勇者サイド 2

 セレステ聖王国は、建国700年を超える宗教国家である。

 その長い歴史の中で、聖王国は幾度も邪悪なる存在・・・・・・の脅威に晒されてきた。


 600年前は、大悪魔ベルゼバブが引き起こした疫病戦争。

 400年前は、邪竜エビルドラゴンによる人間狩りから端を発した邪竜戦争。

 200年前は、無限の食欲を持つ暴食獣ベヒモスが原因で発生した食奪戦争。


 いずれもその時代の勇者によって邪悪は退けられ、平和を取り戻してきた。


 そして現在。

 新たな脅威である魔王を討つべく、新たな勇者が聖王国神官庁によって推挙され、強大な特権をもって使命を遂行していた。


 当代勇者シャインは、仲間達と共に聖王国王都セレスティアラに訪れていた。

 それは新たな仲間――人形使いと合流するためであった。





 王国兵駐屯施設。

 その庭先で、勇者パーティーは人形使いと顔を合わせた。


「ドーモ。アナタが軍将の言てた勇者カ?」

「そうだ。よく来てくれたな、名前は――」

「ワタシ、ヤン・シェンロン。軍将に言われて、今日からアナタ達のパーティー加わるヨ」

「ヤンか。黒髪とは珍しいな……東方の人間か?」

「そうヨ。ワタシ、出身は東方のタオ。武装人形戦術に長けた国で仕込まれたから、人形使いとしては一級品と自負してるネ」

「そりゃ頼もしいな。活躍を期待してるぜ」

「任せるヨ」


 東方の人形使いヤンが加わり、勇者パーティーは再び四人となった。


 パーティーの筆頭は、ギフト〝天命作用ラッキーストライク〟を持つ勇者シャイン。

 伯爵家出身の彼は、文武両道に優れた天才児であり、勇者となるべくして勇者となったと言わしめるほどの逸材だった。

 彼の愛剣である聖光剣クンツァイトは、持ち主のギフトに指向性を与える聖剣である。

 本来はコントロールし辛い〝天命作用ラッキーストライク〟の効果を攻撃対象に向けて集約する特性があり、シャインの功績に多大な貢献を果たしてきた。


 二人目は、神官庁より勇者のお目付け役として派遣された聖女ベルナデッタ。

 聖職者として非常に優れた逸材であり、回復・補助に特化した奇跡を起こす彼女を人々は聖女の異名で読んだ。

 さらに、彼女の持つギフト〝逆行時間タイムターナー〟は特定条件を満たすと時間を六秒だけ巻き戻す効果があり、一瞬の判断ミスが致命的となる戦闘においては反則的な威力を発揮する。


