06. 僕は独り

 僕が倒れて間もなくして、光が止んだ。

 同時に、瓦礫の上にバラバラになったマリーの体が降りそそいでくる。


 マリーが死んだ。


 死んだ……?

 壊れた、ではなく、死んだ、だなんて。

 僕は本当に彼女のことを家族のように思っていたんだな。


 フェンサーにしても、ウルファーにしてもそう。

 共に何年も戦ってきた彼らのことを、僕は今まで付き合いのあった人間の誰よりも信頼している。

 でも、そんな彼らと会うことももうないだろう。


 さっきまであった痛みがもう感じられない。

 それに、とても寒いし、眠たくなってきた。

 まぶたを閉じればきっと僕は……。


 でも、もういい。

 僕はもうすべてを失ってしまったんだから、もういいんだ。


 ……。


 …………。


 ………………。


 目を閉じてしばらく。

 雨の音が少し小さくなってきた気がする。


 僕はまだ生きているみたいだ。

 真っ暗い世界の中で、誰かの話し声が聞こえてくる。


「――死んでいるのか?」

「まだ息はある。だが、放っておいても直に死ぬさ」

「そうか。どうせフリーになるのであれば、我が軍でスカウトするのもありかと思っていたんだがな」

「飼い殺しの人形使いはいくらでもいるだろ。それに、こいつはあんたが目に留めるほど優秀じゃねぇよ」


 ……シャインの声だ。

 でも、話している相手は誰だろう。

 今まで聞いたことのない声だ。


「しかし、どうする気だ。メイド人形を回収するのが侯爵からの命令だったはず」

「仕方ないだろうが! まさかこんな結果になるなんて思わなかったんだよ」

「お前のギフト〝天命作用ラッキーストライク〟が働いているのなら、メイド人形も修復できるのではないか?」

「そうかもしれないが、あのジジイに要求された期限は明朝までだ。たった半日で元通りに修復するなんて不可能だぜ!」

「仕方ないな。侯爵の機嫌を損ねるわけにもいかんから、代わりの人形を用意させよう」

「あのジジイの目をごまかせるクオリティの人形なんてあるのか?」

「つい先日、王都で摘発した闇市で同系統の人形をいくつか接収している。髪型と服を似せれば文句は出まい」

「人間の女そっくりの人形が他にもあるのかよ。何というか……いい趣味だな」


 会話の途中で、僕の方に足音が近づいてきた。


「この男の遺体は私が処分する。お前はすぐに屋敷へ戻れ」

「ああ。剣士人形と魔導士人形のパーツは余さず回収しておいてくれよ。貴重な戦力なんだからな」

「メイド人形の方は?」

「今さら必要ない。そいつと一緒に始末しておいてくれ」

「よかろう。……それと、あまり街中で派手に騒ぐな。情報統制するのも簡単ではないのだぞ」

「今後気を付ける。軍将のあんたに手間を取らせたんだ、この借りはしっかり働いて返すよ。勇者としてな」

「期待している」


 ……軍将?

 軍将って、王国軍の偉い人?


