第7話

 ライが部屋から出ていくと、すぐにジェレマイアが口を開く。


「茶はすぐに出せるのか?」


「はい。お湯を用意してくださっているので、さっそく準備いたします」


 机の上にお湯の入った急須があるのを確認したビオラはそう言うと、鞄から器などを取り出して準備を始める。


 ジェレマイアは椅子に座ると足を組み、流れるようにお茶を入れるビオラを見つめる。


 さらり、と黒い前髪が目にかかり、うっとうしそうに払う仕草すら絵画のように美しかった。


(――お嬢様が私の中で一番なのは変わらないけど、男の人の中では一番美しいな)


「こちらをお飲みください」


 見とれながらも入れたお茶を差し出すと、無言でジェレマイアは器を手に取り飲む。


 目を閉じながら味わうようにお茶を飲むと、ふうと一つ溜息をついた。


「昨日と同じで美味くはないが、不思議と身体に合っているのが分かる」


「それはよかったです」


 ほっとしたビオラが微笑むと、その顔をジェレマイアはじっと見つめる。


「俺のために働きたいと言っていたな。これから毎日同じ時間に人をやるから、茶を入れろ」


「はい!ぜひ!」


「では、簡単に質問に答えてもらおう」


(――殿下から私に質問?答えられる内容ならいいけど)


 予想外の言葉に動揺しながらも、ビオラは頷く。


「お前は子爵家に10年前の子爵夫人の葬儀中に拾われた。これは間違いないな?」


「はい。ちょうどアルゼリア様が乗っていた馬車の前に、突然私が飛び出してきたと。その日のうちに子爵領へ連れて帰ってもらって、そのまま雇用してもらいました」


「茶や薬湯は誰に習った?」


「子爵家の医師や薬師の方から教わりました」


「まあ、報告通りだな」


 ビオラの回答に頷くジェレマイア。ビオラが話した内容は、自身の能力に触れていないだけで全て正しいことだった。

 

 質問を続けようとジェレマイアが口を開いたときに、控えめなノック音が響く。


「失礼いたします。本日のタキアナ皇后様からのお食事をお持ちいたしました」


「ああ。入っていい」


 失礼します。と部屋に数名の侍女が入ってきて、執務室の端にあるテーブルにどんどん料理を置いていく。見た目は美しいがそれらのほとんどは肉の揚げ物と、甘いおやつだった。


「それでは、失礼いたします」


 すべての料理を置いた侍女がそう言うと、部屋から出ていく。


「え。お昼ご飯ですか?」


 思わず出たビオラの言葉に、ジェレマイアはむすっとした表情で頷いた。


(――いやいや!野菜何もないし、殿下のお昼ご飯には相応しくないでしょう!)


「毎食このようなお食事を?」


「ああ。何か問題でもあるか?」


 ビオラがなぜそんな質問をするのか分からないようで、ジェレマイアは怪訝そうな表情だ。


「このようなお食事を続けられますと、不調がいつまでも治りません!」


 不健康すぎる!とビオラは思わず立ち上がり、大きな声でジェレマイアへ詰め寄る。


「不敬だな」


「あ!」


 ジェレマイアの言葉にしまった!と慌てて座る。腰にかけてある剣を見るが、ジェレマイアは剣を握るそぶりはなくお茶を飲んでいる。


「皇后様がいつもお食事を用意されているのですか?」


「ああ。正しくは母上の指示を受けたものだな」


 そう言うと椅子から立ち上がり、山のような食事の前に行き素手で揚げ物を掴んで口に放り込んだ。


「殿下!」


「何だ?ああ、テーブルマナーか?あいにくだが、自室では面倒だから食べたいように食べている。気にするなら見るな」


「ち、違います。食べ方とかじゃなくて」


 ビオラが何といえばいいのか、言葉を選んでいると、揚げた生地に砂糖がたっぷりまぶしてあるおやつにもジェレマイアが手を伸ばす。


「殿下の不調の原因は、そのお食事にあるんです!よければ、ご飯もご用意させてください!」


「ほお?」


 ビオラの目的は、ジェレマイアの興味をどうにかしてアルゼリアから逸らすこと。そのために自分に興味を持ってもらう必要があった。


「殿下の不調を治すことができます!」


 そう叫ぶように言うと、ジェレマイアが腰にかけてある剣を抜きビオラの喉元に突き付けた。軽く刃先が触れ、ぷっくりと血が出てくる。


「勘違いをしていないか?俺はお前に茶を入れるように言っただけだ。それ以上もそれ以下の仕事も期待していない」


「す、好きな方には健康でいてほしいんです!」


 ここまで来たらもう行くしかない!とビオラはぐっとお腹に力を入れて、ジェレマイアの瞳を見つめる。首に触れる剣先の冷たさに恐怖を感じるが、ここで怯えてしまったらおしまいだと感じていた。


 しばらくその状態のままジェレマイアは無言でビオラを見つめ、そして剣を下した。


「1カ月だ」


「え?」


「1カ月で何も改善しなければ、お前を殺す。それでもやるのか?」


「はい。やってみせます!」


「座れ」


 ジェレマイアの言葉に腰から力が抜け、そのまま椅子の上に座り込んだ。


「今朝の使いを覚えているか?あいつに厨房まで案内させる。そこ料理の指示を出せ」


「ありがとうございます」


 緊張状態から解放されたため、少しぼうっとした表情でビオラがそう答える。


(――助かった。けど、王族の方にご飯を作るなんて、私の命は足りるかな)


「ところで。一つ気になるんだが」


「何でしょう?」


「そこまで、俺のどこが好きになったんだ?」


 椅子に座ったジェレマイアがそっぽを向いたまま、そうぽつりと尋ねた。横を向いているのでビオラから表情は見えないが、耳が赤く染まっているのが分かる。

 

「お待たせー!って。何かあったの?」


 ビオラが答えを言う前に、明るい声と共にライが部屋に入ってくる。


「はい。指示通りに火にかけてきたよ」


「ありがとうございます」


 ライから土瓶を受け取り、鞄から取り出した別の器に入れ替える。


「あれ?殿下。何か怒ってます?」


「うるさい」


 ジェレマイアの顔を覗き込むようにしてライが言うと、ジェレマイアがその軽く拳を握って頭をたたいた。


「痛い!なんですか。せっかく指示された通りに動いたのに!」


(――あれ?殿下もしかして照れてらっしゃる?)


 先ほどまで喉元に剣を突き付けていたとは思えない、純粋な一面にビオラは思わずくすりと笑みをこぼす。


 そんなビオラの笑顔を見ると、ジェレマイアは少し嬉しそうに口元を緩めた。

 

「こいつが今日の夜から俺のご飯を作るらしい」


「え!皇后様のご厚意は」


「ああ。そろそろいいだろう」


 ライが机に載せられた料理の数々を見て言うと、ジェレマイアは首を振って笑った。

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