 三人目は、攻撃系の魔法しか習得していない超攻撃特化の魔導士ジジ。

 元々、国内屈指の魔導士ギルドに在籍していたが、シャインにその実力を買われて引き抜かれた。

 彼女のギフト〝無限連鎖チェインコンボ〟は攻撃魔法とすこぶる相性が良く、敵と認識した相手へ立て続けに攻撃を当てることで、ダメージが倍増していく恐るべき効果を持つ。


 以上三名は基本スペックは当然のこと、ギフトも超レアかつ、最強クラスのものであることに疑いの余地はない。

 しかし、そんな彼らの弱点は圧倒的な防御力不足にあった。


 勇者パーティーの強さが魔王軍側に知られていくと、彼らに差し向けられる刺客の力も増していく。

 そのため、攻撃力に偏ったメンバーでは、ベルナデッタの奇跡だけでは回復と補助が追いつかなくなっていた。


 その問題を解決するためにシャインが求めていたのが、多大なダメージを被っても替えの利く盾、あるいは囮、またあるいは身代わり。

 それらを体現する存在こそ、人形使いの操る人形だった。


 ゆえに、軍の魔導ゴーレム部隊でトップクラスの実力を誇っていたヤンは、シャインの考えるパーティーに申し分ない人材と言えた。


「……で、後ろにいるデカいのがお前の人形か」

「そうヨ。紹介するネ、ワタシの相棒の魔導ゴーレム――ロンヨ」


 ヤンの後ろには全高4mはあろう巨人の姿があった。

 全身に甲冑の重装備を纏ったその巨人は、常にヤンと戦場を共にしてきたパートナーであり、彼女の最高戦力となる人形である。


「なるほど。グールの群れを殲滅させられるわけだ」

ロンの戦闘力は、魔導ゴーレム部隊で特A評価を貰てるヨ。きと魔王討伐の役に立つネ」

「それもいいが、お前にはこちらで用意した人形を使ってもらいたい」

「何それ。聞いてないヨ」

「まぁ見てみろ」


 庭には、彼ら以外にシートに覆われた物が置かれていた。

 シャインがシートを引き剥がし、その下に隠されていた二体の人形が露わになる。


「これは……剣士人形と魔導士人形?」

「そうだ。軍の評価としては、二体とも特A評価を受けている。こいつらをお前に預けたい」

「預けたいって……ワタシにはもう相棒のロンがいるヨ。スペアにしろてこと?」

「スペアじゃない。この二体を含めて、戦闘では三体の人形を使ってくれればいい」

「三体? 三体同時に人形を動かせと?」

「そうだ」

「そんなの無理ヨ」

「は?」


 ヤンの言葉を受けて、シャインが顔色を変えた。


「何が無理なんだ。お前は優秀な人形使いだと軍将から聞いてるぞ」

「優秀だと自負するけど、戦闘中に三体なんて動かせないヨ。戦てる最中の人形操作、凄く精神力使う。二体も三体も動かしてたら、全然戦闘に集中できないヨ」

「おいおい、つまらない冗談言うなよ。前任の人形使いはこの二体と事務用の人形の三体を同時に動かしてたぞ」

「はぁ!? そんなの嘘ヨ。戦闘で二体なんて、まともな操作できるわけないネ! それに三体同時て……聞いたことないヨ」

「……そいつはやっていたぞ。しかも、事務用の方は24時間、奴の世話で忙しなく動き回っていたんだ!」

「24時間!? それも嘘ヨ! 〝人形支配マリオネイト〟何時間も維持しようものなら、精神疲労凄いネ。過労死するヨ!」

「どういうことだ……? あいつにできて、お前にはできないってのか!?」

「どんな優秀な人形使いでも、戦闘で二体以上の人形をまともに操作無理! そもそも人形操作も連続で二、三時間が限界ヨ。それ以上はワタシもたない」

「馬鹿な! じゃあなんであいつはそんな真似ができたんだよ!!」

「知るわけないネ」


 シャインはヤンの態度を見て、彼女が嘘をついているわけではないことを察した。

 それだけに、彼は内心、焦燥が絶えなかった。

 〝天命作用ラッキーストライク〟を持つ自分が、選択を間違えるなどあり得ない――その自負があっただけに、この状況はシャインにとって衝撃だったのだ。


「と、とにかくこの人形を動かせるようにしろ!」

「そんな無茶な。粗雑な作りの木偶デク人形だって、初めて動かすとまともに走らせるには一週間以上かかるんだヨ? 人形の構造も調べなきゃだし、〝人形支配マリオネイト〟でパパッと動かせるものじゃないの!」

「なんだとぉ~~~!?」


 この時、シャインは初めてマリオが特別な存在だということに気が付いた。

 彼にとって、人形使いなどパーティーを編成するパーツの一つに過ぎなかったので、その本質など知る由もなかったのだ。


「悪いけど、ワタシ扱い慣れたロン以外の人形、使うつもりないヨ」

「……ダメだ」

「え?」

「この二体をこのまま使わずじまいじゃ、軍将や侯爵に角が立つんだよ。何、大丈夫だ。お前ならきっと動かせるようになる!」

「だから無理! ワタシのこと過労死させる気!?」

「黙れ。お前はもう勇者パーティーの一員だ。そうである以上、俺の命令に背くことは許さねぇ」

「な、何ヨそれっ!?」

「今さら認められるかよ。なんとしてもこの二体を戦闘で使えるようにしてもらうぞ……!!」


 勇者パーティーに初めて影が差した。

 順風満帆だった彼らの歯車が狂いだしたのは、この時――否。マリオを追放した時であることを、シャインは決して認めることはない。

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