この恋の倍速再生を止めたい
十友眞耶
この恋の倍速再生を止めたい(あらすじ)
映画も音楽もアニメも、すべてを「倍速再生」で視聴する主人公・ショウ。彼の口癖は「それってタイパ悪くね?」。 新卒で就職したMR(医療情報担当者)の仕事にはようやく慣れ始めたものの、日々の暮らしに忙殺されていた。
そんなある日の医局からの帰り道、ショウは難病終末期の少女「アヤカ」と出会う。彼女は「早老症(ウェルナー症候群)」という、「通常の人よりも異様に早く老化してしまう」という難病に罹っていた。
他人よりもはるかに早く進む時間の中で生きるアヤカと出会い、愛を育む中で、ショウは「本当に大切な時間の過ごし方」とは何なのか、真剣に向き合っていく――。
※以下、本文より一部抜粋
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「別に倍速でもよくね?だいたいが分かればいいんだよ。だいたいが」
そう言って、ショウは動画サイトの「再生速度」を2倍速にするボタンを押した。イヤホンから聞こえてくる異様な早口声を聞きながら、丸ノ内線荻窪行きへのホームへ駆け降りていく。
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病院玄関前の庭園。芝生に植樹がしてあり、緑を感じられる。ショウはこの庭園が嫌いではなかった。病院という無機質な白の空間にあって、ここだけはなんだか自然に感じられたからだ。幾人かの入院患者が、看護師さんに連れられて散歩をしている姿が見える。
ふと、ベンチに腰かけている一人の少女が気になった。髪は長く、日の光に反射したそれはやや白い。すっきりした目鼻立ちはいわゆる美人の部類だが、どこか幼さを残した顔立ちには少女特有のかわいらしさが残っている。
整った顔立ちの若い女性だから目を惹いた……ということも否定はしないが、どうやら付き添いの看護師がいない。入院着を着ているので、見舞客ではなく患者であろう。病室を抜け出してきたのだろうか。
「あの~…… ここの患者さんですよね?大丈夫ですか?」
「えっ……?」
少女は驚いた顔でこちらを見ている。知らない男から突然声をかけられたわけだし当然だ。幸いにして、いまは医局帰りのためスーツを来ているし、不審者とは思われないだろうが……。
「あ、俺、「木下」って言います。ここの病院には仕事で来てて……。MRっていう、病院向けの営業職みたいな仕事なんですけど。それでちょっと患者さんのことが気になって……」
どうしても早口でまくし立ててしまう。いくら病院の準関係者とはいえ、患者さんにいきなり声をかけるのは不自然だった……。切り上げて、看護師さんにパスした方が賢明かもしれない……。
「看護師さん呼びましょうか?大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」
ふう……。いくら可愛い女の子だからって、さすがに患者に声をかけるのはマズかった。あいさつをして立ち去ろうとする背中に、透き通った鈴のような声がかけられた。
「木下さん、次はいつ病院に来ますか?」
「え?」
「ここ、歳が近い人がいないから、よかったらまたお話してください」
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「アヤカは、運が悪かったんです。骨と、感染症と、白内障と、全部いっぺんに来ました。どこか一つ、ということじゃないんです。私のせいです……父親の私がしっかりしていれば……」
アヤカのお父さんは、とつとつと語った。商社勤務で普段はバンコクに駐留していること。奥さんとは離婚していること。日本の大学に進学したいという本人の希望で、アヤカ1人を日本に置いていたこと。多額の仕送りを送るだけで、家庭を顧みなかったことを悔いていた。
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「私は、ショウくんと、もっとゆっくり映画をみたいな」
「私、あんまり時間はないんだけど、だからこそ、大切にしたいなって」
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どうして……? なんでアヤカの人生だけが倍速で進んでいくんだろう……。彼女が何か悪いことをしたのだろうか? 止めてほしい。止めてください。せめて通常の早さで進めるようにしてください。誰か。
神様が、アヤカの人生の「倍速ボタン」を押しているような、そんな突拍子もない考えが頭をもたげた。
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「タイタニック」借りてきたよ。これ見たいって言ってたろ。一緒に見ようぜ。長いぞこれ。3時間だって」
ショウは微笑んで見せた。アヤカもそれに応えるように微笑んだ……ように見えた。微笑もうとしているのだろう。ベッドに伏せたままの彼女は、笑っているような、泣いているような、よくわからない複雑な表情をしていた。こみ上げてくる涙を押しとどめながら、持参してきたポータルプレイヤーにディスクをセットし、画面を彼女へと向ける。
普段のショウならば、動画サイトで適当にタイトルを検索して、「見放題のプラン」に含まれている作品を倍速で見ていく。だが、「タイタニック」は「見放題のプラン」には含まれていなかった。だから、近所のレンタルショップまで行ってわざわざディスクを借りてきた。動画サイト上で購入して、オンデマンド機能で閲覧できるようにしても良かったのだが、なぜだか憚られた。アヤカとの時間を過ごすうえで、短縮してはいけない時間のような気がしたからだ。
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