第17話 異端者の形跡(セシル視点)

 私は部下の聖騎士を引き連れて修道院を訪れていた。

 

 棺の中のシスターの遺体を一目見て確信する。首を強く締められ殺害されたようだが、痕が普通ではない。これは間違いなく、特殊な能力が使われた形跡だ。しかも……異常なまでに強い力が使われている。


(間違いなく、異端者の仕業。ただ一体どんな異端スキルの持ち主なの?)


 今まで散々、異端者に殺害された遺体をみてきたが、シスターに残された痕はその中でも異常だ。何か、無数の植物に締め付けられたような痕が体に刻まれていた。


 そしてこのシスターには特殊な事情がある。このシスターこそ、レオンが暴行したとされる聖職者の女性その人なのだ。


 時系列を並べるならこうだ。レオンに暴行されたシスターは、聖騎士団駐屯地内で治療を受けたのちにこの修道院に帰院。その日の夜に異端者に殺害された、と言うことになる。

 当然、ただの偶然には思えない。


 私はため息をひとつついた。やはりこの件は私自ら調査する必要がある。私は亡くなったシスターに聖女の祝福を与えた後、部下のリリスらを引き連れて早速聞き取り調査に取り掛かった。


 ここの修道院は孤児たちを積極的に受け入れるなど、慈悲深いことで名が通っている。身寄りのない少女たちがシスターらとともにおよそ五十人ほどで共同生活をしていて、亡くなったシスターは子供達にも慕われる心優しい性格だったことがすぐに察し取れた。


「シスターは異端者に殺されるなどあってはならない人です。穢れ一点ない人生を送る清らかな人でしたから」


 ある少女はそう涙ながらに語った。そして涙を拭うと遠慮がちに私の目を見た。


「シスターは聖女セシル様を敬愛なさってました。このようなことが起きた後ですがセシル様から祝福を受けたことを喜んでおられると思います」


 数人の聞き取り調査を行っただけでシスターの人柄はよくわかったが、肝心の異端者との関係について何か知っている者はだれもいなかった。

 これだけ愛されるシスターがなぜ異端者と関わることになったのか、そして本当にレオンに暴行を受けたのか、疑問は膨らむばかりだ。ひとつ興味深い話を聞いた。


「シスターはこんなことになってしまうし、行方不明の子もいるし、本当に何が何だか」


 そう憔悴しきって話すのは老齢の修道院長だ。「あの子だけでも無事でいてくれたらいいのですが」


 別に修道院から脱走する修道女がいても珍しいことではない。だけれども私は何か引っかかるものを感じた。


「その少女の話を詳しく聞かせてください」


 修道院長は慌てた様子で答えた。

「もちろん、あの子はシスターの件とは無関係ですよ。まだ十三歳の少女ですから。ただ美しい顔立ちをした子ですから変な事件に巻き込まれていないか心配なのです」


「その少女の特徴を教えてもらえますか?」


 私の予感は当たった。真っ白な肌、腰までかかる黒髮。行方不明の少女は凱旋通りで見たあの少女と特徴が一致していた。最後に少女の名前を尋ねると、またしても修道院長は不安げな面持ちとなる。


「ニーナという子です。でも本当にニーナは今回の件とは無関係ですよ。無口なところはありますが、心穏やかな子ですから」




 それから数日間かけて、ニーナという少女の足取りを追ったがなんの手がかりも見つからなかった。私はそれと並行してレオン探しも続けていたのだが、こちらも成果は出ていない。


 亡くなったシスターを経由して繋がるこの二人は何か関係があるのだろうか。

 駐屯地内本部の団長室で頭を悩ませていると、扉がノックされた。「レオン・シュタインに関する報告があります」


 すぐさま騎士を部屋に招き入れたが、どうしてか話しづらそうにもじもじとしている。


「どうしたの? 話しづらいことでもあるの? レオンに関する情報ならなんでも知りたいのだけど」


「ええ、これは騎士団内での噂話なんですが、レオンに似た人物を見かけたという話がありまして」


 その途端、私の胸は希望でいっぱいになった。

「レオンを見かけた? 話を聞きましょう。どこ? どこにいたの?」


 騎士は一度口を閉ざしてから言った。「口にしづらいのですが……ポルナイです」


「ポルナイ?」


 王都に関しては知り尽くしているはずなのに、一瞬どこだか分からなかった。続いてあのいかがわしい色街が頭によぎると、思わず声を荒らげてしまった。


「それはレオンに対する侮辱よ、侮辱! レオンがあんな汚らわしい街にいるもんですか! レオンの性格はあなたも知っているでしょ!」


「ええ、私にもあの真面目一筋のレオン・シュタインがポルナイに出入りするとは思えないのですが」


「そう絶対にレオンはポルナイなどに出入りしません。でもまぁ、一応その噂とやらを聞きましょう」


「はい。噂によれば、レオンがポルナイ随一の高級娼館から美人娼婦を連れて出てきたという話でして。奇妙なのはレオンの腕には猫がいたというんですね。しかもその娼館は一見の客が入れるような店ではなく、会員制、それも貴族が使うような店でして。やはり見間違いですよね」


「ポルナイ随一の高級娼館……美人娼婦を連れて、腕には猫?」


 想像もしていない言葉が続いて唖然とするしかなかった。一体それってどういう状況なの?


 そもそも本当にポルナイにレオンが?いやまさか。あのレオンが会員制の高級娼館に出入りするなんて信じられるわけがない。そもそも下級騎士に過ぎなかったレオンにそんな費用を捻出することが可能だろうか。ただ、万が一のこともある。


「案内しなさい」


 目の前の騎士は驚きの表情を浮かべた。「案内とは?」


「その高級娼館とやらに案内しなさい。どうせ噂話ではなく、ポルナイで遊んでいたあなたが実際に見たのでしょう。ポルナイに出入りしていたことは不問に付しますから私をその娼館に連れていきなさい」

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