vs21 兄の想い
教室に戻る途中で、マリミエドはまた頬を赤らめた。
〈やだわ、まるで少女のようにときめいて…しっかりしなきゃ〉
そう考えて前を見ると、怒った顔のギルベルトが立っていた。
「お…」
思わず大声を出し掛けてやめて、マリミエドはギルベルトに走り寄る。
「ちょうど良かったわお兄様、わたくし…」
「ユークレースと何かあったか」
「え…?」
兄の低い声にドキッとしてマリミエドは顔を上げる。
するとやはり不機嫌な兄の顔があった。
「お兄様…?」
「授業を抜け出して2人で楽しげに歩いてくるなどと…一体っ」
大声を出そうとしたので、マリミエドが手でその口を塞ぐ。
「しーーっ! お兄様っ、今は授業中ですわよ! 大きな声をお出しにならないで!」
なるべく小声で喋ると、ギルベルトは真っ赤になってマリミエドの手を取って指先にキスをする。
「済まない、つい嫉妬してしまった…。何かあったのか?」
「…こちらへいらして下さい」
そう言ってマリミエドはギルベルトに手を繋がれたまま、近くのベランダに行き授業の事を話した。
「分かった、風の精霊が言った事にしておこう。…ユークレースとは何か…」
「お話をしただけですわ。変なお兄様」
そう言いクスクス笑うマリミエドを見て嘘偽りがないと確信して、ギルベルトはやっと微笑む。
「そうか。次は確か基礎体力作りか…では更衣室か、送ろう」
そう言い、マリミエドの手を自分の腕に添えさせてエスコートする。
「…お兄様、今日の授業は宜しいのですか?」
「ああ、いつも顔を見せに来るぐらいで…気になる授業は受けるが、後は王城に行ってから屋敷に戻って父の仕事の半分を手伝っているからね」
「さすがは〝小侯爵さま〟ですわね」
マリミエドは明るく笑って言う。
…こんな笑顔は、初めて見た気がする…。
今までろくに会話も出来なかったのは、マリミエドが妃としての勉強で忙しかったからだが…自分も忙しくて構う暇が無かったのだ。
しかし、マリミエドが泣いて自室で休んでいたあの日の朝、ギルベルトは胸騒ぎがして落ち着かなかったのだ。
いつもは〝マリミエドはしっかり者で大丈夫だ〟と思うくらいだというのに、その日だけは朝から落ち着かなかった。
悪夢を、見た気がするのだ。
何かは分からないが、とにかくマリミエドの安否だけが気掛かりで仕方がなかったが、平静を装わなくてはならない。
半日、いつも通りに過ごしてから急いでマリミエドの下へ走ったのだ。
そして、やっと図書館に居ると分かり、さり気なく気遣う兄を演じた。
心の中では、マリミエドが元気でいる姿にホッとしてーーー。
その理由も、マリミエドの回帰告白で判明した。
マリミエドの斬首刑ーーー。
確かにその場面を、夢で見た事があったからだ!
いや、夢ではなく、アレが現実ならば胸騒ぎの理由も納得した。
〈…あんな思いはしたくない……〉
夢か現実かも分からないが、あの瞬間ーーー泣いた妹の首を見た瞬間に、自分の中の何かが弾け飛んだ気がする。
今まで良き兄を演じたつもりでいたのに、最愛の妹を守れなかった己を呪った。
だからこそ、今はマリミエドに出来る限りの事をするーーー。
そう決意したからこそ、こうして見守りに来ているのだが…。
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