしっていた。

 デクにも手伝わせているとは言え、こんなことをしても不毛だとはわかっている。

 けれど、せめて肉親の墓周りくらいは綺麗にしてあげたいという気持ちがあった。


「う~。誰かがお掃除している姿を見ると、体がウズウズしてきますっ」

「首から下がないくせに何言ってんだよ」

「私もお掃除したいですっ! したいしたいっ」

「黙って置き物になってろって。誰かにマリーが喋っているところを見られたら、どんな噂が立つかわかったもんじゃない」


 マリーが鞄の中を窮屈そうにしていたので、今は墓石の上に置いてある。

 それが左右に頭を振っているものだから、何も知らない人が見たら生首がもがいているように見えるだろう。

 彼女は頭だけとは言え、首の付け根はついたままなので、頭部を左右に動かすことくらいはできるのだ。


「きゃあぁっ!」


 墓石の上で暴れていたのが災いし、マリーの頭が転がり落ちた。

 ……しばらく放っておいてもいいかな。


 その時、丘の下から甲高い音が聞こえてきた。

 これはモンスター襲撃を報せる鐘の音だ!


「まさかモンスターが村に攻めてきたのか!?」


 鐘の音に混ざって、人の悲鳴まで聞こえてくる。

 これはただ事じゃない。

 堀やバリケードを越えて、村の中にまでモンスターが侵入してきたに違いない!


「ご主人様、どうされるのですか!?」

「どうもこうも、助けにいくに決まってる!!」


 僕は草の上に転がっていたマリーを抱えて、すぐに走りだした。


「行くぞ。フェンサー、ウルファー!!」


 そう口走った時、僕はハッとして足を止めた。


 もうあの二体はいない。

 つまり、今の僕は戦闘力のないただの人間に過ぎないのだ。

 そんな僕が助けに入ったところでどうなる?


「ダメだ。今の僕じゃ……無駄死に……するだけだっ」

「ご主人様……」


 不意に、マヨイ婆さんの顔が脳裏に蘇ってくる。

 あの人にはじいちゃんのことで恩がある。

 見捨てていいのか?


「……見捨てられるわけないだろっ」


 気付けば、僕は丘を下っていた。

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