 まさか、そんな人が、シャインに、協力、……、…………。


 話し声も、雨音も、とうとう聞こえなくなってきた。


 ……僕は意識を失った。





 ◇





 再び目を開いた時、僕は薄暗い部屋に横たわっていた。


「生きてる……?」


 少々息苦しく、体が熱っぽい。

 けれど、間違いなく生きている。


 僕はどうやらベッドに寝かされているようだ。

 すぐ傍にある机にはランプが置かれていて、中にはメラメラと炎が灯っている。


「ここは……痛っ!」


 起き上がろうと腰に力を込めたら、全身に激痛が走った。

 とても起き上がれそうにない。


 右腕を上げてみると、がっちりと包帯が巻き付けられていた。

 それは右足も同じようで、他にも体中あちこちに包帯が巻かれている。


「一体ここはどこなんだ? どうして――誰が僕を?」


 疑問が尽きない。


 体が動かせないので、首だけを傾かせて周囲の様子を探っていると、部屋の奥にある扉が開かれて誰かが入ってきた。


「だ、誰……?」


 薄暗闇の中、こちらに近づいてきたのは人間ではなかった。


「人形?」


 それは人の形をしているものの、顔には目も鼻も口もない粗雑な出来の木偶デク人形だった。

 それがベッドの傍に立ったまま僕を見下ろしている。


 人形はトレイを持っていて、そこには小さなガラス瓶が置かれていた。

 瓶の中にはキラキラと煌めく液体が揺れている。

 回復薬――ポーションか。

 しかも、赤色ということはかなり上質なものだ。


 人形は瓶を掴むや、僕の口へと中身を流し込んできた。

 寝たきりだし、あまりに急なことだったので、僕は危うくポーションを吐き出しそうになった。


 ポーションを飲み干してすぐ、体から痛みと熱が引いていくのを感じる。

 ……ずいぶんと楽になった。


「ありがとう」


 人形から返事はなかった。

 口がないんだから当然か……。


 人形はトレイを机に置いた後、代わりに羊皮紙を取り上げて僕の目の前で広げてみせた。


「手紙?」


 薄暗くて見にくかったけれど、ランプの灯りでなんとか読める。

 手紙には次のように書かれていた――


 きみは五日間も意識を失っていた。

 この部屋は、町の外にある打ち棄てられた教会の地下室だ。

 きみがここにいることは誰も知らない。


 部屋の棚にはポーションをいくつか置いてある。

 動けるようになったら、直ちにこの国から出ていきなさい。

 そして、残りの人生をひっそりと生きていくことをお勧めする。

 きみが生きていると都合の悪い者がいるからだ。


 きみの荷物も部屋に運び入れてある。

 この人形と部屋にある物は、はなむけとしてきみに差し上げよう。


 ――書かれている内容はこれだけで、差出人の名前すらない。


 この人形・・・・っていうのは、目の前に立っている木偶デク人形のことだよな。

 見た限り、戦闘どころかまともに家事もできないタイプだ。

 見張りや荷物運びなど、最低限の仕事にしか使えそうにない。

 それでも人形使いの僕にとっては無いよりはマシか……。


 不意に、人形の手から手紙が離れた。

 床に落ちた手紙を拾おうと左手を伸ばした瞬間、まるで糸が切れたように人形が倒れてしまった。


 木偶デク人形を操っていたギフト〝人形支配マリオネイト〟の効果が切れたのだろう。

 おそらくこの人形の役目は、僕が目覚めてから手紙を読ませるところまで。

 条件を満たしたからギフトが解除されたわけだ。


 これほど手の込んだ真似をしてまで僕を助けるなんて。

 一体、どこの誰が……?

 否。それよりも……。


「この国を出て、どこへ行けって言うんだ」


 僕にはもう何もない。

 大切なものをすべて失ってしまった。

 それなのに、何を目的に生きていけと……?


 少しして、僕はなんとか起き上がれるようになった。

 身を起こすと、薄暗い部屋の隅に木箱が置かれているのが見えた。


 手紙には僕の荷物を運んであると書かれていた。

 もしやその荷物とは……。


「くっ。うぅ……」


 僕はベッドから降りるや、石床の上を這いながら木箱へと向かった。

 どうしても箱の中身が気になってしまったから。


 木箱の前にたどり着き、中を覗き込んでみると――


「……!!」


 ――やはりと言うべきか、そこには人形の残骸が雑に放り込まれていた。

 それを目の当たりにした僕の心臓は大きく鼓動を奏で始める。


「……っ」


 箱の中まではランプの灯りが届かない。

 しかし、うっすらと僕の知るがすぐそこに見えている。


 僕は両手を箱の中へ入れて、そっとそれ・・を取り上げた。

 包帯に包まれた右手とは違い、左手には覚えのある触り心地を感じる。


 両手が箱の外に出た瞬間、掲げられたそれをランプの灯りが照らしだした。

 僕の目に映ったのは――


「うおおおぉぉぉーーっ!!」


 ――眠るように目を閉じたマリーの頭だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る